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プログラムノート(第369回定期演奏会)
2024-01-23
カテゴリ:読み物
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片岡良和(1933~)抜頭によるコンポジション
作曲:1961年

 片岡良和は大谷大学で仏教を学んだあと国立音楽大学作曲科卒業。管弦楽曲、合唱曲などを多数作曲、芸術祭賞を受賞。1973年に宮城フィルハーモ二一管弦楽団(現・仙台フィルハーモニー管弦楽団)を創立した。現在、仙台フィルハーモ二一管弦楽団副理事長、宮城県文化振興財団理事などを務めている。

〈作曲者本人による作品の解説〉

 幼時から耳にしていた雅楽「抜頭」、この完成された古典に現代の息を吹き込み、子供の感覚としての日本を表現しようと試みた。この楽曲は五章から成り立っている。各章に主題をおいているが、それはいずれも「抜頭」を中核として生まれたものである。

第一章 アンダンテ。冒頭最強音の全合奏に続いてすぐ弦楽のLa音を中にゆれ動く主題に入り、直ちに金管によって、第三章の動機の一つともなるエピソード風の楽句が鳴り響く。その後主題がうねりながら進行し発展して、結尾部ではヴィオラを先頭にfffで終る。

第二章 第一章から引き延ばされたコールアングレの音にさそわれ笙を思わせる和音にのって、クラリネットで導入される。雅楽「合歓塩」に似た旋律が支配するうちに低音のオスチナートが続き、今まで出て来た旋律が時折顔をのぞかせながら結ばれる。

第三章 アレグロ。第一章、第二章の主題による短い序奏があり、低音楽器がリズムを刻んでいる所へ、群参の人々の賑いを見る様な華やかな旋律が入る。この部分はABCBAに大別される。

第四章 モデラート。この章では他の章の発想となる「抜頭」をただ管弦楽に移しかえるというのではなく、一度雅楽を離れて検討した上、再び雅楽にたちかえり、交響管弦楽の色彩、ダイナミック、流麗さを現代人の耳に快く響くように織り込んでみた。

第五章 第三章の省略された繰り返しで、最高頂のうちに曲が終わる。
片岡 良和
サン=サーンス(1835~1921)ヴァイオリン協奏曲第3番 ロ短調 作品61
作  曲 1880年3月
初  演 1880年10月ドイツ・ハンブルク、パブロ・デ・サラサーテのソロ、アドルフ・ゲオルク・ベーア
指揮ハンブルク・フィルハーモニー(市立歌劇場管弦楽団)
パリ初演 1881年1月 サラサーテのソロ

 弦楽とティンパニによるピアニッシモ4小節のトレモロに導かれ、ソリストがフォルテで、情熱的に、演奏によっては妖艶に歌い出す。ヴァイオリンの低弦G線の太い響きを生かした鮮やかな開始だ。

 フランスの才人で幅広いジャンルに佳品を紡いだカミーユ・サン゠サーンスの傑作を聴く。
 自作以外ではベートーヴェンを得意としたピアニスト、パリ・マドレーヌ教会のオルガニスト、教育者、それにフランス音楽の復興と新世代作曲家の紹介を主目的とした国民音楽協会の幹部としても歴史に名を刻む偉人サン゠サーンス。 
 交響曲に交響詩、ピアノ協奏曲、チェロ協奏曲、各種ソナタ、それにオペラ。名曲は枚挙にいとまがないが、ヴァイオリニスト、ヴァイオリンを愛する人にとっては、協奏曲第3番、別の協奏曲のフィナーレ楽章として構想された「序奏とロンド・カプリチオーソ」、それにキューバの民俗舞曲に基づく「ハバネラ(アヴァネーズ)」、流麗なヴァイオリン・ソナタ第1番を書いた人となる。

 名曲誕生の背景に名演奏家あり。
 構えの大きなオーケストラも魅力となるサン゠サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番は、スペイン北部ナバーラ地方パンプローナ出身の、あのパブロ・デ・サラサーテ(1844~1908)の妙技を想定して書かれた。序奏とロンド・カプリチオーソもそうだ。
 19世紀後半のヨーロッパ音楽界で好ましいセンセーションを巻き起こしたサラサーテは、サン゠サーンスの友人のひとりだった。二人は1860年前後に親しくなったようで、サラサーテはサン゠サーンスに協奏曲第1番イ長調作品20(単一楽章による隠れた名曲、実際には二作目のヴァイオリン協奏曲)を委嘱、1867年に初演している。
 実はサン゠サーンスの少し先輩となるラロの「スペイン交響曲(ヴァイオリン協奏曲第2番)」、ブラームスと5歳違いのドイツ人ブルッフの「スコットランド幻想曲」ならびに協奏曲第2番もサラサーテゆかりの作品なのだが、それらについては別の機会に。

 芳醇なメロディにあふれ、ファンファーレやコラール(聖歌)風の調べも織り込まれたヴァイオリン協奏曲第3番は1880年に作曲、ハンブルク、パリで披露され、賞賛を博す。サン゠サーンスこのとき45歳。

第1楽章 アレグロ・ノン・トロッポ ロ短調
 前述のように冒頭から魅せる。サラサーテあっての協奏曲なので奔放かつ流麗。ソロは広い音域を弾く。トロンボーン3本を交えたオーケストラのダイナミクス(強弱の表現)、ヴァイオリン・ソロとの対話、音色(ねいろ)の変幻がまた素晴らしい。

第2楽章 アンダンティーノ・クアジ・アレグレット 変ロ長調
 8分の6拍子で歌われるバルカロール(ヴェネツィアのゴンドラに由来する舟歌)。美や夢に憧れるかのような香(かぐわ)しい調べが私たちを魅了してやまない。ソロに寄り添うフルート、オーボエもこの上なく美しい。
 楽章の終盤では、摩訶不思議な高音を紡ぐヴァイオリンのフラジオレット/ハーモニクス(弦を押さえずに軽く触れて、澄んだ音を出す)奏法に寄り添うクラリネットのソロも主役を演じる。13小節2オクターヴ音程がもたらす小宇宙。オーボエもさりげなく呼応する。

第3楽章 モルト・モデラート・エ・マエストーソ~アレグロ・ノン・トロッポ
 神秘的な世界から一転、ヴァイオリンがカデンツァ風に奔放に弾き出す。烈しくも妖しい序奏だ。そして音楽は鮮やかに転換、アレグロ・ノン・トロッポで主部/主題へと向かう。ニ長調で舞う、もうひとつの主題も私たちの喜びとなる。
バルトーク(1881~1945)管弦楽のための協奏曲 Sz.116
作曲 1943年8月~10月ニューヨーク州北東部サラナック湖畔
初演 1944年12月ボストン、ボストン・シンフォニーホール セルゲイ・クーセヴィツキー指揮ボストン交響楽団

 ひんやりとした情趣と烈しい音響をあわせもつ。
 タイトルからしてメッセージ性を感じさせるバルトーク芸術の昇華を聴く。20世紀に書かれた最高峰のオーケストラ曲だ。
 母国ハンガリー、それにルーマニア、スロヴァキア文化圏の舞曲や民謡の旋法が「こだま」するかと思えば、高揚感を誘う楽想もたっぷり。さらに、6曲の弦楽四重奏曲で培った精妙な筆致も添えられている。幾何学的な音模様やシンメトリック(対称的)な楽章構成も大いなる美質となる。
 いっぽう、腕に覚えがあるアメリカのヴィルトゥオーゾ・オーケストラ(華やかな技と音楽性を携えたアンサンブル)を意識したであろう筆致も聴きどころ。まさにオーケストラのための協奏曲だ。

 ナチス・ドイツの支配が広がるヨーロッパを嫌い、1940年10月末に夫人とアメリカへ渡ったハンガリー人作曲家バルトーク・ベーラ(ハンガリーの表記に従い、姓・名)は、慣れない環境のなかで精神的にも経済的にも追い詰められていく。
 東欧や南スラヴの民俗音楽研究に勤しんだと言えば聞こえはいいが、作曲家としては新作を発表出来ない状態が続いた。1942年にはついに健康を害し、白血病の兆候も現れ始める。
 そんなバルトークに、同郷ハンガリーの指揮者フリッツ・ライナー(1888~1963)と、かつてバルトークとしばしばデュオを行なったハンガリー出身のヴァイオリニスト、ヨーゼフ・シゲティ(1892~1973)が手を差し伸べる。
 ライナーとシゲティは<アメリカ作曲家作詞家出版社協会>ASCAPに働きかけ、ASCAPの援助でバルトークが安心して療養出来るように取り計らう。バルトーク夫妻は1943年の夏からニューヨーク州北東部の山あいに広がるサラナック湖畔の別荘で暮らすことになった。
 ちょうどそのとき、ライナーとシゲティの意を受けたボストン交響楽団の音楽監督セルゲイ・クーセヴィツキー(1874~1951)が、自身の70歳とボストン響音楽監督就任20周年を祝うオーケストラ作品をバルトークに委嘱する!
 クーセヴィツキーは作曲家や若手演奏家を育成する財団を創設していた。その財団からの委嘱ということで話が進む。
 「管弦楽のための協奏曲」が見えてきた。

 バルトークは当時「協奏」「合奏」をテーマとしたオーケストラ作品やシンフォニック・バレエの作曲に関心を抱いていたようである。1942年には、彼の楽曲を出版してきた大手音楽出版社から「20世紀のブランデンブルク協奏曲を書いてみないか」という誘いもあった。

 音楽への内なる尽きせぬ想いがついに溢れ出たと言うべきだろうか、バルトークは驚異的なスピードでペンを走らせる。自筆譜最終ページ末尾の記述に従えば、作曲は1943年8月15日から10月8日にかけて。この緻密な傑作が、以前に何らかの形で構想された可能性があるにせよ、2か月足らずで完成したことに驚く。

 曲は、1944年12月1日にクーセヴィツキー指揮のボストン交響楽団で初演され、翌月には同じコンビによるカーネギーホール公演も行なわれた。初演後、バルトークはフィナーレ第5楽章の終結部を20小節ほど拡大。エンディングの劇的効果を強調している。

第1楽章 「序奏/序章」 アンダンテ・ノン・トロッポ 4分の3拍子~アレグロ・ヴィヴァーチェ 8分の3拍子
 神秘的な序奏はバルトークのお家芸、得意技。4度音程(ここではCis-Fis-H ド#~ファ#~シ)が鍵を握る。フルート、トランペット、オーボエが奏でるのはハンガリーの古謡か。ファンファーレも効果的に響く。

第2楽章 「対の遊び」 アレグレット・スケルツァンド 4分の2拍子
 印象的な小太鼓に導かれ、ファゴット、オーボエ、クラリネット、フルート、トランペットが「対になって」二重奏を披露。楽器法も音程も凝りに凝っている。

第3楽章 「悲歌/エレジア」 アンダンテ・ノン・トロッポ 4分の3拍子
 バルトークは夜のイメージ、静寂を愛した。主題/主部は第1楽章の序奏と呼応。自作オペラ「青ひげ公の城」の“涙の湖”との関連はさて。悲歌や哀悼歌でヴィオラをクローズアップする作曲家もここにいる。

第4楽章 「中断された間奏曲」 アレグレット 変拍子
 ルーマニア/トランシルヴァニア地方の歌、ハンガリーの流行り歌「ハンガリー、お前は美しい、素敵だ」に続き、ショスタコーヴィチの交響曲第7番「レニングラード」の展開部=ナチスによるレニングラード侵攻の主題が登場。楽章をまさに「中断」させる。この侵攻の主題は、レハールのオペレッタ「メリー・ウィドウ」のマキシムの歌のパロディとされる。ブーイングつまり拒否反応を表わすトロンボーンのグリッサンド(音高を区切ることなく滑らせる奏法)と嘲笑する木管楽器は、いつだって話題だ。

第5楽章 「終曲」 ペザンテ 4分の2拍子~プレスト 4分の2拍子
 東欧民俗舞曲のアイテムが無窮動的に疾走する劇的なフィナーレ。もちろん作曲法は精緻で20世紀最良のフーガも舞う。
 コーダ(終結部)は前述のように改訂されたが、初演時の形(あっけなく終結)を採用する指揮者もごく稀にいる。
 梅田俊明と仙台フィルの交歓に期待。
奥田 佳道(音楽評論家)
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