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プログラムノート(第363回定期演奏会)
2023-05-22
カテゴリ:読み物
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奥田 佳道(音楽評論家)
ロベルト・シューマン (1810~1856) 交響曲第1番 変ロ長調 作品38「春」
作曲 1841年、その後何度か改訂 1841年暮にパート譜が完成、総譜は1853年に出版
初演 1841年3月31日ライプツィヒ、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス会館、 メンデルスゾーン指揮ゲヴァントハウス管弦楽団のメンバーによる

冒頭から魅せる。輝かしい。喜ばしい。ホルンとトランペットによる「ファンファーレ」が春の到来を告げるのだ。この愛すべきシンフォニーの、ここぞという場面で聴こえてくる重要なモチーフ(動機)である。

詩や文学の世界に造詣が深く、またピアノに愛情をそそいだドイツ・ロマン派の化身ロベルト・シューマン初の交響曲を聴く。
40小節近くの序奏から趣ある「春」は1841年3月に、盟友のメンデルスゾーン(1809~1847)の指揮により、ライプツィヒのゲヴァントハウス会館で初演された。作曲者シューマンこのとき30歳。ゲヴァントハウス管弦楽団の定期演奏会ではなかったが、曲は賞賛に包まれたようである。シューマンは日記に「美しく、幸せな夜」と記している。曲は当時の慣習として、ザクセン王国の第3代国王フリードリヒ・アウグスト2世に献呈された。
なおライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団はシューマンの交響曲第1番「春」の初演を、1842年11月3日の1842/1843年シーズン第5回定期公演としている。改訂稿(現行版)が初めて同管弦楽団の定期で初演されたときを「初演」と見なしているのか。

1830年代の後半から1840年代中葉にかけてのライプツィヒは、ウィーン古典派、ドイツ初期ロマン派芸術の聖地だった。ゲヴァントハウス・カペルマイスター(首席指揮者)のメンデルスゾーンが、友人たちの新作や同時代オペラの調べを指揮したほか、シューベルトの交響曲第8番ハ長調通称「グレイト」をウィーン楽友協会以外で初めて披露。メンデルスゾーンによるモーツァルトのラスト3大交響曲、ベートーヴェンの交響曲ツィクルスも好ましい話題を呼んだ。
さらに同管弦楽団のコンサートマスター、フェルディナント・ダーフィト(ダーヴィッド)、デンマーク出身の作曲家ニルス・ゲーゼ、それにシューマン夫人のクララ・シューマン(1819~1896)らが活躍。協奏的な作品や室内楽曲も数多く演奏された。メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲、シューマンのピアノ四重奏曲、ピアノ五重奏曲の初演を挙げるまでもない。

シューマンの「春」に戻せば、1839年春に初めて公的に演奏されたシューベルトの「グレイト」や、1840年にバッハゆかりの聖トーマス教会で初演、ゲヴァントハウス会館でも演奏されたメンデルスゾーンの交響曲第2番「讃歌」からも好ましい影響を受けたようである。一連の交響曲が、どれも金管楽器で始まるのは決して偶然ではない。

言葉を愛でた作曲家らしく、「春」を書き始めた頃のスケッチには第1楽章「春の始まり」、第2楽章「黄昏(たそがれ)/夕べ」、第3楽章「楽しい遊び」、第4楽章「春たけなわ」と標題が付けられていた。後に削除されるのだが、創作時のイメージが伝わってくるではないか。
シューマンとほぼ同世代のライプツィヒの詩人アドルフ・ベットガーAdolf Böttger(1815~1870)の春の詩「汝、雲の霊よ」との相関も、私たちを喜ばせる。
その最後の行「おお、変えよ、変えよ、お前の行く手を」「谷間には春が花咲く/谷間には春が萌えている」──これをドイツ語で発音すると、驚くべきことに、第1楽章冒頭のファンファーレと美しく呼応するのだ。
O wende,wende Deinen Lauf(オー・ヴェーンデ・ヴェンデ・ダイネン・ラーウフ)「おお、変えよ、変えよ、お前の行く手を」
Im Tale blüht der Frühling auf!(イム・ターレ・ブリュート・デア・フリューリング・アーウフ)「谷間には春が花咲く」
ピアノや歌曲ばかりでなく、交響曲芸術に身を捧げよ、と自らに言い聞かせているかのような作品だ。いや、創作の前年1840年に恩師の令嬢クララと紆余曲折の末に結婚出来た喜びを、あらためて噛みしめているのかも知れない。ショパンに献呈した幻想的なピアノ曲「クライスレリアーナ」作品16の終曲も第4楽章に顔を出す。
シューマン自身に訪れた「春」を映し出す交響曲が、仙台フィル50周年記念シーズンの開幕を彩る。

第1楽章:アンダンテ・ウン・ポーコ・マエストーソ(序奏)~アレグロ・モルト・ヴィヴァーチェ(主部) 変ロ長調
第2楽章:ラルゲット 変ホ長調 アタッカで切れ目なく第3楽章へ
第3楽章:スケルツォ、モルト・ヴィヴァーチェ ニ短調、ニ長調
第4楽章:アレグロ・アニマート・エ・グラツィオーソ 変ロ長調
フランク (1822~1890)交響曲 ニ短調
作曲 1886/87年~1888年 初演 1889年2月パリ、ジュール・ガルサン指揮パリ音楽院演奏協会管弦楽団

チェロとコントラバスが紡ぐ、神秘的かつ荘重な序奏にまず抱かれる。
テンポはレント。レ~ド#・ファ(D~C#・F)、ファ~ミ・ラ(F~E・A)というシンプルな動機。音が半音下がって「4度」上がるという創り。最初のD~C#・F動機が、苦悩から歓喜への美学も魅力となるこの交響曲の循環主題で、苦悩から歓喜といえば、声高に申すまでもなくベートーヴェン(1770~1827)のお家芸である。

ベルギーの古都リエージュに生れ、パリで活躍したセザール・フランクの「名刺」曲を聴く。初演時66歳。大器晩成を地でいったフランクならではの味わい深いシンフォニーで、第2楽章ではオーボエ属のイングリッシュホルン(コーラングレ)が主役を演じ、中世の吟遊詩人をイメージしたであろうハープも寄り添う。

その前に音楽史を少々。パリ音楽院のオーケストラは、ヴァイオリニスト/指揮者のフランソワ・アブネックの趣味も手伝い、1820年代後半から当時の現代音楽だったベートーヴェンの交響曲を定期的に演奏していた。アブネックはベルリオーズの「幻想交響曲」初演(1830年)のタクトも執ったパリ音楽界の偉人だった。
しかし19世紀中葉、パリで愛されたのは何よりもオペラ、バレエであり、必要とされたのはオルガン音楽だった。サロンでは器楽の名人芸・超絶技巧が持て囃されていた。鬼才ベルリオーズがいたとはいえ、またパリ音楽院で学んだ優れた若手演奏家がいたとはいえ、交響曲、管弦楽曲は音楽界の主役ではなかった。そんな状況が1871年(普仏戦争敗北の年)に国民音楽協会が設立されるまで続く。しかし事態は変わり始める。

現役のフランス人作曲家、演奏家によるフランス音楽を。伝統あるフランスの器楽にあらたな息吹を。これがサン゠サーンス(1835~1921)を中心に1871年に創られた国民音楽協会の理念で、相前後してパリでは音楽家やプロデューサーの名前を冠した民間オーケストラも動き出す。
時代は器楽へ。オルガン、とりわけ即興演奏の名手で1858年にパリの聖クロティルド教会の要職に就き、1872年にはパリ音楽院オルガン科の教授に招かれたフランクが、ややあって交響曲、交響詩、ピアノとオーケストラのための交響的変奏曲、ピアノ五重奏曲、ヴァイオリン・ソナタ(順不同)を書く背景には、国民音楽協会の存在があった。
人望厚く、ダンディ、デュパルク、ショーソン、オルメス、ルクー、ロパルツといった弟子(フランキスト)からも愛されていたフランクは1886年、国民音楽協会の会長に就任している。

 前述のようにフランクはオルガンの名手だった。19世紀後半にフランスで高まった器楽復興の機運とは別に、はやくからバッハを愛し、ベートーヴェンの音楽に魅了されていた。それゆえに孤高の存在でもあったわけだが、60歳代以降、半音階的なハーモニーを駆使した妖しい転調、重層的な音楽の創り、運びに磨きがかかる。とりわけ楽章を超えて共通の主題素材(動機)が響く循環形式を愛でた。
そして1887年1月にパリ音楽院演奏協会管弦楽団が奏でたサン゠サーンスの交響曲第3番ハ短調通称「オルガン付き」(初演は1886年5月ロンドン)に大いに刺激された。同年シャルル・ラムルー指揮のラムルー管弦楽団が初演した先輩ラロの交響曲ト短調、やはりラムルー管が初演した愛弟子ダンディ(1851~1931)の「フランスの山人の歌による交響曲」(ピアノ独奏を交えた交響曲)も、フランクの創作意欲を後押ししたようである。

フランクの交響曲は1889年2月に満を持して初演されたが、パリ音楽界の大御所グノー(1818~1893)ほか、評論家、教授界隈が手厳しい意見を述べたようである。グノーはサン゠サーンスの「オルガン付き」は誉めているのに。
ちなみにタクトを執ったジュール・ガルサン(1830~1896)はフランクの盟友のひとり。この人、1871年11月に開催された国民音楽協会第1回公演にヴァイオリニストとして出演し、フランクのピアノ三重奏曲第2番変ロ長調作品1を弾いている。

初演を聴いた玄人筋の声が芳しくなかったとすれば、それはひとえに作品の独創性ゆえによるもので、実際は劇的高揚感も祈りの情趣も際立つ。気高い歌心もたっぷり。精緻な構成ととともに、スコアの随所に記されたモルト・カンタービレ、ドルチェ、ソステヌート、カンタービレ、ドルチェ・カンタービレ、モルト・レガートの指示にあらためて驚く。

名匠小泉和裕の愛奏曲である。マエストロはシューマンの「春」またはメンデルスゾーンの「イタリア」とフランクを組み合わせた交響曲二本立てのプログラムを好む。

第1楽章 レント~アレグロ・ノン・トロッポ ニ短調、ニ長調
第2楽章 アレグレット 変ロ短調、変ホ長調
第3楽章 アレグロ・ノン・トロッポ ニ長調
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