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プログラムノート(第356回定期演奏会)
2022-07-06
カテゴリ:読み物
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奥田 佳道(音楽評論家)
コープランド (1900~1990):クワイエット・シティ
作曲 劇付随音楽1939年、オーケストラ曲1941年
初演 1941年1月ニューヨーク、ダニエル・セイデンバーグ指揮

トランペット、イングリッシュ・ホルン(オーボエ属のコーラングレ)、弦楽合奏が、大都会の夜の情趣を映し出す。美しき寂寥感が漂う。

アメリカの作曲家アーロン・コープランドは1900年、ニューヨーク、ブルックリンのリトアニア系ユダヤ人の家庭に生まれた。ドビュッシーやスクリャービンの妖しくも明晰な筆致に憧れを抱いていた(と思われる)コープランドは20歳のときにパリに赴く。多くの作曲家、演奏家に手を差し伸べた名伯楽ナディア・ブーランジェ(1887~1979)のもとで、ドイツ・ロマン派の流れをくむ重厚な音楽とは一線を画した「新しい」音楽を学ぶためだった。

1920年代中葉は、ジャズや前衛的な手法を採り入れた作品、たとえば「オルガンとオーケストラのための交響曲」を書いていたコープランドだが、1929年に発生した大恐慌をひとつの契機に、それまでのジャズばかりでなく、アメリカやメキシコの舞曲、民謡に目を向け始める。結果、アメリカ音楽界の嗜好と呼応した親しみやすく新古典的な作風への転換を果たす。コープランドは自らの作風を「課された単純性」と呼んだ。1940年代半ばになると、エンディングに壮大なファンファーレをもつ交響曲第3番(1944年/46年)がクーセヴィツキー財団の委嘱で書かれるが、それはまた別の機会に。

トランペットおよびイングリッシュ・ホルン独奏、弦楽のための「クワイエット・シティ」に戻せば、オリジナルはニューヨークの作家アーウィン・ショー(1913~1984)の戯曲「クワイエット・シティ」の劇付随音楽。その編成はクラリネット(バスクラリネット持ち替え)、アルトサクソフォン、トランペット、ピアノだった。
大都会ニューヨーク。この街に暮らす、さまざまな人々の夜への想いを描いた舞台で、劇では、家は金持ちになったものの心は満たされないユダヤ人の少年がトランペットを吹く。彼はジャズプレイヤーを目指していた…。夕暮れの匂い、夜の静寂(しじま)、言い尽くせぬ孤独感がキーワードとなる。ガーシュウィンやバーンスタインも愛した美学だ。
コープランドはこの劇付随音楽をコンサート用に編み直す。
イングリッシュ・ホルンのソロは、劇の登場人物だったホームレスの男の心情を描く。揺れる弦のフレーズは「ホームレスの弱々しい足取り」(コープランド)である。
コープランド(1900~1990)バレエ組曲「ビリー・ザ・キッド」
作曲 1938年
初演 1938年10月シカゴ、シカゴ・シヴィックオペラハウス、
   アメリカン・バレエ・キャラヴァン・カンパニーの上演として(2台ピアノ版)
   管弦楽版初演 1939年5月ニューヨーク、フリッツ・キッツィンガー指揮
   組曲版初演 1940年11月ニューヨーク、ウィリアム・スタインバーグ指揮NBC交響楽団

バレエの舞台は19世紀、アメリカ西部開拓時代。ビリー・ザ・キッド(1859~1881)は実在のアウトロー、つまり無法者だが、多くの映画化、舞台化が示すように歴史上の「人気者」でもある。
つまり私たちは史実云々から離れ、脚色・伝説化された「ビリー・ザ・キッド」像を、パフォーミングアーツとして楽しんでいるわけだ。
ビリーの人生は波乱に満ちている。12歳のときに母親がならず者によって射殺された。母親の仇を討ったビリーはアウトローとして歩み始める。逮捕後、脱獄。逃亡中に保安官によって射殺される──。

あらゆる技を知り尽くした20世紀アメリカ作曲界の匠コープランドは、西部開拓者たちの気概や古き良き時代のアメリカン・スピリッツを絶妙にブレンドさせながら、表情豊かなバレエ音楽を創った。
広義のアメリカ音楽を体得したコープランドは、摩訶不思議な郷愁を誘う調べもジャズ的なイディオムもお任せあれの作曲家なのだ。大平原(プレーリー)の動機を巧みに織り交ぜた構成も銃撃戦の描写も鮮やかだ。
さらにこの偉人はメキシコの民俗音楽をこよなく愛した。同世代のメキシコの作曲家で指揮者、ピアニスト、教育者としても音楽史に名を刻むカルロス・チャベスと親しかった。メキシコシティの人気ダンスホール「エル・サロン・メヒコ」の賑わいを描写した同名のオーケストラ曲も人気だ。18歳年下の親友バーンスタインも「エル・サロン・メヒコ」が好きだった。

色彩豊かなバレエ組曲「ビリー・ザ・キッド」にもコープランドのメキシコ趣味が見え隠れする。

序奏:果てしない大平原
開拓者の町の通り~メキシコ舞曲とフィナーレ
大平原の夜(夜のカードゲーム) ノクターン
銃撃戦
(ビリー逮捕後の)祝賀会
ビリーの死 コラール
再び、果てしない大平原(エピローグに相当)
グローフェ(1892~1972)組曲「グランド・キャニオン」
作曲 1929年~1931年 構想 1920年前後
初演 1931年11月シカゴ、スタッドベーカー劇場 ポール・ホワイトマンと彼のオーケストラ
   オーケストラ版初演 1932年

アメリカ、アリゾナ州中央北部、コロラド川の両岸にまたがる、その名も「グランド・キャニオン」(大峡谷)。1919年国立公園に指定、1979年世界遺産に登録された。ラスベガスから日帰りツアーが出ている。
大自然が創造した彫刻で距離は460キロに及ぶ。なお「グランド・キャニオン」は大きな峡谷という意味ではなく、固有名詞である。 グローフェは25歳のときに初めてここを訪れ、感銘を受けた。しかし曲の完成までには歳月を要した。

世代によって認知度が大きく異なる名曲だ。
往年の録音、たとえばアーサー・フィードラー指揮ボストン・ポップスやモートン・グールドと彼のオーケストラ、フェリックス・スラットキン(レナードの父)指揮ハリウッド・ボウル・オーケストラ、トスカニーニ指揮NBC交響楽団の名盤が懐かしいというヴェテランのファンのお声が聞こえてくる。最初に聴いたのはオーマンディ、バーンスタイン、ドラティ、カンゼル指揮のレコードだった、いやグローフェ自身の指揮による演奏だったという方もいらっしゃることだろう。ディズニーの短編実写映画「グランド・キャニオン」(1958)も曲の受容史を彩る。同映画は1959年、米アカデミー賞の最優秀短編映画賞を受賞した。すでに歴史である。

効果音も楽しい「山道を行く」(峡谷の歩道を降りてゆく)を、中学校の音楽の授業で聴いたという方は50代以上だろうか。
第3曲「山道を行く」は1977年(昭和52年)、第5次学習指導要領の中学1年次の鑑賞教材に選ばれ、オーケストラ鑑賞教室でも演奏された。
いっぽう、冨田勲(1932~2016)によるシンセサイザー編曲、プラズマ・シンフォニー・オーケストラとのCD(1981/82)も「グランド・キャニオン」を広めた。
しかし昨今、この組曲を知らない音楽好きも増えた。

ファーディ・グローフェは1892年、ニューヨークのドイツ移民の音楽家の家庭に生まれた。本名はフェルディナント・ルドルフ・フォン・グローフェ。ロサンジェルス、ドイツのライプツィヒでピアノ、ヴィオラ、サクソフォン、コルネットを学び、10代半ばの頃からロサンジェルスのオーケストラやニューヨークの劇場で演奏したほか、作曲、編曲に才能を示した。

1920年、28歳の年に、人気ジャズバンド、ポール・ホワイトマン(1890~1967)と彼のオーケストラの専属編曲家に迎えられる。後に「キング・オブ・ジャズ」と評されるポール・ホワイトマンと言えば、ジョージ・ガーシュウィン(1898~1937)に「ラプソディ・イン・ブルー」(1924)を委嘱したバンドリーダーとしても名高い。
ポール・ホワイトマン楽団が誇る敏腕アレンジャーだったグロ―フェは、ガーシュウィンが作曲した2台ピアノ版の「ラプソディ・イン・ブルー」をジャズバンド版に編曲。その後ブラスバンド版、複数のオーケストラ版も作成している。古き良き時代のビッグバンドのスタイルにも管弦楽法にも精通したグローフェは、ポール・ホワイトマン、ガーシュウィンとともに「シンフォニック・ジャズ」の提唱者でもあったのだ。

組曲「グランド・キャニオン」の編成はおおむね3管編成(木管楽器各3)、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ1で、打楽器の編成が多彩。チェレスタ、ピアノ、ハープも大切である。
管弦打楽器の見せ場は尽きないが、ある世代以上には懐かしい「山道を行く」への導入部では、コンサートマスターが、アメリカの民俗的な奏法フィドルを匂わせつつ、カデンツァ風のソロを弾く。カントリーミュージックに通じる調べ。とても技巧的だ。改訂中学1(教育出版)の解説には、ロバのいななき、とある…。
ロバ(ラバ)の足音、蹄(ひづめ)の音を描写するのは、オーボエ、それにココナッツの殻から作られた打楽器ココシェルズ。チェレスタの独奏は、休憩どころの山小屋から聴こえるオルゴールの音色を表わす。

ここぞという場面で非西欧的な五音音階も駆使した才人グローフェの音絵巻に酔いしれたいものである。
実際のステージではそうそうお目にかからない組曲「グランド・キャニオン」は、コープランドのバレエ組曲「ビリー・ザ・キッド」とともに井上道義の十八番である。

第1曲 日の出 Sunrise アンダンティーノ
第2曲 赤い砂漠 Painted Desert レント
第3曲 山道を行く On the Trail アンダンティーノ・モデラート~アレグレット・ポコ・モッソ
第4曲 日没 Sunset モデラート~アダージョ
第5曲 豪雨 Cloudburst ラルゴ~アレグロ・モデラート
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