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2019/04/26

第328回定期演奏会プログラムノート

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藤田 茂 (音楽学者)

 

 

ベートーヴェンの双子の交響曲:《田園》と《運命》

本公演が取り上げるのは、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770-1828)の交響曲第6番《田園》と交響曲第5番《運命》。この2つ、実は双子の交響曲であった。両者は1808年12月22日、ベートーヴェン主催の演奏会で、ベートーヴェン自身の指揮によって初演されている。しかも、この通りの順番、すなわち、第6番を先に、第5番を後に、という順番で。この歴史的に重要な演奏会のプログラムには、他にも《ピアノ協奏曲第4番》や《合唱幻想曲》、《ミサ曲ハ短調》(の一部)が入っていたのだが、その柱になったのは明らかに《田園》と《運命》であった。

 

同日初演という状況を反映してか、この2つの交響曲、用いる楽器編成は、ほとんど同じである。両者ともに、フルートよりもさらに高い音域を担うためにピッコロを、深い低音の響きを得るために3本のトロンボーンをオーケストラに組み込んでいる(交響曲第5番には、さらにコントラファゴットが組み込まれる)。ならば、同じ響きの世界が結果しそうなものではないか。しかし現実には、《田園》と《運命》では、まるで印象が違う。確かに同じベートーヴェンの個性の刻印が感じられるけれども、その色、その香りが異なるのである。

 

ベートーヴェンの交響曲は、いずれもが交響曲史の金字塔である。そのひとつひとつをじっくりと吟味することも面白い。しかし、今回のように、《田園》と《運命》を初演と同じ順番で聴き、両者を比較することで、ベートーヴェンの表現の幅がどれだけ広いものであったか、それを直接的に体感できるに違いない。

 

交響曲第6番 ヘ長調 作品68 《田園》

初演の広告では、この交響曲第6番は《交響曲「田園の生活の思い出」ヘ長調》と記されていた。実際、この交響曲は、その5つの楽章によって、ベートーヴェンが心に思い描く田園の生活のひとこまを音楽的に体験させようとしている(ちなみに、この田園には、文字通り都市をはなれた田園地帯の意味もあるが、この世を超越した理想郷(アルカディア)の意味も含まれる)。第1楽章「田舎に到着したときの愉快な感情の目覚め」アレグロ・マ・ノン・トロッポという陽気なテンポにのって、愉快な歌が歌われる。第2楽章「小川のほとりの情景」。散策の歩みを思わせるアンダンテ・モルト・モートのテンポで音楽が流れ、小川のせせらぎや鳥たちの鳴き声が聞こえてくる。第3楽章「田舎の人々の楽しい集い」。まさしくアレグロの舞曲が、歌い踊る人々の姿を彷彿させる。第4楽章「雷雨、嵐」。音楽はここで日が陰ったように短調に変化し、突風のごとくにアレグロで進行していきながら、随所に雷鳴の音を響かせる。第5楽章「牧歌 嵐の後の喜ばしい感謝の気持ち」。再び晴れ渡った空のもと、牧人の歌をアレグレットでこだまさせながら、ついに得られた平安に心からの感謝を捧げる。つまり、愉快な気分で田舎に到着した旅人が、小川に遊び、人々と集い、やがて嵐がおとずれるも再び空は晴れ渡り、喜ばし気持ちになる――そのような音楽物語、あるいは、音楽の絵巻物、それが交響曲第6番《田園》なのである。

 

理想郷のイメージをもって田園生活を器楽で描き出す。実のところ、このアイデア自体は、なんら新しいものではなかった。ベートーヴェンが交響曲第6番《田園》を作曲したのは19世紀のはじめ、1807年から1808年にかけてであるが、それより半世紀ほど前までは、たおやかな宮廷生活を描くロココ趣味とも関係しながら、田園の雰囲気を描出する「田園交響曲」(シンフォニア・パストレッラ)というものが、ひとつのジャンルとして存在していたのである。ヴォルフガングの父、レオポルド・モーツァルトの《田園交響曲》(シンフォニア・パストレッラ)(1775)は、その良く知られた一例である。本当のところ、ベートーヴェンは《田園》という交響曲を書いたのではなくて、古くからある、この「田園交響曲」というジャンルを再活用したのであって、いわば「古き良き時代」を回顧したのである。

 

とするならば、この交響曲第6番《田園》には何らの新しさもなかったのだろうか。このとき、ベートーヴェンがヴァイオリンのパート譜に記している「絵画描写というよりも感情の表出(をした)」という言葉は、何も教えてくれない。音楽における絵画描写は、即、感情の表出であることは当然であって、両者は本質的に区別できないのだから。交響曲第6番《田園》の革新性は、何が表現されたかにあるのではなく、田園の描写という「古くささ」を梃子(てこ)にして、交響曲の常識を覆していったところにある。

 

あとの交響曲第5番《運命》とも関わってくるが、ベートーヴェンは直接の師であるハイドン、そして、精神的な師であるモーツァルトから、ウィーン型交響曲の伝統を受け継いだ。今日のわたしたちが「交響曲」と聞いたときに真っ先にイメージするであろう、あの交響曲の伝統、すなわち、急・緩・舞・急の4楽章構成を絶対の規範と考える交響曲の伝統である。そして、ここまでのベートーヴェンは、交響曲の内容をどれほど新しいものにしようとも、交響曲の器(うつわ)の部分、すなわち、この4楽章構成は一応、守ってきた。しかし、すでに見た通り、交響曲第6番《田園》は5楽章構成なのだ。

 

第1楽章(田舎への到着)は確かに「急」の楽章であり、第2楽章(小川で遊ぶ)も約束通り「緩」の楽章、第3楽章(人々との集い)も「舞曲」の楽章なれば、最後の第5楽章(喜ばしい気持ち)も「急」で締めくくられる。問題になるのは第4楽章である。実は、この楽章、「雷雨、嵐」という一時的な自然現象を表出するということを口実にして、その音楽は、ほとんど何も再現することはなく、前へ前へと突き進んでいく。つまり、この楽章は大きな移行部を形成しているのであり、これによって、交響曲全体は、確かに急・緩・舞曲・急を受け継ぎながらも、巨大な移行部を新たな楽章として独立させるという、これまでにない形を取ることになった。

 

ベートーヴェンが交響曲という器(うつわ)に盛らんとする内容は、この交響曲第6番《田園》において、ついに器をはみ出し、新たな器を要求することになったのである。

 

 

交響曲第5番 ハ短調 作品67 《運命》

いま見てきたように、交響曲第6番の《田園》という名称は、ベートーヴェンそのひとの言葉に由来するものであった。では、交響曲第5番の《運命》という呼び名は、どこから来たのだろうか。よく知られているのは、ベートーヴェンがこの交響曲の冒頭(タ・タ・タ・ターン)について、「このように運命は扉を叩く」と述べたという逸話である。しかし、これを『ベートーヴェン伝』のなかで報告しているシントラーは、評伝と小説を混ぜこぜにするひとで、この話の信憑性はいまではとても低いものとされている。実際、初演の広告における交響曲第5番の表示は「大交響曲ハ短調」といたってシンプル。押し入ってきた運命に抗(るび:あらが)い、ついには勝利を収める−−こうした物語は、交響曲第5番が直接に「表現している」内容ではなくて、ベートーヴェンの交響曲に刺激されて、わたしたちに溢れ出てくる、わたしたち自身の内側深くにある神話的な何かなのであろう。

 

当然ながら、この交響曲第5番は、「運命」の逸話が外されたとしても、偉大な作品であり続ける。ベートーヴェンは、この交響曲で、自分が受け継いだウィーン型交響曲の伝統を、もっと遠くの未来へと引き渡そうとしているのであって、「つくる」ことの尊さを知る人間ならば、これに感動せずにはいられないからだ。

 

では、ウィーン型交響曲の伝統とは何であるか、もう一度、これに立ち戻ってみよう。ウィーン型交響曲をまず特徴づけていたのは、この解説全体の冒頭でも触れた、オーケストラの楽器編成であった。これは、現在のわたしたちが「もっとも普通」と考えている編成で、管楽器をフルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット、ホルン、トランペットを2本ずつセットにして、これを弦楽5部(第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス)の土台の上にのせる編成であった。交響曲第5番のベートーヴェンは、ここにフルートよりも高いピッコロ、ファゴットより低いコントラファゴット、そして「ティンパニ6つよりも大きな響きと、良い響きが得られる」3本のトロンボーンを加える。これによって、より壮大な響きの世界を手に入れようとしたのである。また、ウィーン型交響曲を特徴づけるもうひとつの要素に、交響曲第6番《田園》のところで触れた楽章構成、つまり、急・緩・舞・急の4楽章構成があった。実際、交響曲第5番の第1楽章アレグロ・コン・ブリオの急の楽章であり、第2楽章アンダンテ・コン・モートの緩の楽章であり、第3楽章アレグロの舞曲楽章(スケルツォ)、第4楽章アレグロの急の楽章であり、ベートーヴェンはウィーン型交響曲の規範に構成面では恭(うやうや)しく従っているように見える。しかし、現実には、第3楽章と第4楽章の垣根を取り払うべく、両者が連続して演奏されるように指示し、第3楽章の要素を(楽章を超えて)第4楽章で再現させているのである。

 

しかし、これらにも増して印象深いことがある。それがウィーン型の交響曲が得意とした主題統一という概念へのベートーヴェンの挑戦である。すでにハイドンは、例えば、第1楽章の序奏の主題、第1主題、第2主題を関連づけて、基本的な音楽要素から豊かな全体が生み出されてくる仕掛け考え出していた。しかし、それはあくまで、ひとつの楽章の内部での話だったのである。しかし、ベートーヴェンは、いまや(あの「運命」という意味を託されてきた)冒頭のフレーズを、第1楽章だけでなく、すべての楽章で多様に活用していく。これにより、交響曲は、もはや4つの楽章の集まりではなく、4つの部分からなるひとつの有機体のような様相を呈するようになった。交響曲のあり方そのものが変質したのである。

 

以後、交響曲の作曲に挑もうとするものは、この「有機体」の観念から自由ではいられなくなった。ある交響曲の楽章を他の交響曲の楽章と入れ替えるなど、とんでもない。交響曲のすべての楽章は、最新の注意を払って全体のなかに組み込まれなければならなくなったのである。こうして交響曲は、量産される時代を終え、作曲家が渾身の力で構築しなければならない「器楽の最高ジャンル」となったのである。

 

 

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