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2019/04/9

第327回定期演奏会プログラムノート

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藤田 茂 (音楽学者)

 

 

音楽は、そこにあるだけで、時間と空間を幸せなものに変えてくれる。今シーズンの仙台フィルの定期公演は、この音楽の魔法を直接に体感させてくれる楽曲で幕開ける。ロッシーニ、コルンゴールド、ハチャトゥリアン。今回演奏されるいずれの作品も、初演を迎えたその日から大きな拍手に包まれた幸運な子どもであった。もちろんそれは、作曲家の天才のなせる業(わざ)でもあるのだが、やはり、これらの楽曲が音楽の神(ミューズ)に特別に微笑みかけられているからではなかろうか。そのオーラを存分に浴びて、今シーズンをスタートしよう。

 

ロッシーニ:歌劇『どろぼうかささぎ』序曲

この音楽の作曲者、ジョアキーノ・ロッシーニ(1792-1868)を歌劇王と言わずして何と言おうか。イタリアのブッファの様式による『セヴィリアの理髪師』からフランスのグラン・トペラの様式による『ウィリアム・テル』まで、種々の様式を軽々と吸収しながら、そのすべてを誰が聞いてもロッシーニの音楽に仕上げていく。

 

歌劇『どろぼうかささぎ』でも、ロッシーニのこの才能は遺憾なく発揮された。『どろぼうかささぎ』は、ブッファのように軽妙で、セリアのように深刻なところもあり、お涙頂戴劇のようにセンチメンタルでもあり、救出物のようにハラハラさせられる。

 

歌劇の筋書きは、概ね次のようなもの。小間使いのニネッタは、お屋敷の主人の息子、ジャンネットと恋仲にある。しかし、このお屋敷で銀のスプーンの紛失事件が起こり、彼女が盗んで売り払ってしまったと皆に思われてしまう。ニネッタは死刑を宣告されるが、真犯人はかささぎであることが刑の執行直前に判明し、ニネッタは恋人の腕に抱かれる。

 

歌劇『どろぼうかささぎ』は1817年5月31日にミラノ・スカラ座で初演を迎えたが、同じ時代を生きた文豪スタンダールによれば、もう序曲の途中から拍手喝采に包まれたという。虚実ない交ぜになったスタンダールの報告が、どこまで真実を語っているのかはもはや判断しようがないが、2019年の定期公演を開け開くこの序曲が、思わず自ら手を打ってオーケストラを盛り立てたくなる音楽であることは本当である。

 

すでに18世紀のグルックが批判しているとはいえ、ロッシーニが歌劇に手を染めていた19世紀の前半期においては、序曲というのは歌劇の開幕のベルのようなものだという通念がまだ生きていた。だから、歌劇の序曲は、歌劇の内容と必ずしも深く結びついている必要はなかったのである。おそらく、ロッシーニならば他の歌劇の序曲を『どろぼうかささぎ』に使い回すこともできたろうし、歌劇『どろぼうかささぎ』の序曲を他の歌劇に使い回すこともありえただろう。

 

それゆえロッシーニの歌劇の序曲に内容とか筋書きを見出そうとするのは、いつも危険なのだが、小太鼓にはじまる冒頭のマーチは、いかにもニネッタの恋人、ジャンネットが軍人であることを示しているように聞こえてくるし、また、アレグロに入ってからの3つのテーマに共通する旋回する三連符は、かささぎのトリッキーな飛行を表現しているかに聞こえてくる。

 

ロッシーニは、これらのテーマを巧みに連結しつつ、楽器の数やパルスを増していき、沸き立つようなクレッシェンドがつくりだす。いわばロッシーニ節全開の歌劇曲の逸品。

 

 

コルンゴールド:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35

エーリッヒ・ヴォルフガング・コルンゴールド(1897-1957)は、当時、オーストリア=ハンガリー二重帝国領であったチェコに生まれ、後にハリウッドで映画音楽の作曲家として大成功したひとである。

 

コルンゴールドがハリウッドに渡ったのは、はじめは、他のヨーロッパの作曲家と同じく、招かれてのことであった。映画が一大産業として成立していくなか、ハリウッドは、映画に不可欠である音楽を、実績あるヨーロッパの作曲家に頼ることが多かったのである。逆にいえば、ハリウッドに招かれるということは、すでにヨーロッパで作曲家としての名声が確立している、ということ。実際、コルンゴールドは、10代前半にしてマーラーやシュトラウスにその才能を認められ、また20代前半にしてオペラの作曲家としても著名な存在となっていた。しかし、1938年、ナチスが大ドイツ主義を掲げてオーストリアを併合するに及び、その宗教的信条から、コルンゴールドはアメリカに亡命することを選択する。以来、彼は、自身の予想をはるかに超えて、映画音楽に深く関わることになった。

 

コルンゴールドに幸いしたのは、彼が映画音楽をオペラの延長線上に捉えることができたことで、また、その経験を純粋な器楽作品にフィードバックさせることができたことである。事実、この《ヴァイオリン協奏曲》は、「ハリウッド協奏曲」のニックネームで知られるように、彼がハリウッドで関わった4つの映画、すなわち、『砂漠の朝』『革命児ファレス』『風雲児アドヴァーズ』『放浪の王子』から素材が取られている。もちろん、映画音楽中の素材はいまや協奏曲に昇華されているのであって、それぞれの映画のストーリーと関係をもつものではない。しかし、それらはまた、ヴィジュアルな想像力を刺戟する独特な力をこの協奏曲に与えている。

 

作曲は1947年。全体は、I. モデラート・ノビレII. アンダンテ(ロマンス)III. アレグロ・アッサイ(フィナーレ)の3楽章からなる。2月15日、ヤッシャ・ハイフェッツの独奏、ウラディミール・ゴルシュマンの指揮するセントルイス交響楽団によって初演された。きわめて技巧的でもあり、かつ、何ともいえない叙情性に包まれたこの作品は、以後、ハイフェッツお気に入りのレパートリーとなった。

 

 

ハチャトゥリアン:組曲《ガイーヌ》抜粋

アラム・ハチャトゥリアン(1903-1978)は、ソヴィエト連邦時代のアルメニアの作曲家である。労働者が主体となる社会を革命によって実現するというソヴィエト連邦全体の理想を、音楽によって鼓舞し、音楽によって下支えせよ。ハチャトゥリアンは、この当時の音楽家に(強制的にであれ、自発的にであれ)課せられた役割を引き受けながら、その華麗なオーケストレーションで、自分の個性となるアルメニア的な要素を際立たせた。バレエ音楽《ガイーヌ》には、このハチャトゥリアンのエッセンスが詰まっている。

 

バレエの主人公となるのは、アルメニアの国境地帯の集団農場(コルホーズ)で綿花摘みとして働く女性、ガヤネー(Gayane)(このフランス語読みが「ガイーヌ」である)。彼女は理想的な労働者一家の娘であったが、夫のギコだけは呑んだくれで、臆病者であった。ある日、ガヤネーはギコが悪党と一緒になって、綿花倉庫に火をつけ、人民の資金を横領して逃亡しようとしていることを知る。ガヤネーはギコを糾弾するが、逆に、監禁されてしまう。しかし、ガヤネーはここからなんとか脱出し、逃亡中のギコを見つける。ギコは、子どもを人質にしてガヤネーに剣を向ける。そこに勇敢なる国境警備隊長、カザコーフが登場し、ギコを逮捕。ガヤネーは命を救われる。それから1年、ガヤネーとカザコーフは晴れて結婚式を迎える。

 

このバレエは、旧作の《幸福》を改作するかたちで、第2次世界大戦中の1942年に作曲され、同年12月に疎開中のキーロフ・バレエによってモーロトフで上演された。第2次世界大戦後の1957年に台本・音楽とも大幅改訂された折には、上記のあらすじにある社会主義のプロパガンダ色が薄められ、バレエ《ガイーヌ》は、普遍的な人間の愛を描くものへと変わっていった。

 

ハチャトゥリアンは、バレエ初演後の1943年に3つの組曲を編んでいる。今回の仙台フィルの公演では、第1組曲の全8曲に、第3組曲の〈剣の舞〉を加え、魅力的な新組曲が作り出される。〈バラの娘たちの踊り〉(第1組曲、第2曲)は、結婚式の祝宴を盛り立てる。〈アイシャの目覚めと踊り〉(第1組曲、第3曲)は、ガイーヌの兄、アルメンの恋人であるクルド人の乙女、アイシャの舞。〈子守歌〉(第1組曲、第5曲)は、ガイーヌが家庭を案じつつ、愛しい子どもを眠らせる歌。〈ガイーヌのアダージョ〉(第1組曲、第7曲)は、他の曲にも増して東方的な哀愁を濃厚に響かせる曲。〈剣の舞〉(第3組曲、第5曲)は、クルド人の戦いの舞踏を結婚式の祝宴用にアレンジしたもの。〈序奏〉(第1組曲、第1曲)はハッピーエンドとなるバレエの最終幕を導入するもの。〈山岳民族の踊り〉(第1組曲、第4曲)は、山岳に暮らすクルドの人々の勇壮な舞曲。〈ガイーヌとギコ〉(第1組曲、第6曲)は、模範的な労働者のガイーヌと呑んだくれのギコとの対峙。〈レズギンカ〉(第1組曲、第8曲)は、コーカサス地方の急速な民族舞踊。

 

 

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