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2019/08/13

特別演奏会「山田和樹×仙台フィル vol.6 〜永遠のジュピター〜」プログラムノート

特別演奏会「山田和樹×仙台フィル vol.6 〜永遠のジュピター〜」 公演情報はこちら→

柴田 克彦 (音楽評論家)

 

 

謎多きモーツァルトの世界へ

 

モーツァルト:交響曲第35番 ニ長調 K.385「ハフナー」

 

本日は、現オーストリアのザルツブルクに生まれ、ウィーンで活躍した古典派の天才作曲家ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756−1791)の名作が披露される。

 

「ハフナー」は、1781年にウィーンへ移ったモーツァルトが、当地で最初に書いた交響曲。彼の6大交響曲(他は36、38~41番)の第1弾にあたる。1782年7月、モーツァルトは、ザルツブルクにいる父レオポルトから「富豪ハフナー家の跡継ぎ(ザルツブルク市長の息子)ジークムント2世の爵位授与式用の祝典音楽を書くように」との手紙をもらった。彼は多忙な中、順次作曲してザルツブルクに楽譜を送り、「ハフナー」セレナードK.250(1776年作)に次ぐ同家用のセレナード第2弾を完成した。しかし翌年、自身の演奏会用の作品が必要になったモーツァルトは、その楽譜を送り返してもらう。すると曲の素晴らしさにあらためて驚嘆。行進曲と1つのメヌエット楽章を外し、両端楽章にフルートとクラリネットを2本ずつ加えるなどの改装を施して、交響曲に転用した。それがこの通称「ハフナー」交響曲である。

 

本作は、1783年3月23日ウィーンのブルク劇場における演奏会で、皇帝ヨーゼフ2世臨席のもと初演された。その際、オペラ・アリアやピアノ協奏曲等が並ぶプログラムの最初に第1~3楽章、最後に第4楽章が演奏された。つまりこれは、かつての交響曲の役割でもあった祝祭序曲的な意味合いをもつ作品であり、元々が祝典用の音楽でもある。それが“本人でさえ驚く”充実作となったのは、モーツァルトの進化を如実に物語っている。

 

曲は、モーツァルトの交響曲におけるフル編成で書かれ、本来の用途からも当然、溌剌とした活力に充ちている。とりわけそれを特徴付ける両端楽章は、本人も「最初のアレグロは烈火の如く突き進み、最後の楽章はできる限り速く演奏しなければならない」とのコメントを記している。

 

第1楽章:アレグロ・コン・スピーリト。推進力と躍動感にあふれた楽章。2オクターヴの跳躍と歯切れ良いリズムから成る冒頭の旋律が単一主題的な役割を果たす。

 

第2楽章:アンダンテ。のびやかな第1主題と、細かな動きの第2主題を軸に運ばれる、優美な緩徐楽章。なお1、2楽章ともにソナタ形式で書かれている。

 

第3楽章:メヌエット。典雅で動的な主部に、素朴なトリオ(中間部)が対照される。

 

第4楽章:プレスト。同時期の歌劇「後宮からの誘拐」のオスミンのアリアの旋律に基づく第1主題と、リズミカルな第2主題を軸に疾走する、ロンド・ソナタ形式の華やかなフィナーレ。

 

 

モーツァルト:オーボエ協奏曲 ハ長調 K.314

 

モーツァルト唯一の完成されたオーボエ協奏曲であり、同楽器の最重要レパートリーとなっている名作。ただし確実なのは、「フルート協奏曲第2番ニ長調(やはりK.314)と同じ曲であること」のみという曖昧な立場にある作品だ。元々フルート協奏曲として伝えられていたが、1920年に指揮者で学者のベルンハルト・パウムガルトナーが、ザルツブルクのモーツァルテウム(別の説もある)で、オーボエ協奏曲の筆写されたパート譜を発見し、使用されている音域等からこちらを原曲とする見解が有力になった。

 

まだ生地のザルツブルクにいた21歳のモーツァルトは、1777年9月23日、求職を主目的としたマンハイム・パリ旅行に出発した。本作は、1777年4月から同旅行に出発するまでの間に、ザルツブルク宮廷楽団のオーボエ奏者ジュゼッペ・フェルレンディスのために作曲された。モーツァルトは10月30日マンハイムに到着。そこで当地のオーボエ奏者フリードリヒ・ラムと交友をもち、11月4日付の父への手紙に「彼はとてもうまく吹き、綺麗で繊細な音をもっています。ぼくは彼にオーボエ協奏曲をプレゼントしました。その男は狂喜しています」、翌1778年2月14日にも「ラムさんがフェルレンディスのために書いたオーボエ協奏曲の5度目の演奏をし、大変な評判になっています」と伝えた。そして当地でこの曲をフルート協奏曲に編曲し、そちらの依頼主である愛好家ドジャンに渡した。以上が現在有力視されている本作の経緯だ。しかし「フルート協奏曲がオリジナル」、「マンハイムで演奏されたのは消失した別の曲」といった見方も消えてはいない。

 

曲は、明朗で生気に富んだ、親しみやすい音楽。オーボエ独奏は、フルート版に比べて装飾音が少ないものの、テクニカルな動きを交えながら、華やかな活躍をみせる。

 

第1楽章:アレグロ・アペルト(はっきりとした)。2つの主題に基づく軽快で溌剌とした楽章。定型の協奏曲風ソナタ形式で書かれているものの、展開部は短い。

 

第2楽章:アンダンテ・マ・ノン・トロッポ。抒情的な緩徐楽章。2つの主題をもつソナタ形式だが、再現部に第1主題が登場しない点が珍しい。

 

第3楽章:アレグロ。変則的なソナタ形式によるロンド・フィナーレ。軽快な主要主題は、後の歌劇「後宮からの誘拐」のブロンデのアリア「なんという喜び」に似ている。ヴァイオリンが呈示する第2主題も同様の性格をもつ。

 

 

モーツァルト:交響曲第41番 ハ長調 K.551「ジュピター」

 

モーツァルトの交響曲創作の最後を飾る“三大交響曲”の最終曲。三大交響曲は、1788年6月26日に第39番、7月25日に第40番、8月10日に第41番が完成している。しかしながら、“明朗な愉悦感”“悲劇的な抒情性”“勇壮な造形美”とそれぞれ性格を異にする3曲が、僅か2ヶ月ほどの間に完成された経緯は明らかになっていない。以前は「演奏のあてもなく、自己の芸術的な要請に基づいて作曲された」などといわれていたものの、現在では、何らかの目的のために書かれたとの見方が一般的。曲調の異なる3曲がセットになっていることから、出版が目当てとも考えられるし、ウィーンでの公演もしくは旅行先で演奏するためとの説もある。また「生前には演奏されなかった」との旧説も、作曲直後の筆写譜やモーツァルト自身の書き込みのある演奏譜の存在等から、今ではほとんど否定されている。少なくとも1790年のフランクフルト旅行の際には、1曲ないし2曲が演奏されたとみられており、ウィーンや1789年の北ドイツ旅行での演奏も考えられている。

 

「ジュピター」は、“18世紀最高の交響曲”とも称される傑作。タイトル(愛称)は、ハイドンのイギリス招聘で知られるヨハン・ペーター・ザロモンが名付けたとされている。これはギリシャ神話の最高神ゼウスのローマ神話での名「ユピテル」の英語読み。ギリシャ的な造型美と堂々たる風格を特徴とする同曲に相応しいため、完全に定着している。

 

全体に力が漲る密度の濃い音楽だが、中でも重きを成しているのは第4楽章だ。ここでは、「ハ-ニ-ヘ-ホ」の4音が精緻に立体化され、フーガ的な綾を成しながら、堅固な構築がなされていく。これを学者アインシュタインは「音楽史上の永遠の一瞬」と賞賛した。またこの4音主題は、第1楽章の第2主題、第2楽章の2つの主題、第3楽章のトリオにも内包され、全体の有機的な統一感をもたらしている。

 

第1楽章:アレグロ・ヴィヴァーチェ。ハ長調の主和音による力強い動きと弱音の応答による第1主題で開始。柔和な趣の第2主題を交えながら、ソナタ形式の均整のとれた音楽が展開される。

 

第2楽章:アンダンテ・カンタービレ。弱音器付きの弦楽器が安らかな歌を奏でる、ソナタ形式の緩徐楽章。繊細な2つの主題を軸に進行し、全休止が効果を発揮する。

 

第3楽章:メヌエット、アレグレット。なだらかな下行主題に基づく端正な主部に、簡潔なトリオが挟まれる。トリオの後半で終楽章の4音主題が登場。

 

第4楽章:モルト・アレグロ。対位法が駆使された、ソナタ形式の壮麗な終曲。前述の4音の「ジュピター主題」に、同じく弱音のヴァイオリンで出される第2主題を加えてダイナミックに進行し、複数の動きが絡み合う華麗なコーダに至る。

 

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