TOP> トピックス

トピックス

2018/12/26

名曲コレクション 特別演奏会ニュー・イヤー・コンサート2019プログラムノート

特別演奏会ニュー・イヤー・コンサート2019公演情報はこちら→

寺西 基之 (音楽評論家)

 

J.シュトラウスⅡ:喜歌劇「こうもり」序曲

ウィンナ・ワルツやポルカといえばシュトラウス一家が有名で、中でもヨハン・シュトラウスⅡ世(1825-99)はウィンナ・ワルツとウィンナ・ポルカに黄金時代をもたらした作曲家だった。彼は同名の父(Ⅰ世)やヨーゼフ・ランナーによって礎が作られたウィンナ・ワルツおよびポルカのスタイルをさらに発展させて洗練されたものとし、このジャンルの黄金時代を築き上げたのである。そしてさらにオペレッタ(喜歌劇)の中にこうしたワルツやポルカを取り込んで、いわゆるウィンナ・オペレッタのジャンルに新しい時代をもたらすこととなる。

 

彼のオペレッタの中でもとりわけ優れているのが1874年に初演された「こうもり」である。富裕な紳士アイゼンシュタインに恥をかかされた友人ファルケが舞踏会を企画し、機知に富んだたくらみを仕掛けてアイゼンシュタインに仕返しするという喜劇で、全編にわたってウィーン情緒豊かな音楽が満載の傑作だ。序曲もそうしたこのオペレッタの内容を凝縮した楽しい曲で、本編の中のいくつかの旋律に基づいて巧みに纏め上げられている。

 

 

J.シュトラウスⅡ:トリッチ・トラッチ・ポルカ 作品214

3拍子のワルツに対してポルカは2拍子の舞曲で、スタイルの点でいくつかの種類がある。1858年に書かれたこの「トリッチ・トラッチ・ポルカ」はテンポの速いポルカ・シュネルに属する作品。題名は噂話を意味する“トラッチ”の語に基づく語呂遊びで、当時のウィーンで発刊されていた風刺雑誌「トリッチ・トラッチ」からとられた。その明るく軽快な音楽の運びはたしかに“ペチャクチャ”と噂する感じをうまく捉えているといえるだろう。シュトラウスの才気を窺わせる粋なポルカである。

 

 

スッペ:喜歌劇「軽騎兵」序曲

シュトラウスⅡ世に先駆けて、ウィンナ・オペレッタの発展の基礎を築いたのがフランツ・フォン・スッペ(1819-95)だった。彼は早くから喜歌劇を多数書いていたが、ウィーンでフランスのオッフェンバックのオペレッタがブームとなったことに刺激され、「寄宿学校」を1860年に発表してウィンナ・オペレッタ隆盛のきっかけを作り、以後「スペードの女王」、「軽騎兵」、「ボッカチオ」など多数のオペレッタを生み出してこのジャンルの確立に大きく貢献した。彼が拓いた土壌があってこそシュトラウスⅡ世らのウィンナ・オペレッタ全盛期が開花することになったといってよい。

 

残念ながら彼のオペレッタそのものは今日では上演される機会は少ないが、序曲だけはよく取り上げられる。中でも1866年に書かれた「軽騎兵」の序曲はよく知られた輝かしい曲で、軍隊のファンファーレで始まり、軽騎兵の行進が軽快に描かれる。中間部は悲歌風の旋律が流れるが、再び行進曲が戻ってきて、輝かしく閉じられる。

 

 

ヨーゼフ・シュトラウス:鍛冶屋のポルカ

ヨーゼフ・シュトラウス(1827-70)はヨハンⅡ世の弟で、早くから楽才を発揮したが、当初は音楽の道には進まず、工業技術者として活動した。しかし兄が病気になった際に代役で指揮を務め、以後ウィンナ・ワルツとポルカの作曲家・指揮者として活躍することとなった。その詩情豊かな音楽性には兄と一味違う個性が窺える。「鍛冶屋のポルカ」は耐火金庫を製造する会社が催した舞踏会のために1869年に書かれた曲で(ドイツ語の原題は“耐火”を意味している)、金床も取り入れて鍛冶職人の仕事を活写した生気溢れる曲である。

 

 

J・シュトラウスⅡ:ワルツ「美しく青きドナウ」作品314

ヨハン・シュトラウスⅡ世の書いたウィンナ・ワルツの中でも最も有名な作品に挙げられるもので、毎年世界中に生中継されているウィーン・フィル恒例のニュー・イヤー・コンサートでもアンコールの定番曲となっていることは、改めて言うまでもないだろう。もともとはウィーン男声合唱協会のための合唱用のワルツとして書かれた。作曲は1867年で、プロイセンに敗れたオーストリアの国民を鼓舞するための作品という意図があったようだ。ただし作曲時はドナウ川にまつわる題はなく、曲題は初演前に付けられたという。初演の際の評判は必ずしも高いものとはいえなかったが、シュトラウスはその後これをオーケストラ用に書き直し、パリ万博やロンドンで演奏して大成功を収めたことでウィーンでも曲の真価が見直され、大ヒットすることとなったのである。幽玄ともいえる序奏で始まり、5つの変化に満ちたワルツと長いコーダが続く。

 

 

モーツァルト:交響曲第41番 ハ長調 K.551「ジュピター」

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756-91)は8歳の時に最初の交響曲を書いて以来、後期に至るまで多数の交響曲を生み出した。その時期はまさに交響曲というジャンルの様式が確立し完成していく時期にあたっている。そうした様式の確立と完成にモーツァルトはハイドンとともに中心的な役割を果した。彼の交響曲の創作の軌跡を辿ると、彼が当時の様々な傾向を消化吸収しながら交響曲様式の可能性を多角的に探っていることが浮かび上がってくる。

 

そうした交響曲ジャンルにおける彼の総決算が、最後の3大交響曲(第39~41番)である。これらは1788年の夏に立て続けに完成されている。それぞれに全く異なる個性を示しつつしかも書法上の統一性を持ったこれら3曲が、何らかの目的のためにセットで書かれたことは、現在の研究ではほぼ間違いないと考えられている。しかしそれが何の機会のためなのか、そしていつ初演されたのかについては、いまだに謎のままである。いずれにせよこの3曲のうちにモーツァルトが追求し続けてきた交響曲の書法が円熟した形で、しかも驚くべき多様性と大胆な創意工夫のうちに結晶化されていることは明らかだ。

 

その掉尾を飾る本日のハ長調交響曲(1788年8月10日完成)は、堂々たる構築性と輝かしい明朗さを持った作品で、その壮麗な作風ゆえに「ジュピター」(ギリシャの最高神ゼウス)の愛称で親しまれてきた。とりわけ、ド-レ-ファ-ミのいわゆるジュピター音型(古来しばしば用いられてきた音型で、交響曲第1番以来モーツァルトも何度か用いている)を主題として対位法的に構築される燦然たる終楽章は、まさにモーツァルトの交響曲の最後を飾るに相応しい。

第1楽章(アレグロ・ヴィヴァーチェ)は堂々たる構えを持つソナタ形式で、次々と現れる楽想が見事な統一感のうちに纏められている点に円熟の筆遣いが感じられる。第2楽章(アンダンテ・カンタービレ)は弱音器付きの弦を中心に澄んだ響きの綾が織り成される緩徐楽章。第3楽章(メヌエット、アレグレット)は明朗なメヌエットで、中間部(トリオ)でジュピター音型が予示される。第4楽章(モルト・アレグロ)はそのジュピター音型を主題にフガートなどの対位法技法をソナタ形式の論理と結び付けた独創的なフィナーレで、諸主題を多重フーガ風に組み合わせたコーダの盛り上がりは圧巻だ。

 

特別演奏会ニュー・イヤー・コンサート2019公演情報はこちら→

このページのトップにもどる