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プログラムノート(第346回定期演奏会)
2021-06-09
カテゴリ:読み物
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奥田 佳道(音楽評論家)
チャイコフスキー(1840~1893): 序曲「1812年」作品49
作曲:1880年、1881年、1882年改訂
初演:1882年8月モスクワ、建設中の救世主ハリストス大聖堂 モスクワ芸術産業博覧会コンサート

 趣あるロシア正教会の聖歌の調べが舞う。冒頭からヴィオラ、チェロが見せ場、魅せ場を創り、木管楽器が受け継ぐ。
 大砲を模した轟音がホールを満たす。乱打される鐘。ロシアの名指揮者たちが異口同音に語る。「ロシアでは、嬉しいときも、哀しいときも鐘」。

 最初に、チャイコフスキーが懇意にしていた音楽出版社ユルゲンソンから「機会音楽や宗教的、歴史的題材を扱った作品」の委嘱があった。1880年初夏のことである。
 しかし依頼の仕方が曖昧で、報酬や期限についても記されていなかったようだ。音楽家のなかの音楽家で、誇り高き職人気質をあわせもつチャイコフスキーは積極的に動かない。この時期には、流麗かつ劇的な「弦楽セレナード ハ長調」作品48が生まれているのだが。

 紆余曲折の末、盟友ニコライ・ルビンシテイン(1835~1881)の頼みを聞き入れる形で委嘱に応えることになった。
 その内容は「1881年に行われる予定のモスクワ芸術産業博覧会の記念演奏会で演奏される新作」で、ルビンシテインからの提案は三つ。①博覧会開会式の音楽 ②皇帝アレクサンドル2世在位25年記念祝典の音楽 ③救世主ハリストス大聖堂(開基・成聖)式典の音楽。
 チャイコフスキーが選んだのは、1812年!暮に着工した救世主ハリストス大聖堂のための音楽だった。モスクワ河畔に偉容を誇る同大聖堂は、ナポレオン戦争の戦勝記念と戦没者慰霊を目的に建設が始まった帝政ロシア、正教会のシンボル的な存在だった。 

 曲は、ロシアでは「1812年祖国戦争」と呼ばれる1812年の対ナポレオン戦争を描く。
 序奏はロシア正教歌「主よ、汝の民を救いたまえ」に基づくコラール(聖歌)で、中低弦による音階風の調べや同音反復は、チャイコフスキーお得意の筆致だ。敵味方の勢力が拮抗したボロジノの戦い(モスクワ河の戦い)を匂わせる民謡風の調べもこだまする。
 フランス国歌「ラ・マルセイエーズ」がナポレオン率いるフランス軍の進軍を映し出す。厳冬を前に退却を余儀なくされるフランス軍。勝負に出るロシア軍。巧みな管弦楽法により、好転する戦況も描かれる。ロシア側の音楽は「門の前で」という民謡だ。
 そしてロシア正教歌、帝政ロシア国歌が奏でられ、鐘、大砲が鳴り響く圧巻のグランド・フィナーレへ。
チャイコフスキー(1840~1893):交響曲第5番 ホ短調 作品64
作曲:1881年5月~8月
初演:1881年11月サンクト・ペテルブルク、チャイコフスキー自身の指揮
サンクト・ペテルブルク・フィルハーモニー協会コンサート

 ほの暗い調べに抱かれる。クラリネットによって提示され、曲のここぞという場面を彩る「モットー主題」(後述)。烈しくも美しいロシアン・ロマンが私たちを魅了してやまない。
 西欧の音楽語法、流儀に通じ、ワルツを愛し、表情豊かなウクライナやポーランドの舞曲や民謡と相愛だったロシアの匠チャイコフスキーの傑作を聴く。交響曲第4番ヘ短調作品36から、およそ11年後に書かれたシンフォニーだ。

 我らが常任指揮者飯守泰次郎は、今年1月、桂冠名誉指揮者に叙せられている東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団の定期演奏会で第5番に腕を揮い、賞賛を博した。沸き起こるスタンディング・オヴェーションにソロのカーテンコール。傘寿を寿いだ飯守は先月、4時間半に及んだワーグナー「ニーベルングの指環」ハイライト特別演奏会にも渾身のタクトを披露したばかりである。世界トップクラスの声楽家たちと交歓するマエストロへの賛辞が尽きなかった。

 ちなみにチャイコフスキーは1876年夏、その「ニーベルングの指環」ツィクルス初演を大看板とした第1回バイロイト音楽祭に招かれている。ワーグナーのプロデュース力やドラマの題材には賛同出来なかったものの、チャイコフスキーはワーグナーの気宇壮大な調べ、とくに劇中の出来事、事象、登場人物の性格や感情を一定の音型によって示す「ライトモティーフ」(示導動機)に魅了されていた。
 情景の旋律も美しいバレエ「白鳥の湖」と、白鳥の騎士伝説に基づく「ローエングリン」の摩訶不思議な相関を思い出そう。

 抜群の人気を誇るチャイコフスキーの交響曲第5番へ戻せば、前述の「モットー主題」が音楽の鍵を握る。モットーとは、曲の開始部のほか、重要な局面に現れ、全曲を統一するフレーズ(楽句)またはモティーフ(動機)のこと。ハ短調からハ長調への転換も楽器法も鮮やかなベートーヴェンの交響曲第5番を挙げるまでもない。クララ(CHAAドシララ)の動機も美しいシューマンのピアノ協奏曲、それに冒頭の三音が鍵を握るブラームスの交響曲第2番、第3番も「モットー主題」に基づく佳品だ。

 19世紀ロマン派屈指のメロディメーカー(旋律作家)だったチャイコフスキーは、この「モットー主題」に息の長い旋律性を授け、回帰のスタイルにも凝った。
 フランスの鬼才ベルリオーズの「幻想交響曲」の根幹を成す「イデー・フィクス」(固定楽想)に感銘を受けたようである。チャイコフスキーは1867年、27歳の年にモスクワで「幻想交響曲」と出逢い、その10年後に書いた交響曲第4番の両端楽章に「モットー主題」、つまり例のファンファーレ風の主題を書いた。続いてバイロンの劇詩に基づく1885年の「マンフレッド交響曲」で、悲劇の主役マンフレッドを「モットー主題」で描く。少しくどいくらいに。

 第5番創作の経過は、弟のモデストやパトロンのナジェジダ・フォン・メック(通称メック夫人)に伝えられている。いっぽう自身の日記に次のように記した。
「交響曲、第1楽章の表題。序奏。運命への完全な服従。あるいは神の摂理が示す、不可解な運命への服従」。
 冒頭の「モットー主題」は「運命の動機」でも「運命の主題」でも構わない。フランツ・リストにおける「変容主題」、ワーグナーのライトモティーフ「示導動機」、セザール・フランクの「循環主題」と呼応する作曲法だ。姿や表情を変えながら現れる。
 たとえば、第2楽章中間部の山場では金管楽器が雄々しく、第3楽章のエンディング近くではクラリネットとファゴットがさりげなく、そして第4楽章の序奏及びコーダ(終結部)では弦楽合奏が堂々と「運命の動機」を奏でるのだ。

 チャイコフスキーと言えば、曲名にもなった「アンダンテ・カンタービレ」(オリジナルは弦楽四重奏曲第1番の第2楽章)という語句を好んだ作曲家だが、ホルンの夢幻的なソロを生かした第2楽章がまさにアンダンテ・カンタービレ。聴き手を魔境に誘う旋律ならば、第1楽章のなかほどでヴァイオリンが奏でる、麗しいニ長調の調べ(モルト・ピウ・トランクィロ)も最高だ。作曲者が語るように、これは何らかの信仰心の現れかも知れない。
 第3楽章は交響曲定番のスケルツォではなく、バレエ音楽をこよなく愛したこの人らしくワルツだ。ロシアのワルツはウィーンのそれとは趣が異なる。郷愁を誘う舞曲はチャイコフスキーのお家芸である。
 第4楽章の終盤には、曲の終わりを匂わせるファンファーレ風の響きがティンパニの連打を伴って届けられる。
 しかし音楽は終わっていない。偽終止の一種で、ハーモニーも響きも空に放たれたままだ。圧巻のグランド・フィナーレはまだ先とは、チャイコフスキーも芸が細かい。
 曲は凱旋や勝利を想わせる行進曲へと続き、燃えに燃えた後、ホ長調で決然と結ばれる。

第1楽章:アンダンテ~アレグロ・コン・アニマ(コン・アニマは、生き生きと、魂をこめて) ホ短調
第2楽章:アンダンテ・カンタービレ、コン・アルクーナ・リチェンツァ(コン・アルクーナ・リチェンツァは、多少の自由さをともなって) ニ長調
第3楽章:ヴァルス(ワルツ)、アレグロ・モデラート イ長調
第4楽章:フィナーレ、アンダンテ・マエストーソ~アレグロ・ヴィヴァーチェ ホ長調
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