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プログラムノート(第345回定期演奏会)
2021-05-14
カテゴリ:読み物
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奥田 佳道(音楽評論家)
ハチャトゥリアン(1903~1978): フルート協奏曲
作曲:1940年
初演:1940年11月 モスクワ、ソヴィエト音楽祭 ヴァイオリン協奏曲
          ダヴィッド・オイストラフのソロ、アレクサンドル・ガウク指揮 ソヴィエト国立響
編曲:1968年 ジャン=ピエール・ランパル

 3拍子を交えたオーケストラの前奏からして心躍る。
 疾走する楽の音。独奏フルートの超絶技巧が舞う。摩訶不思議な郷愁を誘う妖しい調べも添えられた。舞曲や民謡を愛でた20世紀の作曲家がここにいる。
 今をときめくフルーティスト上野星矢とマエストロ川瀬賢太郎の十八番、勝負曲を聴く。
 ジョージア(グルジア)育ちのアルメニア人作曲家ハチャトゥリアンと言えば、泣く子も黙る「剣の舞い」に「レズギンカ」(バレエ「ガヤネーまたはガイーヌ」)、それに10数年前のフィギュアスケートとともに知られるようになった劇音楽「仮面舞踏会」の「ワルツ」が人気だ。
 しかしヴァイオリニストにとってもフルーティストにとっても大切なレパートリーとなる協奏曲を忘れてはいけない。

 多民族が共生した南コーカサス地方、帝政ロシア時代のジョージアの首都トビリシ(ティフリス)近郊に生まれたアルメニア人、という少々やっかいなご紹介が必要になるアラム・ハチャトゥリアンは、ショスタコーヴィチ(1906~1975)、それにカバレフスキー(1904~1987)と同世代の作曲家兼指揮者である。
 幼少の頃、母が歌う哀しい歌、ジョージアの多声的な民謡、単旋律によるアルメニア古謡、アゼルバイジャンや南コーカサス地方を吟遊詩人よろしく放浪する音楽家の演奏を耳にしながら育ったという。
 その後モスクワのグネーシン音楽学校に新設されたチェロ科、作曲科を経て、モスクワ音楽院で近年再評価の機運も出てきた作曲家ニコライ・ミャスコフスキー(1881~1950)に学ぶ。
 1933年、アルメニアの民俗音楽をベースとした「舞踊組曲」で注目され、その後ピアノ協奏曲、ヴァイオリン協奏曲を作曲。1942年に現ペルミで初演されたバレエ「ガヤネー(ガイーヌ)」で名声を確立する。
 ショスタコーヴィチ同様、当局からの言われなき批判にも遭ったが、映画音楽「レーニン」で喝采を博すなど、激動の時代を生き抜いた作曲家ならではのタフさも見せた。1950年代には気宇壮大なバレエ「スパルタクス」を書いている。指揮者としても国内外で活躍、1963年には読売日本交響楽団と京都市交響楽団の指揮台に立ち、自作を披露した。

 上野の妙技が楽しみなフルート協奏曲は、別掲のデータに記したようにヴァイオリン協奏曲から創られた。創作の背景を少々。
 モスクワ音楽院でのアカデミックな学びを終えるに際し、交響曲第1番、ピアノ協奏曲を発表したハチャトゥリアンは1938年、アルメニアの首都エレヴァンの歌劇場のためにバレエを、また政治的な宣伝思想色も濃かった「ザンズゲルZangezur」という映画音楽を書く。そこからピアノ協奏曲に続くコンチェルトへの想いがふくらむ。
 今度はヴァイオリン協奏曲だ。
 幸い、当代随一のヴァイオリニスト、ダヴィッド・オイストラフ(1908~1974)の協力、助言を得ることが出来た。ちなみにオイストラフはその後、ショスタコーヴィチからヴァイオリン協奏曲第1番(1947/48年、1955年初演)、第2番(1967年)、ヴァイオリン・ソナタ(1968年)を献呈されている。
 ハチャトゥリアンのヴァイオリン協奏曲は1940年、息子の誕生を待ちわびる喜ばしい気持ちにも導かれ、二か月半ほどで完成したようである。

 20世紀を代表するフランスのフルーティストで、プーランクのフルート・ソナタ誕生・初演(1957年)にも関わったジャン=ピエール・ランパル(1922~2000)も、民俗色と躍動感をあわせもつハチャトゥリアンの音楽性に魅了されていた。
 多くの作曲家と深い絆で結ばれていたランパルは、「ソヴィエト」を代表する作曲家ハチャトゥリアンにもフルート協奏曲を依頼する。
 その過程で、ハチャトゥリアン側から、高齢を理由に新作の協奏曲は書けないが、1940年のヴァイオリン協奏曲をフルート協奏曲に編曲してはどうか、との話が持ち上がる。「新作」が見えてきた。ランパルはオリジナルに最大限の敬意を払った上で、フルートでは演奏出来ない一部の音域や重音に手を施し、カデンツァも書く。
 フルート協奏曲としては1968年以降知られるようになった。編曲者のジャン=ピエール・ランパル校訂譜に基づく演奏が多いが、ジェームズ・ゴールウェイやパトリック・ガロワのように独自の「アレンジ」を加えるフルーティストもいる。

第1楽章:アレグロ・コン・フェルメッツァ
    (コン・フェルメッツァは、しっかりと、はっきりとの意。このイタリア語の表情・速度語は、
     オリジナルのヴァイオリン協奏曲でも使われている。以下の楽章も同じ)
第2楽章:アンダンテ・ソステヌート
第3楽章:アレグロ・ヴィヴァーチェ
ブラームス(1833~1897)/シェーンベルク(1874~1951)編曲:
ピアノ四重奏曲第1番 ト短調 作品25(管弦楽版)
作曲:1861年 ピアノ四重奏曲
   1937年 管弦楽版
初演:1861年11月 ハンブルク クララ・シューマンのピアノ
   1938年 5月 ロスアンジェルス
          オットー・クレンペラー指揮 ロスアンジェルス・フィルハーモニック

 聴こえてくるのは、19世紀ドイツ・ロマン派の匠ブラームス若き日の肖像たる情熱の発露?それとも、新ウィーン楽派を牽引した20世紀の鬼才シェーンベルクの烈しくも精妙なオーケストレーション? 
 いずれも私たちの喜びとなる。
 夢や美への憧憬に満ちたかのような調べ、うねりを帯びた重層的な創りはもちろんのこと、管打楽器による硬質で魔境的な音彩がホールを満たす。奔放なジプシー(ロマ)風の楽想も鍵を握る。

 まずはオリジナルについて。ブラームスのピアノ四重奏曲第1番ト短調が数年に渡る推敲を経て完成したのは1861年、ブラームス28歳の年。同年11月に彼の故郷ハンブルクで、クララ・シューマン(1819~1896)のピアノを交えて初演されている。
 翌1862年11月には、ウィーンでのお披露目もあった。作曲者自身のピアノと共演したウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターでクァルテットを主宰していたヨーゼフ・ヘルメスベルガー1世(1828~1893)が、感激のあまりブラームスを抱きかかえ「ベートーヴェンの後継者、ここにあり」と叫んだ──そんな逸話もウィーン楽友協会アルヒーフ(古文書資料室)には伝えられている。

 この彫りの深いピアノ・クァルテットを、1937年、アメリカ移住時代のシェーンベルクが大編成のオーケストラ曲に編曲する。仕掛け人はロスアンジェルス・フィルの音楽監督オットー・クレンペラー(在任:1933年~1939年)。
 シェーンベルクとクレンペラーはいずれもナチス・ドイツの迫害から逃れるべく、アメリカに渡っていた。この時期、正確には相前後して、と記さなくてはいけないが、アルマ・マーラー、ツェムリンスキー、コルンゴルトもアメリカにいた。

 19世紀から20世紀の転換期に創作を本格化させたシェーンベルクと言えば、新ウィーン楽派の祖だが、彼の芸術の出発点はウィンナ・ワルツとブラームスだった。
 ワルツ王ヨハン・シュトラウス2世(1825~1899)の「皇帝円舞曲」を弦楽四重奏、ピアノ、フルート、クラリネットの室内楽編成に編曲し、嬉々として演奏したのは誰あろうシェーンベルクである。
 ブラームスの音楽について「新しい音楽と古い音楽。様式と思想」と題したレクチャーを行ない、同名及び「進歩主義者ブラームス」という論文も発表した。
 余談になるが、無名時代のツェムリンスキーが作曲したクラリネット三重奏曲(ピアノ三重奏曲)を誉め、楽譜出版社を紹介したのは最晩年のブラームスである。彼らは、どこかでつながっている。

 シェーンベルクは、愛するブラームスのピアノ四重奏曲第1番をオーケストラに編曲した理由を次のように語っている。
 「ピアニストが上手に弾くと、弦楽器の音が(マスクされ)聴こえにくい」。
 「ブラームスの作曲法に忠実に従い、ブラームスが現在(1930年代中葉に)生きていたら、そう書いたと思われる様式(範疇)を守った」。
 作曲法に忠実に従い、の下りは、話半分どころか話が違う。「公約違反」との声も出た。シェーンベルクはオーケストラを3管編成に拡大した上、グロッケンシュピール(鉄琴)、シロフォン(木琴)、バスドラム(大太鼓)、スネアドラム(小太鼓)、シンバル、トライアングル、タンバリンを臆せずに活用したのだから。「大学祝典序曲」で私たちが漠然と思い描く以上に大編成を用いたブラームスでも、さすがにこれだけの打楽器は使っていない。
 しかしシェーンベルクが「ブラームスが現在生きていたら、こうしたのでは?」と、但し書きのように語ったことを忘れるべきではない、と述べたのは、ブラームス時代の金管楽器やティンパニについていつも教えて下さった故佐伯茂樹氏だった。

 ハンガリーの音楽とジプシー(ロマ)の音楽を、少しばかり混同したとは言え、ブラームスは生涯にわたって東欧の舞曲を愛した。中欧ではトルコ、ポーランド、ハンガリー風のエキゾティックな音楽、ジプシー風の旋法や緩急リズムが好まれたという歴史的背景もある。
 周知のようにブラームスはハンガリー舞曲派で、シェーンベルクもその筆致、とくにフィナーレ楽章のツィゴイネル風ロンドを表現主義的に強調した。いっぽう、オリジナルのピアノ四重奏曲にオマージュを捧げたかのような創り、響きも織り込まれている。オーケストラ芸術の泰斗(たいと)シェーンベルク!

第1楽章:アレグロ
第2楽章:インテルメッツォ
第3楽章:アンダンテ・コン・モート
第4楽章:ツィゴイネル風ロンド
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