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プログラムノート(第378回定期演奏会)
2025-01-20
カテゴリ:読み物
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奥田 佳道(音楽評論家)
シューベルト(1797~1828)
劇付随音楽「キプロスの女王ロザムンデ」 D.797 序曲
作  曲 1820年
初  演 1820年8月19日ウィーン、アン・デア・ウィーン劇場
     (ただし劇付随音楽「魔法の竪琴」序曲として
     「キプロスの女王ロザムンデ」の初演は1823年ウィーン)

 趣あるアンダンテの序奏から、喜ばしいアレグロ・ヴィヴァーチェの主部への転換も鮮やかだ。しかもハ短調からハ長調への移行。いっぽう、長調と短調の世界を自在に移ろいゆく筆致、大胆な転調もこの作曲家の身上である。
 フランツ・ペーター・シューベルトの名序曲が開演をことほぐ。創作の背景はシューベルトの作品ではよくあることだが、少々ややこしい。
 1823年の晩秋、ウィーンに滞在していたドイツの作家ヘルミーナ・フォン・シェジーから、急きょ、劇「キプロスの女王ロザムンデ」のために付随音楽を書いて欲しいとのリクエストがあった。彼女はウェーバーの歌劇「オイリアンテ」の台本作家で、同オペラの初演(1823年10月ケルントナートーア劇場)に立ち会ったのだが、ロッシーニの音楽に沸くウィーンで、その「オイリアンテ」は失敗。窮地に追い込まれたフォン・シェジーは、名誉を挽回すべく、劇「キプロスの女王ロザムンデ」を仕立てる。羊飼いの娘として育てられたキプロスの王女ロザムンデをめぐるお話だ。その付随音楽がシューベルトに依頼され、10曲ほどの音楽が創られる。アンダンティーノの間奏曲変ロ長調が有名で、その調べは弦楽四重奏曲やピアノ曲にも転用された。
 しかし序曲は1823年12月の初日に間に合わず、歌劇「アルフォンソとエストレッラ」(1822年)の序曲が転用された。さらにその後、1820年に上演され好評を博した劇付随音楽「魔法の竪琴」序曲が「キプロスの女王ロザムンデ」の序曲となる。その経緯にシューベルトが関わったどうか、分かっていない。
コルンゴルト(1897~1957)
ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35
作  曲 1945年
初  演 1947年2月15日セントルイス、ヤッシャ・ハイフェッツのヴァイオリン、ウラディーミル・ゴルシュマン指揮セントルイス交響楽団
日本初演 1989年2月福岡、時津英裕のヴァイオリン、金洪才指揮九州交響楽団

 妖しくも美しい調べに抱かれる。光彩陸離たる響きがホールを満たす。近年人気のヴァイオリン協奏曲を聴く。
 エーリヒ・ウォルフガング・コルンゴルトは1897年、オーストリア=ハンガリー帝国の古都ブリュン(現チェコのブルノ、モラヴィア地方の中心都市)に生まれ、ウィーン、そしてアメリカで波乱に満ちた人生をおくったユダヤ系のオーストリア人作曲家である。
 父は、20世紀初頭から(ハンスリックの後任として)ウィーンの日刊紙で編集主幹・音楽評論家として健筆をふるったユリウス・コルンゴルト。ウィーン音楽界きっての論客にして、才能ある息子の売り込みにも余念がないステージパパだった。
 そんなユリウスや作曲の師匠アレクサンダー・フォン・ツェムリンスキー(1871~1942)に導かれ、コルンゴルト少年は檜舞台に名乗りを上げる。1910年秋、フランツ・シャルク指揮するウィーン宮廷歌劇場でバレエ・パントマイム「雪だるま」(ツェムリンスキー編曲)が初演された。コルンゴルトこのとき13歳。
 モーツァルトと同じミドルネームをもつコルンゴルトは1920年、23歳の年にケルンとハンブルクで同時初演された歌劇「死の都」で、あらためて賞賛を博す。亡き妻への想い、その妻にそっくりの踊り子マリエッタ、幻影がキーワードとなる「死の都」は、ウィーン国立歌劇場でも繰り返し上演された。
 しかしユダヤ人排斥を掲げたナチスが台頭し、コルンゴルトの音楽人生は軌道修正を余儀なくされる。
 1930年代の半ば、反ユダヤ主義が渦巻く中欧ドイツ語圏での活動に見切りをつけ、映画と演劇の申し子マックス・ラインハルトの招きに応じる形でアメリカに移住。ハリウッドを拠点に映画音楽の作曲家として再スタートを切る。
 映画「真夏の夜の夢」「砂漠の朝」「風雲児アドヴァース」「王子と乞食(放浪の王子)」「海賊ブラッド」「シーフォーク」「ロビンフッドの冒険」「嵐の青春」の音楽を任され、オスカー(アカデミー賞)も手にした。
 映画産業の街ハリウッドで売れっ子となったコルンゴルトは第2次大戦後、ヨーロッパのクラシック界に復帰すべく、今回聴くヴァイオリン協奏曲のほか、弦楽四重奏曲第3番、弦楽オーケストラのための交響的セレナード、交響曲を書く。そして1949年、およそ10年ぶりにウィーンに帰る。1947年初夏にはヴァイオリン協奏曲のウィーン初演(ギンペルのソロ、クレンペラー指揮ウィーン響)も行なわれていた。
 しかし時代は、ワーグナー流儀のライトモティーフ(示導動機)を駆使し、壮大なオーケストラ曲や調性音楽を書く彼に味方しなかった。Korngoldをコーンゴールドと英語読みした上で「ゴールド(gold)」よりも「コーン(corn)」が多い音楽──そんな嫌味も聞こえてきた。友人宅でのパーティではピアノを弾き、創作も続けたが、権威筋からは過去の人扱いされた。コルンゴルトは1957年秋、失意のうちにロスアンジェルスで亡くなる。なお、ヴァイオリンとピアノに編曲された組曲「空騒ぎ」、歌劇「死の都」のアリアのように、ずっと愛されている曲もなくはない。
 ソロにもオーケストラにも見せ場の多いヴァイオリン協奏曲は、イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団の創設者でもあるヴァイオリニスト、ブロニスワフ・フーベルマン(1882~1947)の委嘱により、1945年に作曲。2年後にヤッシャ・ハイフェッツ(1901~1987)のソロで初演された。ヨーロッパからアメリカに亡命した音楽家に援助の手を差し伸べていたマーラー未亡人のアルマ・マーラー=ヴェルフェル(1879~1964)に捧げられている。
 「放浪の王子」のテーマなど、1930年代に書いた映画音楽のモティーフ(動機)が巧みに織り込まれている。古き良き時代のウィーンに想いを寄せたノスタルジックな調べ、ハイポジション(高音域)を駆使したソロの超絶技巧のほか、チェレスタ、ハープ、グロッケンシュピール、ヴィブラフォン。チューブラーベル(鐘)が醸す魔境的な音色も私たちを魅了してやまない。

1楽章 モデラート・ノビレ
2楽章 ロマンス:アンダンテ
第3楽章 フィナーレ:アレグロ・アッサイ・ヴィヴァーチェ
ホルスト(1874~1934)
組曲「惑星」 作品32
作  曲 1914年~1917年
私的初演 1918年9月29日ロンドン、エードリアン・ボールト指揮ニュー・クイーンズホール管弦楽団
公開初演 1920年11月15日ロンドン、アルバート・コーツ指揮ロンドン交響楽団

 当初は「大オーケストラのための7つの曲/7つの管弦楽曲」と題されていた人気長編を楽しむ。第1曲「火星」のスケッチ完成が1914年6月ということで、第一次世界大戦(1914年~1918年)勃発を「予告」する音楽として聴かれることもある。大戦との因果関係はないが、不穏な社会情勢のなかで書かれたことは確かだ。
 オルガン奏者、トロンボーン奏者として歩み始めたグスターヴ・ホルストは1905年以降、由緒ある女学校やモーリー・カレッジで教鞭をとりつつ、合唱、声楽曲や民謡に基づく小品、吹奏楽作品を紡いでいた。
 そんなホルストに、1912年9月、ひとつの芸術的転機が訪れる。同世代のオーストリア人作曲が紡いだオーケストラ曲を聴き、管弦楽が醸す音色の変幻、色彩感の表出に感銘を受けたのだ。
 ホルストが聴いたのは、ヘンリー・ウッド指揮クイーンズホール管弦楽団によりロンドンで世界初演!されたシェーンベルク(1874~1951)の「5つの管弦楽曲」作品16(1909年原典版)。おそらくその第3曲、5つの音による和音を自在かつ精妙に操った<色彩>に魅了されたと思われる。
 かねてから合唱や金管楽器を交えた合奏の指揮指導に定評があったホルストは、シェーンベルクの内に外に烈しい、いわゆる表現主義的な音楽を体感したことにより、当時の音楽的通念や様式を超えたオーケストラ曲への参入を決意したのだった。
 いっぽうホルストは、占星術という言葉を一般に広めた20世紀初頭イギリスの占星術師アラン・レオの著作からも大いなる影響を受けていた。西洋占星術、占星学、あるいはインド思想、神智学…。
 神秘的なるものを愛でるホルストが、人の運命をも司る星の配列=星振に基づく組曲「惑星」を作曲するのは、あらゆる意味で必然だったというべきか。創作に際し、ホルストは謎が謎呼ぶエルガー(1857~1934)の名変奏曲「謎」の描写性も意識した。昨年11月の第377回定期のメインを飾った「謎」から今定期の「惑星」へ。仙台フィルの選曲も冴えている。
 オーケストラは4管編成と巨大で、管弦打楽器すべてが主役を演じるといってもいい。大きいだけでなく、ストラヴィンスキーの「春の祭典」でも重要な存在を担うアルト・フルート(「惑星」では最後の最後にも出番あり)、マーラーの交響曲第7番でも最初に活躍するテナーチューバなどが登場。「惑星」といえば! のバスオーボエ(バリトンオーボエ)も第5曲「土星」と第7曲「海王星」を彩る。
 ハープ2、チェレスタ、オルガンもここぞという場面を担う。そして最終第7曲「海王星」で、すべてを持っていく──もとい、オーケストラと客席の関心を一手に引き受ける2組の女声合唱が素晴らしい。歌詞のないヴォカリーズ。女学校で長く教えたホルストは、この女声合唱をどこでどう歌わせるのかについても細かく記している。
 
1曲「火星、戦争をもたらすもの」 アレグロ
2曲「金星、平和をもたらすもの」 アダージョ~
3曲「水星、翼のある使者」 ヴィヴァーチェ
4曲「木星、快楽をもたらすもの」 アレグロ・ジョコーソ~
5曲「土星、老年をもたらすもの」 アダージョ~
6曲「天王星、魔術師」 アレグロ~
第7曲「海王星、神秘主義者」 アンダンテ~アレグレット
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