プログラムノート(第368回定期演奏会)
2023-11-14
カテゴリ:読み物
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ホセ・マリア・ガジャルド・デル・レイ(1961~)セビリアの侍
作曲:2020年5月完成 初演:2021年11月27・28日 京都コンサートホール・大ホール、ジョン・アクセルロッド指揮京都市交響楽団 第662回定期演奏会 |
《セビリアの侍》は、ギター、箏、語り、そしてオーケストラのための交響詩である。この作品は、ジョン・J・ヒーリーの同題名の小説からインスピレーションを受けたものだ。小説は、1613年に仙台からセビリアに向かった侍たち一行(注)の旅を描いた歴史小説である。ヒーリー氏は語りのテキストも執筆している。
私は、マエストロ・ジョン・アクセルロッドの誘いのもと、CultureALL Association Switzerlandの委嘱によりこの曲を作曲、京都市交響楽団によって世界初演され、本日、この旅物語の舞台である仙台のオーケストラ、仙台フィルハーモニー管弦楽団が再演する。
この作品は9つの楽章、語り、2人のソリスト、そしてオーケストラの間の相互作用から構成されているが、そこには日本とスペインの両方の文化に対する私の愛と感謝を通して、この魅力的な物語を完成させたいという思いが込められている。オーケストラの音色とテクスチュアの選択、メインソリストとしてのギターと箏、そして2か国語の語りで、小説の中だけでなく現実の物語と音楽的シナリオを再現しようという意図がある。
2019年10月に3週間、私は日本を旅した。その目的は、麗しい文化の香りを感じ、日本の伝統的な楽器や音楽について学び、また、いつもの旅行とは違ったやり方、つまりスケジュールも立てず、コンサートもマスタークラスも入れず、この素晴らしい国をただただ楽しむことだった。それはまさに、私の作曲を育むための時間だった。仙台では大変幸運なことに、伊達政宗氏の末裔に会うことができ、17世紀にこの冒険がなされた実際の場所に連れて行ってもらった。この旅物語は、スペインのコリア・デル・リオ(セビリア)から始まった。仙台からこの地に訪れた高名な侍の子孫であるフアン・マヌエル・スアレス・ハポン氏が、この物語のルーツへと導いてくれたのだ。
1. 武士道 La Senda del Guerrero.
第1楽章では、弦楽器、打楽器、木管楽器を中心としたオーケストラが奏でる劇的な序奏の後、最初から最後までこの作品に付随する2つの主題のうちの1つが現れる。この最初の主題をギターと箏が奏で、その後にオーケストラによる間奏曲が入り、第1楽章が終わりに向かうとこの主題は「タンゴ」のフラメンコリズムとして展開されることになる。
2. 帰国の約束 La Promesa del Regreso.
この作品の第2の主題は、両ソリストが醸し出す非常に親密なムードの中で提示される。叙情に満ちたオーケストラ総奏の後、再び箏とギターが、日本国歌を引用することで日本への深い敬意を表す役割を果たす。これにオーケストラが続いて第2楽章は終わる。
3. セルバンテス・アルマン Cervantes Alman.
この第3楽章は、シェイクスピアやセルバンテスと同時代の作曲家であるロバート・ジョンソンの《アルマン》からインスピレーションを受けたものである。速いテンポで箏とギターによる絶え間ない対話があり、両奏者の妙技が見られる。オーケストラも《アルマン》のテーマを演奏し、当時の時代に我々をいざなう様な響きで反映と間奏を奏でる。楽章の途中、打楽器に乗せて両ソリストによる即興演奏が奏でられる。
4. アカプルコ Acapulco.
セビリアに向かう旅の途中で、侍一行はメキシコに寄港した。この楽章では、カリブの音色と雰囲気を表現したいという思いを込めて、エキサイティングなオーケストレーション、多くのリズム、そして南米のテクスチュアにソロを組み合わせている。この楽章の第2部は、カリブ海の澄んだ穏やかな水面の反映でギターと箏が共に「泳ぐ」。その後、エキサイティングなムードに戻り、アカプルコの主題が発展したかたちで現れ、短く終わる。
5. コリアのセビジャーナス Sevillanas de Coria.
フルートとハープがセビジャーナス(セビリア周辺地域の民謡、踊り)をパ・ド・ドゥとして始め、後に箏とギターによるダンスとなる。管弦楽のテクスチュアによってグアダルキビル川の水の音がこの楽章の特徴を完成させており、そのまるで水彩画の様な風景を再現することを意図している。ソリストたちが音楽空間を共有している、極めて親密な雰囲気の楽章である。
6. ボレロ(「そしてセビリアのあの灯り…」) Bolero.
両ソリストによる序奏の後、オーケストラがボレロのリズムで、セビリアの街に侍が入る場面を見せてくれる。第1楽章『武士道』の主題が再び用いられ、グロッケンシュピール、ハープ、そしてトランペットが日本の旋法でスペインのダンスを創造し、オーケストラによって奏でられる。セビリアの街が、トリアナ橋を渡る日本人の行列を歓迎している様子を想像できるだろう。
7. 国王陛下との謁見 Audiencia Real.
この楽章は、フェリペ三世の宮廷音楽の趣を感じさせてくれる。私はそのために小さなアンサンブルを選んだ。2人のソリストは、かつて宮廷音楽家が王のために行っていたようにロンド形式で演奏する。17世紀のスペイン音楽からインスピレーションを受け、この楽章は箏とギターの技巧を通して一気に我々の時代まで旅をさせてくれる。
8. メディナ・シドニアのカナリオス Canarios de Medina Sidonia.
この楽章は物語で重要な役割を果たすメディナ・シドニア侯爵に捧げられる。このスペインの「カナリオス」のリズムである6/8拍子で、17世紀の民族音楽が再び奏でられる。今度は長調で主題(第2楽章『帰国の約束』の主題)を提示した後、ギターが「サパテアド」(靴で床を踏み鳴らして踊る)と呼ばれるよりフラメンコらしいリズムになる。
9. 帰還の道 La Senda del Regreso.
作品の締めくくりとして、ギターと箏の二重奏に続いて、まるで帰国の約束を思い出させるようにオーケストラが帰還の主題を示し、この音楽の旅の終わりを告げる。
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マエストロ・ジョン・アクセルロッド、ジョン・J・ヒーリー氏、そして仙台フィルハーモニー管弦楽団には、本日演奏される私の作品への支援と愛情に心からの感謝を表したい。
ホセ・マリア・ガジャルド・デル・レイ
José María Gallardo Del Rey
José María Gallardo Del Rey
リムスキー=コルサコフ(1844~1908)交響組曲「シェエラザード」作品35
作曲:1888年8月完成 初演:1888年10月(サンクト)ペテルブルク、作曲者自身指揮ペテルブルク交響楽演奏会 |
壮麗な音絵巻に抱かれる。
彫りの深い金管楽器の響き、木管楽器が醸す幻想的なハーモニーに導かれ、コンサートマスターがロマンや異国情緒への憧憬(しょうけい)に満ちたメロディを奏で始める。ハープも寄り添う。聴こえてきたのは「シェエラザード王妃」の主題である。
タイトルからして趣ある「シェエラザード」は、アラビアン・ナイト(千夜一夜物語)から霊感を受けた、烈しくも妖しいオーケストラ曲ゆえ、声高に申すまでもなく人気は高い。
ここで、19世紀後半のロシア作曲界の名匠にして管弦楽法の大家ニコライ・リムスキー=コルサコフが1888年、44歳の時に紡いだ交響組曲とは、ほほ緩む選曲だ。
仙台からセビリアに向かった慶長遣欧使節(けいちょうけんおうしせつ)を描いたホセ・マリア・ガジャルド・デル・レイの「セビリアの侍」の後に、さて何を持ってくるか。
コロナ禍の日本のオーケストラに手を差し伸べたことでも知られる名匠ジョン・アクセルロッドは、今回、音彩きらめく物語を選んだ。ちなみに「セビリアの侍」が世界初演された2021年11月の京都市交響楽団定期演奏会のプログラム後半は、やはりコンサートマスターのソロが活躍するリヒャルト・シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」だった。アクセルロッドは選曲でも魅せるマエストロなのだ。
多岐に渡る創作、ロシア内外への客演、音楽院や軍楽隊、宮廷合唱団での指揮・教授活動、さらに「和声法教程」「管弦楽法」の執筆を通じ、ロシア音楽界の近代化に尽くした偉人、それがリムスキー=コルサコフである。
海軍兵学校を経て、バラキレフ(1837~1910)率いる通称「ロシア五人組」(力強い仲間)の最年少メンバーとなった彼は、同じ会派の先輩でもあったボロディンやムソルグスキー作品の校訂や補筆にも携わった。
当初は、少々粗削りであっても重厚なロシア流儀に誇りを抱く作曲家グループ「五人組」(力強い仲間)のひとりだった。けれども、1871年にペテルブルク音楽院の教授に就任した頃から、ディレッタント(音楽を職業としなかった好事家)的で趣味性の強かった流儀をキープしつつ、独学で習得した西欧風の理論を添えた斬新なロシア音楽を紡ぐようになる。前述のようにオーケストレーションのスペシャリストとして歩み始めるのだ。
なおリムスキー=コルサコフは、アレンスキー、グラズノフ、ストラヴィンスキー、それにプロコフィエフの師でもある。「Principles of Orchestration(管弦楽法の基本)」は、今なお読み継がれる歴史的名著である。1880年代半ばに刊行された「Practical Manual of Harmony」(和声法要義)も名著の誉れ高い。
サルタン・シャフリアル(シャーリアールとも表記される)王を表す威圧感のある主題と、彼に夜ごと物語を聞かせるサルターナ・シェエラザード妃の優美この上ない主題を軸とした劇的な作品で、このたった二つの主題が「声色」や表情を変えながら4部構成の楽曲を彩ってゆく。その凝った筆致は近代フランスの作曲家にも影響を与えた。
アラビアン・ナイトから、お互いに関連性をもたない4つのエピソードを選んで作曲したとは作曲者の言葉で、初演時には標題(第何曲のところに「」で表記)が記されていた。しかし最終的な出版に際し、各曲の標題を削除している。リムスキー=コルサコフには、アラビアン・ナイトの物語に即した描写音楽ではなく、純粋に交響的な作品として聴いて欲しいとの想いがあった。
とは言え、最高に優れた描写音楽として聴くのも客席の喜びとなる。シェエラザード妃を「演じる」コンサートマスターのソロも客席を魅了してやまない。
ロシアやスラヴ文化圏の作曲家が好む、五線譜に#シャープひとつのホ短調を基調としている。チャイコフスキーの交響曲第5番、バレエ音楽「眠りの森の美女」の邪悪な妖精カラボスの主題、ラフマニノフの交響曲第2番、ドヴォルザークの「新世界より」、それにスラヴ舞曲作品72-2が示すように、ホ短調とロシア/スラヴの作曲家は相愛だ。
さらに言えば管楽器の活躍も目立つ「シェエラザード」の第2曲はロ短調、曲想は別として「悲愴」の調である。
美しく消えゆくエンディングまで、聴きどころ、見どころは尽きない。響きの円環、余韻をステージと客席で分かち合いたいものである。
第1曲:ラルゴ・エ・マエストーソ~アレグロ・ノン・トロッポ
「海とシンドバッドの船」(カッコ内が削除された標題、以下同じ)
第2曲:レント~アンダンティーノ~アレグロ・モルト~コン・モート
「カランダール(諸国遍歴の)王子の物語」
第3曲:アンダンティーノ・クワジ・アレグレット~
「若い王子と王女」
第4曲:アレグロ・モルト~ヴィーヴォ~アレグロ・ノン・トロッポ・マエストーソ
「バグダッドの祭り~海~青銅の騎士の立つ岩での難破~終曲」
奥田 佳道(音楽評論家)