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プログラムノート(第360回定期演奏会)
2023-01-23
カテゴリ:読み物
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奥田 佳道(音楽評論家)
ラヴェル(1875~1937)スペイン狂詩曲
作曲 1907年~1908年
初演 1908年3月パリ、シャトレ座 エドゥアール・コロンヌ指揮コロンヌ管弦楽団

曲は、南欧スペインのエキゾチックな夜に想いを寄せた、神秘的にして艶めかしい4音(ファ‐ミ‐レ‐ド#)の下降で始まる。「スペイン狂詩曲」の、ここぞという場面を彩る循環モチーフだ。
愛すべきラヴェルのオーケストラ曲。その歩みは1908年にパリで初演され、同世代のスペインの作曲家ファリャも賞賛を惜しまなかった「スペイン狂詩曲」から始まる。
ラヴェルにとってスペインは単なる異国でも隣国でもない。彼は、フランスとスペインの国境バスク地方出身の母が歌った民謡や子守歌を聴きながら育った。バスク並びにスペインの調べは、子供やメルヘンの世界と並ぶ、ラヴェル芸術の源泉なのだ。
創作の経緯がまたラヴェルらしい。はじめに、現在の第3曲「ハバネラ」が2台ピアノのために書かれる。パリ音楽院在学中の1895年、20歳の年に完成した。
ややあって、1907年から1908年の2月にかけて「夜への前奏曲」「マラゲーニャ」「祭り」が、やはり2台ピアノ曲として創られる。現在の第1曲、第2曲、第4曲で、この3曲はほどなくオーケストラに編曲。その際に旧作の「ハバネラ」も加えられ、都合4曲から成るオーケストラ組曲となった。ゆえに前述の4音動機は、先に出来ていた「ハバネラ」には現れない。
「亡き王女のためのパヴァーヌ」「古風なメヌエット」「道化師の朝の歌」「マ・メール・ロワ」が示すように、ラヴェルは自作のピアノ曲をオーケストラに編曲するのが得意だった。

第1曲 夜への前奏曲 きわめて中庸の速さで 4分の3拍子
美しく、精妙に変幻する楽の音。管弦楽の魔術師ラヴェルがここに。
第2曲 マラゲーニャ じゅうぶんに活き活きと 4分の3拍子
マラゲーニャはスペイン南部マラガ地方の民謡、舞曲名。トランペットが4音動機に基づく華やかなフレーズを吹く。コーラングレを始めとする木管楽器、ホルン、カスタネット、タンバリンも活躍。
第3曲 ハバネラ きわめてゆっくりと 4分の2拍子
ハバネラは、ビゼーもサン゠サーンスも夢中になった2拍子の妖艶な、もしくは物憂げな舞曲。ここでは2種類のハバネラが聴こえる。
第4曲 祭り じゅうぶんに活き活きと 8分の6拍子
スペイン舞曲、民謡がメドレーよろしく登場。打楽器は申すに及ばず、コーラングレ、クラリネットも味。
ブリテン(1913~1976)歌劇「ピーター・グライムズ」作品33aより“4つの海の間奏曲”
作曲 1944年~1945年(オペラ)
初演 1945年6月ロンドン、サドラーズ・ウェルズ劇場(オペラ)

清らかな調べ、ひんやりとした情趣がホールを満たす。静かに、しかし何かが起こる、始まる予感。
オペラの主役は、寒村の漁夫ピーター・グライムズ。彼は強情で偏屈ゆえに村民から疎んじられた上、漁夫見習いを虐待し、殺害したとの嫌疑をかけられる。ピーターの精神は錯乱。船を海に沈め、自殺に追い込まれてしまう。
しかしブリテンの精妙な音楽は、地域や社会に溶け込めなかった「アウトサイダー」たるピーターの人格を批判も否定もしていない。悩める主人公の胸の内をも映し出す。
ブリテンの名は、1945年初演の歌劇「ピーター・グライムズ」によって一躍クローズアップされる。作曲者このとき31歳。世界のオペラ史もこの日、塗り変えられた。
原作はジョージ・クラッブ(1755~1832)の詩集「町(村)」に収められた長編「ピーター・グライムズ」。台本はモンタギュー・スレイターが手がけた。オペラの舞台は1830年頃の架空の漁村だが、イングランド東海岸、サフォーク州のオールドバラと思われる。
平和主義者で同性愛者でもあったブリテンは、人々や社会から疎外されたピーター・グライムズに自己を投影し、盟友のテノール歌手ピーター・ピアーズの演唱を前提に、プロローグと3幕から成るオペラを書く。公私ともにブリテンのパートナーだったピアーズは創作の過程に深く関与した。
内に外に烈しい「4つの海の間奏曲」はコンサート用に創られた組曲でストーリー順でも何でもないが、濃密な心理描写も胸をうつ逸品「ピーター・グライムズ」の主幹をなす。

第1曲「夜明け」 プロローグから第1幕への間奏曲
第2曲「日曜の朝」 第1幕から第2幕への間奏曲
第3曲「月の光」 第2幕から第3幕への間奏曲
第4曲「嵐」 第1幕1場から2場への間奏曲
ムソルグスキー(1839~1881)交響詩「禿山の一夜」(原典版)
作曲 1867年6月完成
公式初演 1972年ロンドン、デイヴィッド・ロイド・ジョーンズ指揮

夏至の夜、聖ヨハネ祭の魔女伝説に基づく、おなじみの交響詩「禿山の一夜」だが、始まってすぐに気づく。
いつもと違う。荒々しく、おどろおどろしい。原色的なハーモニー、リズムが舞う。換言すれば野趣に満ちている。
これまで耳にすることが多かったのは、オーケストレーション(管弦楽法)の匠リムスキー=コルサコフが、ムソルグスキー没後5年の1886年に発表した編曲版。今回はムソルグスキーの原典版で、細かなことを言えばタイトルも交響詩「聖ヨハネ祭の禿山の一夜」だ。
原典版は1867年6月に完成したものの、盟友の作曲家たち──キュイ、バラキレフらロシア五人組──から酷評され、陽の目を観なかった。それでムソルグスキーは「聖ヨハネ祭の禿山の一夜」のオペラ・バレエ化またはオペラへの転用、挿入を試みる。その過程で次の構成が決まった。
──地下に、こだまする不気味な声。闇(やみ)の精が現れ、黒ミサが執(と)り行われ、魔女たちの宴(うたげ)が始まる。教会の鐘が響き、闇の精たちは消え去る。夜明け──。
印象的なコーダ(終結部)をもつリムスキー=コルサコフ編曲版もこのオペラティックな構成に基づく。
しかし今回の演奏では、平穏な夜明けを告げる教会の鐘は鳴らない。魔女たちの夜宴=サバト/シャバシは終わらず、喧騒のままエンディングを迎える。しかしその終わり方は、思いのほか、あっけない。
大胆といえば大胆。構成も管弦楽法も自由奔放だが、そのグロテスクな感触こそが、孤高の存在感を誇るモデスト・ムソルグスキーの音楽なのだ。
 かつてはテンシュテット、アバド、今はカンブルラン、サロネン、パーヴォ・ヤルヴィ、ジョナサン・ノット、高関健、下野竜也、そしてマキシム・パスカルらが原典版をこよなく愛している。
デュティユー(1916~2013)交響曲第1番
作曲 1949年~1951年
初演 1951年6月パリ、シャンゼリゼ劇場
  ロジェ・デゾルミエール指揮フランス国立放送管弦楽団(現在のフランス国立管弦楽団)

コントラバスとチェロのピッツィカートに導かれ、クラリネット、ハープ、ヴァイオリン、ヴィオラが神秘的な調べを紡ぎ始める。第1楽章は低弦の反復も印象的なパッサカリア、変奏曲だが、規則性を超えた筆致がもたらす、摩訶不思議な詩情、空間美、透明性も身上だ。

アンリ・デュティユー。1916年、フランス西部メーヌ河畔の古都アンジェの芸術一家に生まれ、パリ音楽院でジャン&ノエル・ガロン(ギャロン)兄弟、ゴーベール、ビュセール、モーリス・エマニュエルに学ぶ。晩年のラヴェル、さらにミヨー、オネゲル、プーランクらの活動も目の当たりにした。
しかしデュティユーは、諸先輩の流儀──フランス6人組、およびジョリヴェやメシアンもメンバーだった若きフランス──とは距離を置く。
1938年、カンタータ「王の指環」により、伝統と格式を誇るローマ大賞を受賞しパリ音楽院を修了。イタリアに留学するも第2次世界大戦が勃発し、数か月で帰国を余儀なくされる。
 1940年代以降はパリ・オペラ座の臨時合唱監督を経て、ラジオ・フランス(国営放送局)の音楽制作部長を長く勤めながら創作を行なった。
そして1951年に自主的に完成させた交響曲第1番、米クーセヴィツキー財団の委嘱による1959年の交響曲第2番「ル・ドゥブル」(ミュンシュ指揮ボストン響が初演)で国際的な名声を築く。
1960年代以降はパリ・エコール・ノルマル音楽院教授、パリ音楽院教授を歴任。1994年高松宮殿下記念世界文化賞を受賞、1997年には東京オペラシティ文化財団主催の武満徹作曲賞の審査員も務めた。
ロストロポーヴィチ、アイザック・スターン、小澤征爾、デュトワ、ルネ・フレミング、チョン・ミョンフン、サイモン・ラトル、パーヴォ・ヤルヴィ、ジョナサン・ノット、ムターとのコラボレーションでも知られる。

10年前に97歳の長寿を全うした近・現代フランス作曲界の匠アンリ・デュティユーが、30代のときに完成させた交響曲第1番を聴く。オーケストラはおおむね3管編成で、多彩な打楽器のほか、チェレスタ、ピアノ、ハープも活躍。フランスのアカデミズムにも第2次大戦後のヨーロッパ楽界を席巻した前衛にも与しなかった孤高の音職人デュティユーの名を世界に広めた作品で、オーケストラが終始鮮やかに、表情豊かに響く。

全4楽章、音響のコントラストは鮮やかで、バロックや古典音楽に通じる感性、技も際立つ。パッサカリア(変奏)の手法と管弦楽の生成がキーワードとなる第1楽章。オーケストラがまさに疾走する第2楽章。流動する哀歌と評したくなる第3楽章。静寂を打ち破る烈しい楽想で始まり、それが叙情美をまといながら壮大に展開し、弦楽5部の祈りで閉じられる第4楽章から成る。
管弦打楽器の超絶技巧、見せ場、魅せ場が続く。近現代の響きと相愛で、オペラとシンフォニーの両輪で躍進中のマキシム・パスカル。勝負曲を携え、さあ仙台フィル定期に登場だ。

第1楽章 パッサカリア、アンダンテ
第2楽章 スケルツォ・モルト・ヴィヴァーチェ
第3楽章 間奏曲、レント
第4楽章 変奏曲付きのフィナーレ、ラルガメンテ
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