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プログラムノート(第357回定期演奏会)
2022-09-09
カテゴリ:読み物
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奥田 佳道(音楽評論家)
ストラヴィンスキー (1882~1971)
室内オーケストラのための協奏曲 変ホ調「ダンバートン・オークス」


作曲 1937年~1938年
初演 1938年5月ワシントンD.C.ジョージタウン、ダンバートン・オークス邸音楽室
   ナディア・ブーランジェ指揮
公開初演 1938年6月パリ、ストラヴィンスキー指揮

15名の楽士による精妙洒脱なディヴェルティメントで、フーガの技法もユーモアのセンスも素晴らしい。
18世紀前半に流行ったコンチェルト・グロッソ(合奏協奏曲)のスタイルおよびバッハのブランデンブルク協奏曲第3番への憧れをベースとしつつ、小編成の管弦楽法を極めた匠ストラヴィンスキーがここにいる。
拍子の頻繁な交替も楽しい「ダンバートン・オークス」は1937年、ワシントンD.C.ジョージタウンに住む富豪ロバート・ウッズ・ブリム&ミルドレッド・バーンズ・ブリム夫妻の求めに応じて作曲。夫妻の邸宅「ダンバートン・オークス」の音楽堂で初演された。
ロバート・ウッズ・ブリムは元外交官で、夫妻は芸術および学術振興に尽くすパトロンとして知られていた。ストラヴィンスキーは1937年、新古典主義的な自作バレエ「カード・ゲーム(カルタ遊び)」初演のためにニューヨークを訪問した際、ブリム夫妻から結婚30年を寿ぐ祝典音楽を依頼されたのだ。なお同夫妻は1940年、「ダンバードン・オークス」邸と庭園をハーバード大学に寄贈している。
フルート、クラリネット、ファゴット各1、ホルン2、ヴァイオリン、ヴィオラ各3、チェロ、コントラバス各2の交歓が身上。小気味いいソロに喝采を。

第1楽章 テンポ・ジュスト(正確なテンポで)
第2楽章 アレグレット
第3楽章 コン・モート(動きをもって)
シューベルト(1797~1828)交響曲第5番 変ロ長調 D485
作曲 1816年9~10月
公式初演 1841年10月ウィーン、ヨーゼフシュタット劇場

ここであふれんばかりの歌を紡いだフランツ・ペーター・シューベルトの佳品とは喜ばしい選曲だ。ト短調で書かれた第3楽章をはじめ、モーツァルトの交響曲第40番ト短調K.550をどこかで意識した響きも舞う。
いっぽう大胆な転調やゲネラルパウゼ(たっぷりとした、ま)も魅力となる。ウィーンきっての旋律作家シューベルトは、フレーズの執拗な繰り返しを芸術に昇華させた孤高のシンフォニストと言える。

シューベルトは1813年、16歳の年までシュタット・コンヴィクトと呼ばれた寄宿制王立神学校で過ごし、学内オーケストラでヴィオラを弾くとともにボーイソプラノとして聖歌隊で活躍した。
ちなみにシューベルトが声変わりをし、神学校/寮を離れた1813年の暮れに、すぐ近くのウィーン大学旧講堂でベートーヴェンの交響曲第7番と「ウェリントンの勝利(通称:戦争交響曲)」が公開初演されている。思春期のシューベルトは40歳台前半のベートーヴェンを仰ぎ見ていたのだ。

徐々にではあったが、友人たちを介しシューベルトの活動は広がりを見せてゆく。創作や初演に手を差し伸べる富裕層や演奏家も出てきた。
そのひとりがアン・デア・ウィーン劇場や宮廷ブルク劇場で演奏してきたプロ楽士オットー・ハトヴィヒ(1766~1834)で、交響曲第5番変ロ長調は──シューベルトの他の初期交響曲同様──ハトヴィヒと彼のオーケストラのために書かれ、初演された可能性が高い。ハトヴィヒはモーツァルトと親しく、1791年暮れにはモーツァルトの葬列に参加したことも分かっている。
なお文献によれば、シューベルトの作品を演奏したであろうハトヴィヒ邸のオーケストラは総勢32名。第1ヴァイオリン7、第2ヴァイオリン6、ヴィオラ3、チェロ2、コントラバス2だが、私的なサークル・オーケストラゆえ、公式な演奏記録が残っていない。

1816年秋、シューベルトが19歳のときに創られた交響曲第5番は、完成から25年後、彼が亡くなってから13年後の1841年10月に、ウィーンのヨーゼフシュタット劇場で演奏された。これが公式初演となる。

第1楽章:アレグロ 2分の2拍子 変ロ長調
第2楽章:アンダンテ・コン・モト 8分の6拍子 変ホ長調
第3楽章:メヌエット、アレグロ・モルト~トリオ 4分の3拍子 ト短調~ト長調
第4楽章:アレグロ・ヴィヴァーチェ 4分の2拍子 変ロ長調
ストラヴィンスキー(1882~1971)バレエ音楽「ペトルーシュカ」(1947年版)
作曲 1910年~1911年
初演 1911年6月パリ、シャトレ座、ピエール・モントゥー指揮

斬新な芸術が咲き乱れた20世紀初頭のパリで初演されたバレエ音楽を聴く。「ペトルーシュカ」とは人形の名前。大帝由来のロシアの男性名ピョートルの愛称だ。
魔法を操る人形遣(つか)いが笛を吹き、この人形に命が吹き込まれ、さあピアノも大活躍するバレエ音楽「ペトルーシュカ」が始まる。

1909年冬、サンクト・ペテルブルク、マリインスキー劇場管弦楽団の公演でストラヴィンスキー若き日の肖像とも言うべき「幻想的スケルツォ」作品3が初演された。
タクトを執ったのはロシア音楽界の偉人アレクサンドル・ジロティ(1863~1945)。多くのロシア人作曲家と交友、ピアニストとしても鳴らしたジロティはストラヴィンスキーの才能を早くから認めていた。 そしてもう一人、ストラヴィンスキーの人生を変える男が現れる。伝説の興行師セルゲイ・ディアギレフ(1872~1929)だ。
敏腕プロデューサーだったディアギレフはパリでムソルグスキーのオペラ「ボリス・ゴドゥノフ」を上演した後、バレエ・リュス=ロシア・バレエ団を立ち上げ、舞台総合芸術としての新たなバレエ創造に邁進していた。
そんなディアギレフが、ストラヴィンスキーの鮮烈な調べと編曲の技、センスに魅了され、新作を依頼する。
1910年にロシアの民話に基づくバレエ「火の鳥」が創られ、翌年「ペトルーシュカ」が完成。1913年には異教徒の踊りや神秘的な儀式性も鍵を握る「春の祭典」がセンセーションを巻き起こす。

バレエ音楽「ペトルーシュカ」は、当初ピアノのソロが活躍するオーケストラ曲として構想された。しかしストラヴィンスキーのピアノ演奏で第1場の「ロシアの踊り」と第2場「ペトルーシュカの部屋」を聴いたディアギレフは、そこに「舞台」を見いだし、ストラヴィンスキーに操り人形の悩みをテーマとしたバレエ音楽にしてはどうかと提案する。
全4場から成る「ペトルーシュカ」が見えてきた。

ストラヴィンスキーは舞台美術家で劇の台本にも通じたアレクサンドル・ベノワの協力を仰ぎながら「ペトルーシュカ」を完成させる。ちなみに創作に手を差し伸べた劇場人ベノワ、実は人形劇の大ファンだった。

舞台設定は1830年頃。ロシアの冬の大祭マースレニツァ=謝肉祭で賑わう帝政ロシア時代のペテルブルク。その海軍広場、謝肉祭の市場。
喧騒の中、ダンサーを伴った二人の大道芸の音楽家が現れ、手回しオルガンやオルゴールを鳴らしながら、なにやら競い合っている。
とその時、見世物小屋の太鼓が雷鳴のように連打され、魔法を操る妖しい人形遣いが登場。彼が笛を吹くと、ペトルーシュカ、バレリーナ、ムーア人の3つの人形に命が宿り、陽気なダンスを踊り始める。これが第1場。場面転換の役割を果たす太鼓の連打。
第2場はペトルーシュカの部屋。道化役でもあるペトルーシュカはバレリーナに想いを寄せるも相手にされず、絶望の叫び声を上げる。
第3場はムーア人の部屋。小太鼓に導かれ、ラッパを手にしたバレリーナが登場。彼女はムーア人の気をひこうと、思わせぶりなワルツを踊る。ウィンナ・ワルツの始祖ヨーゼフ・ランナー(1801~1843)の「シュタイル風舞曲/シュタイヤー舞曲」の引用だ。
このバレリーナとムーア人のワルツを経て、太鼓の連打とともに第4場へ。舞台は第1場と同じ謝肉祭の市場。夕暮れ時。
広場、市場では乳母、熊と農民、馬車の御者(ぎょしゃ)、馬の世話をする馬丁(ばてい)が踊っている。有名なロシア民謡「ピーテル街道に沿って」も響く。
賑やかな踊りが中断。見世物小屋からペトルーシュカが飛び出してくる。
彼を追いかけてきたムーア人はバレリーナの静止を振り切り、刀を振り下ろし、道化のペトルーシュカを殺害してしまう。驚く人々。人形遣いは、これは人形ですよと言って事なきを得ようとするも、夜のとばりのなかでペトルーシュカの亡霊を見てしまい、恐怖におののく。ペトルーシュカの仕返しだった。摩訶不思議な静寂とともに幕。

バレエ「ペトルーシュカ」は1911年6月、パリのシャトレ座で、ピエール・モントゥーの指揮で初演された。振付ミハイル・フォーキン、美術アレクサンドル・ベノワ、人形遣い役エンリコ・チェケッティ、ペトルーシュカ役ヴァーツラフ・ニジンスキー、バレリーナ役タマーラ・カルサヴィナ。歴史的な芸術家が一同に会した舞台だった。

初演から35年後の1946年、アメリカの市民権を得ていたストラヴィンスキーは「ペトルーシュカ」をオーケストラのメインレパートリーとすべく改訂に着手する、
管楽器概ね4本ずつの4管編成だったバレエ音楽は3管編成のオーケストラ曲となった。しかし単なるダウンサイジングが施された訳ではない。管弦打楽器が効果的に鳴るオーケストラ曲が誕生したのだ。このスコアが1947年に出版され、1947年版または1947年改訂版として知られるようになる。いっぽうオリジナルの1911年版を愛する向きも多い。

第1場 謝肉祭の市場、人形遣い、ロシアの踊り
第2場 ペトルーシュカの部屋
第3場 ムーア人の部屋、バレリーナの踊り、ワルツ~バレリーナとムーア人
第4場 謝肉祭の市場(夕方)、乳母たちの踊り、熊をつれた農民の踊り、行商人と2人のジプシーの踊り、御者と馬丁たちの踊り、仮装した人々、乱闘~ムーア人とペトルーシュカ、ペトルーシュカの死、警察と人形遣い、ペトルーシュカの亡霊
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