第393回 定期演奏会 プログラムノート
奥田 佳道(音楽評論家)
チャイコフスキー(1840~1893)
イタリア奇想曲 作品84
作 曲 1880年5月(完成)
初 演 1880年12月18日モスクワ、ニコライ・ルビンシテイン指揮ロシア音楽協会
趣あるファンファーレが聴こえてくる。何らかの運命を示唆するかのような3連符、郷愁を誘う民謡風の調べも舞う。
トランペットとコルネットを交えた冒頭のファンファーレは、チャイコフスキーがローマのホテル・コスタンティ滞在中に耳にした胸甲(きょうこう)騎兵連隊の吹奏から霊感を授かって書かれたようである。
19世紀ロシアやアルプスの北に住む中欧の芸術家にとって、南欧イタリアは、あらゆる意味で憧れの地だった。多くの作曲家、歴史的な演奏家がイタリアの豊かな風土や歴史に魅了され、それぞれの流儀で佳品を紡いだ。
チャイコフスキーとイタリアの相思相愛ぶりを示す「イタリア奇想曲」Capriccio Italien(italiano)が秋のシーズンの開幕を寿ぐ。
曲は、内に外に烈しい、あの交響曲第4番(1877年作曲、1878年2月初演)に続く形で創られた。滞在先のローマ、それにスイスの風光明媚な保養地でスケッチが書かれ、1880年の夏頃にモスクワ、または妹アレクサンドラの嫁ぎ先でチャイコフスキーにとって第2の故郷でもあったウクライナのカミヤンカ(カメンカ)で脱稿したようである。
希代のメロディメーカー(旋律作家)らしく、また劇的な情趣を愛でた鬼才らしく、楽想は多彩にして芳醇。変奏を交えた筆致も凝っており、しかもスラヴ的な憂いにも事欠かない、となれば人気が出るのも当然で、チャイコフスキーの名刺曲のひとつとなった。吹奏楽好きにもおなじみだ。
しかし面白いことに、CDや配信は別として、オーケストラの公演では存外お目にかからない作品でもある。
五線譜に#記号3つのイ長調を基調に、音楽は切れ目なく続く次の5部から成る。カーニバルの喧騒、イタリア古謡や興奮を誘う南イタリア起源のタランテラ舞曲が効果的に用いられ、管弦打楽器すべてに見せ場、魅せ場がある。
第1部 アンダンテ・ウン・ポーコ・ルバート
第2部 アレグロ・モデラート
第3部 プレスト(タランテラ舞曲)
第4部 アレグロ・モデラート
第5部 プレスト~ピウ・プレスト~プレスティッシモ(タランテラ舞曲)
トランペットとコルネットを交えた冒頭のファンファーレは、チャイコフスキーがローマのホテル・コスタンティ滞在中に耳にした胸甲(きょうこう)騎兵連隊の吹奏から霊感を授かって書かれたようである。
19世紀ロシアやアルプスの北に住む中欧の芸術家にとって、南欧イタリアは、あらゆる意味で憧れの地だった。多くの作曲家、歴史的な演奏家がイタリアの豊かな風土や歴史に魅了され、それぞれの流儀で佳品を紡いだ。
チャイコフスキーとイタリアの相思相愛ぶりを示す「イタリア奇想曲」Capriccio Italien(italiano)が秋のシーズンの開幕を寿ぐ。
曲は、内に外に烈しい、あの交響曲第4番(1877年作曲、1878年2月初演)に続く形で創られた。滞在先のローマ、それにスイスの風光明媚な保養地でスケッチが書かれ、1880年の夏頃にモスクワ、または妹アレクサンドラの嫁ぎ先でチャイコフスキーにとって第2の故郷でもあったウクライナのカミヤンカ(カメンカ)で脱稿したようである。
希代のメロディメーカー(旋律作家)らしく、また劇的な情趣を愛でた鬼才らしく、楽想は多彩にして芳醇。変奏を交えた筆致も凝っており、しかもスラヴ的な憂いにも事欠かない、となれば人気が出るのも当然で、チャイコフスキーの名刺曲のひとつとなった。吹奏楽好きにもおなじみだ。
しかし面白いことに、CDや配信は別として、オーケストラの公演では存外お目にかからない作品でもある。
五線譜に#記号3つのイ長調を基調に、音楽は切れ目なく続く次の5部から成る。カーニバルの喧騒、イタリア古謡や興奮を誘う南イタリア起源のタランテラ舞曲が効果的に用いられ、管弦打楽器すべてに見せ場、魅せ場がある。
第1部 アンダンテ・ウン・ポーコ・ルバート
第2部 アレグロ・モデラート
第3部 プレスト(タランテラ舞曲)
第4部 アレグロ・モデラート
第5部 プレスト~ピウ・プレスト~プレスティッシモ(タランテラ舞曲)
レスピーギ(1879~1936)
交響詩「ローマの噴水」
作 曲 1916年
初 演 1917年3月11日ローマ、テアトロ・アウグステオ(アウグスト劇場)、アントニオ・グァルニエリ指揮
精妙に揺らめく色彩。音による絵画で、感情の移ろいや幻想性も鍵を握る。
1910年代から1920年代にかけて、オペラの国イタリアにあって、オットリーノ・レスピーギほど母国の歴史、宗教、美術、音楽に想いを寄せながらオーケストラ音楽、器楽曲を創った作曲家はいない。
レスピーギは、イタリアにワーグナーを広めた音楽家ジュゼッペ・マルトゥッチに学び、ヴァイオリン、ヴィオラ奏者として活躍。演奏先のロシアではリムスキー=コルサコフから教えを受けている。
ローマのサンタ・チェチーリア国立音楽アカデミー音楽院の教授として古き良き時代の音楽を研究し、自国のルネッサンス、バロック音楽やロッシーニ作品の校訂や再構成に尽力。バッハからラフマニノフ作品に至る編曲でも名高い。舞曲や民謡、長調でも短調でもない古代教会旋法、あるいはキリスト教典礼音楽の様式を巧みに採り入れた筆致もお任せあれ。今回は演奏されないが、キレゾッティという音楽学者が編んだリュート譜に基づく「リュートのための古風な舞曲とアリア」第3組曲も愛されている。
鮮やかなオーケストレーション(管弦楽法)を駆使したレスピーギの逸品と言えば、愛するローマに想いを寄せた通称<ローマ三部作>だ。彼の芸術的な信条「イタリアに器楽の時代を。交響楽の復興を」を具現化した管弦楽曲である。
ただし3曲は別々に創られた。「噴水」は1916年に作曲。翌年3月にローマで初演された後、1918年2月にアルトゥーロ・トスカニーニがミラノで指揮したことで不動の人気を得た。
第1曲「夜明けのジュリアの谷の噴水」
ヴァイオリンが凛とした空気感を奏でる。牧歌的な楽想は木管に任された。牛の群れが通り過ぎ、夜明けの彼方へと消えゆく。
ジュリアの谷(ジュリア渓谷)は、ローマ有数のイギリス式庭園ボルケーゼ公園とローマ市北部パリオリの丘のあいだに位置する小さな谷。文教地区としても知られる。
第2曲「朝のトリトンの噴水」
バルベリーニ広場にあるトリトン像の噴水。バロック様式の噴水だ。朝、ホルンの響きを合図に水しぶきと戯れる海神ネプチューンの息子トリトンと淡水の女神ナイアデス(ナイアード)。曲は弱音のトランペットによる下降音型で静かに閉じられる。
第3曲「真昼のトレヴィの噴水」
知らぬ者のいないトレヴィの泉。トリトンの父親ネプチューンの彫像を描いた音楽である。馬車に乗り、神々を従えて勝利の凱旋式に臨むネプチューン。
第4曲「たそがれのメディチ荘の噴水」
抒情的で哀しい楽想が舞う。丘の上から一望できるのは夕暮れ時のローマ。あたりは、教会の鐘の音や小鳥のさえずり、木の葉の葉ずれの音で満たされる。穏やかに夜の静寂へ。古都ローマの一日が終わる。
1910年代から1920年代にかけて、オペラの国イタリアにあって、オットリーノ・レスピーギほど母国の歴史、宗教、美術、音楽に想いを寄せながらオーケストラ音楽、器楽曲を創った作曲家はいない。
レスピーギは、イタリアにワーグナーを広めた音楽家ジュゼッペ・マルトゥッチに学び、ヴァイオリン、ヴィオラ奏者として活躍。演奏先のロシアではリムスキー=コルサコフから教えを受けている。
ローマのサンタ・チェチーリア国立音楽アカデミー音楽院の教授として古き良き時代の音楽を研究し、自国のルネッサンス、バロック音楽やロッシーニ作品の校訂や再構成に尽力。バッハからラフマニノフ作品に至る編曲でも名高い。舞曲や民謡、長調でも短調でもない古代教会旋法、あるいはキリスト教典礼音楽の様式を巧みに採り入れた筆致もお任せあれ。今回は演奏されないが、キレゾッティという音楽学者が編んだリュート譜に基づく「リュートのための古風な舞曲とアリア」第3組曲も愛されている。
鮮やかなオーケストレーション(管弦楽法)を駆使したレスピーギの逸品と言えば、愛するローマに想いを寄せた通称<ローマ三部作>だ。彼の芸術的な信条「イタリアに器楽の時代を。交響楽の復興を」を具現化した管弦楽曲である。
ただし3曲は別々に創られた。「噴水」は1916年に作曲。翌年3月にローマで初演された後、1918年2月にアルトゥーロ・トスカニーニがミラノで指揮したことで不動の人気を得た。
第1曲「夜明けのジュリアの谷の噴水」
ヴァイオリンが凛とした空気感を奏でる。牧歌的な楽想は木管に任された。牛の群れが通り過ぎ、夜明けの彼方へと消えゆく。
ジュリアの谷(ジュリア渓谷)は、ローマ有数のイギリス式庭園ボルケーゼ公園とローマ市北部パリオリの丘のあいだに位置する小さな谷。文教地区としても知られる。
第2曲「朝のトリトンの噴水」
バルベリーニ広場にあるトリトン像の噴水。バロック様式の噴水だ。朝、ホルンの響きを合図に水しぶきと戯れる海神ネプチューンの息子トリトンと淡水の女神ナイアデス(ナイアード)。曲は弱音のトランペットによる下降音型で静かに閉じられる。
第3曲「真昼のトレヴィの噴水」
知らぬ者のいないトレヴィの泉。トリトンの父親ネプチューンの彫像を描いた音楽である。馬車に乗り、神々を従えて勝利の凱旋式に臨むネプチューン。
第4曲「たそがれのメディチ荘の噴水」
抒情的で哀しい楽想が舞う。丘の上から一望できるのは夕暮れ時のローマ。あたりは、教会の鐘の音や小鳥のさえずり、木の葉の葉ずれの音で満たされる。穏やかに夜の静寂へ。古都ローマの一日が終わる。
レスピーギ(1879~1936)
交響詩「ローマの祭り」
作 曲 1928年
初 演 1929年2月21日ニューヨーク、カーネギーホール アルトゥーロ・トスカニーニ指揮ニューヨーク・フィルハーモニック
三部作を締めくくる作品。古都ボローニャ、ローマを拠点としたレスピーギは、この「祭り」と今日のプログラム最後に演奏される「松」で、ブッキーナという古代仕様の──つまり彼の時代には存在しない──金管楽器を複数指定した。ブッキーナのパートはトランペットなどで演奏される。
第1曲「チルチェンセス(娯楽、見世物、サーカス)」
野外の円形大劇場の上には、あたりを威圧するかのような空が広がる。皇帝万歳。今日はアヴェ・ネローネ(皇帝ネロ万歳!)という市民の祝日だ。鉄の扉が開き、聖歌が、野獣の雄叫びが聴こえる。
群衆は興奮するも、殉教者たちの歌が広がり、喧噪の中に消えてゆく。
第2曲「五十年祭(大赦が与えられる聖年)」
50年毎に実施される聖なる祭り。巡礼者たちが祈りを捧げながら街道を歩く。彼らはついにモンテ・マリオの丘の頂上に達した。渇望した永遠の都(聖なる都)が映し出される。ローマだ! ローマだ! 歓喜の声が沸き起こる。教会の鐘もそれに応え、鳴り響く。
第3曲 「十月祭」
ぶどうの蔓(つる)で覆われたカステッリ・ロマーニでの十月祭。収穫祭だ。カステッリ・ロマーニはローマの南25キロの皇帝ゆかりの街で、ワインの産地としても名高い。狩りの角笛がこだまし、鐘の音、愛の歌も聴こえる。夕暮れに、マンドリンによるロマンティックなセレナードが流れる。
第4曲「主顕祭(1月6日)」
ナヴォーナ広場での主顕祭の前夜。主顕祭は、東方の三博士・賢人が幼子キリストを訪ね、祈りを捧げた日を祝う祭り。
特徴あるトランペットが狂乱、喧噪を支配する。田舎風の歌、南欧舞曲サルタレッロのカデンツァ、手回しオルガンの音、物売り・客引きの声、酔っぱらいの罵声がとどろく。「道を開けろ、ローマ人さまのお通りだ!」──救世主の降誕を祝う、賑やかな祭りの風景。
レスピーギ(1879~1936)
交響詩「ローマの松」
作 曲 1924年
初 演 1924年12月14日ローマ、テアトロ・アウグステオ(アウグスト劇場)、ベルナルディーノ・モリナーリ指揮
巧緻かつ劇的なタッチで「描かれた」音絵巻で、摩訶不思議な浮遊感を創る教会旋法やグレゴリオ聖歌の筆致も織り込まれた。ノスタルジーや幻想性もキーワードとなり得る。ピアノやチェレスタ、ハープが醸す妖しく神秘的な味わいも素晴らしい。
音楽史をひも解けば、やはりトスカニーニの愛奏曲だった。レスピーギ自身も米フィラデルフィア管弦楽団でタクトを執っている。
第1曲「ボルゲーゼ荘の松」
貴族の邸宅ボルゲーゼ荘が建っていた公園。松の木立の間で、子どもたちが無邪気にも戦争ごっこをしている。おもちゃのラッパが鳴れば、機関銃を真似したガラガラの音も響く。
子どもたちの駆け回る様を映すためか、低音の要コントラバス、それに荘重な音色を得意とするトロンボーンはここではお休みだ。
第2曲「カタコンブ付近の松」
地下墓地カタコンブの入り口付近にある松。その木陰から亡霊たちの歌声が聴こえてくる。嘆きの聖歌は厳かな讃歌のよう。天上から響くのは、グレゴリオ聖歌を吹くトランペット。オルガンが加わる。亡霊たちの合唱もそれに呼応する。
第3曲「ジャニコロの松」
そよ風が大気を満たす。満月のもと、ローマの街並みを一望出来る丘の上に立つジャニコロの松が、くっきりと浮かび上がる。
月光が降り注ぐ夜明け前。ピアノに導かれ、クラリネットが哀愁を帯びた調べを奏でる。詩的に歌う弦、木管。ハープ、チェレスタ、オーボエ、チェロのソロも奇蹟の彩りを添える。録音によるナイチンゲール(サヨナキドリ/夜鳴鶯)の鳴き声が聴こえ、やがて静かな朝を迎える。
第4曲「アッピア街道の松」
街道の霧の夜明けに、行進のリズムが続き、新たに昇る輝かしい太陽のもとで、執政官の軍隊が勝ち誇ったカピトーレの丘へと登ってゆく。いにしえの調べは、当然のようにオーボエ属のコーラングレ(イングリッシュホルン)に任された。
ローマと各都市を結ぶアッピア街道に立つ松。街道の向こうから、古代ローマ軍の進軍の足音が近づいてくる。チェロの変則調弦を含めてレスピーギの天才的なオーケストレーションが冴え渡る場面。凱旋だ。古代の軍隊を歓迎する金管楽器のバンダ(別動隊)も響く。圧巻のグランドフィナーレ。
音楽史をひも解けば、やはりトスカニーニの愛奏曲だった。レスピーギ自身も米フィラデルフィア管弦楽団でタクトを執っている。
第1曲「ボルゲーゼ荘の松」
貴族の邸宅ボルゲーゼ荘が建っていた公園。松の木立の間で、子どもたちが無邪気にも戦争ごっこをしている。おもちゃのラッパが鳴れば、機関銃を真似したガラガラの音も響く。
子どもたちの駆け回る様を映すためか、低音の要コントラバス、それに荘重な音色を得意とするトロンボーンはここではお休みだ。
第2曲「カタコンブ付近の松」
地下墓地カタコンブの入り口付近にある松。その木陰から亡霊たちの歌声が聴こえてくる。嘆きの聖歌は厳かな讃歌のよう。天上から響くのは、グレゴリオ聖歌を吹くトランペット。オルガンが加わる。亡霊たちの合唱もそれに呼応する。
第3曲「ジャニコロの松」
そよ風が大気を満たす。満月のもと、ローマの街並みを一望出来る丘の上に立つジャニコロの松が、くっきりと浮かび上がる。
月光が降り注ぐ夜明け前。ピアノに導かれ、クラリネットが哀愁を帯びた調べを奏でる。詩的に歌う弦、木管。ハープ、チェレスタ、オーボエ、チェロのソロも奇蹟の彩りを添える。録音によるナイチンゲール(サヨナキドリ/夜鳴鶯)の鳴き声が聴こえ、やがて静かな朝を迎える。
第4曲「アッピア街道の松」
街道の霧の夜明けに、行進のリズムが続き、新たに昇る輝かしい太陽のもとで、執政官の軍隊が勝ち誇ったカピトーレの丘へと登ってゆく。いにしえの調べは、当然のようにオーボエ属のコーラングレ(イングリッシュホルン)に任された。
ローマと各都市を結ぶアッピア街道に立つ松。街道の向こうから、古代ローマ軍の進軍の足音が近づいてくる。チェロの変則調弦を含めてレスピーギの天才的なオーケストレーションが冴え渡る場面。凱旋だ。古代の軍隊を歓迎する金管楽器のバンダ(別動隊)も響く。圧巻のグランドフィナーレ。
