仙台フィルと愉しむ「オーケストラ・ザンマイ!Vol.5」~弦の響き~
プログラムノート
ご案内 山野 雄大(音楽評論家)
読書三昧、美食三昧‥‥と素敵なことに没頭する愉しみもさまざまありますけれど、オーケストラの魅力に没頭していただく本シリーズ、今回は「弦の響き」をテーマにお届けいたします。
弦楽器といえば、オーケストラでは舞台の前のほうに並ぶことの多い一群──高音も輝くヴァイオリンや、少し大きくて響きも深いヴィオラ、前に抱えて弾くチェロ、ほとんど立って弾くコントラバス‥‥といった仲間がすぐに思い浮かびます。これらが集まった〈弦楽合奏〉の作品を今回はお愉しみいただくわけですが(したがって、木管楽器や金管楽器、打楽器はお休みです!)、弦楽しかいないからこその響きの統一感ですとか、それゆえの深み、あるいは軽やかな飛翔感、斬れ味も見事な機動力‥‥も存分に味わえるわけです。弦楽器三昧、ご堪能を!
ヴィヴァルディ
ヴァイオリン協奏曲『四季』より
イタリアの作曲家アントニオ・ヴィヴァルディ(1678~1741)は、とにかく作品の多いひとで、協奏曲だけで600を超えるというから驚き。生き生きと鮮やかで親しみやすいその協奏曲の数々は、ひとの心をすっと掴んでしまう魅力に富んでいて大人気、その代表作が『四季』です。
これは、《和声と創意の試み》作品8というヴァイオリン協奏曲集から、第1~4曲にあたる作品が春・夏・秋・冬と4つの季節を描いています。それぞれの季節にもとづいたソネット[十四行詩]がつけられて、各楽章は、なるほどその詩の内容と対応した音楽になっているのがユニーク。今回はこの『四季』から、ダイジェストで3つの楽章をお届けいたします。
まずは「春」の第1楽章。ソネットの大意は「春がきた。小鳥は喜びさえずっている。小川のせせらぎ、優しい風。黒雲が空を覆い、春を告げる雷。嵐が去って、小鳥が歌う」。なるほど雷の轟音を弦楽合奏がごうごうと表現したり、そのまんまなんですね。
続いて「春」の第2楽章。花の咲く草原で羊飼いは眠り、忠実な猟犬がそばに‥‥といった光景がのんびり奏されるのですが、ヴィオラが犬の声を表現しているのが聴こえますでしょうか?
最後は、「夏」の第3楽章です。これは夏の嵐!雷がとどろき、雹が降って穀物の実りをいためつけ‥‥と自然の猛威(と、人間の感情)を合奏+ヴァイオリン独奏が表現してゆきます。
バロック音楽では〈通奏低音〉といって、和音の出せる鍵盤楽器が低音を支えて、それにチェロなどの低音楽器が加わる習慣がありました。チェンバロは、鍵盤をおすと内部で弦がはじかれて音を出す楽器(撥弦鍵盤楽器)なので、広い意味では今回のテーマ「弦の響き」にもちろん含まれるわけです!
池辺晋一郎
「ザ・ビートルズ・オン・バロック」より
20世紀を代表する音楽グループといえば、その長く揺るがぬ人気と影響力を考えても、ロックバンド〈ザ・ビートルズ〉(1960~70年活動)ではないでしょうか。ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターの4人が世におくった名曲の数々が、どれほどの人に愛され、その人生を変えてきたことか。
ザ・ビートルズの名曲を、なんとクラシック音楽のスタイル‥‥しかもヴィヴァルディなども含むバロック音楽のかたちと融合させた『ザ・ビートルズ・オン・バロック』というアルバムがあります。1978年の発売から大人気を博し、長らく愛されているのですが、この編曲を担当したのが、作曲家の池辺晋一郎(1943~)。かつて、長らくテレビ『N響アワー』の司会者として(その連発される駄洒落と共に)人気を博したほか、『独眼竜政宗』『八代将軍吉宗』『元禄繚乱』などのNHK大河ドラマをはじめとするテレビ音楽、数々の映画音楽、劇音楽‥‥。そればかりか、多数のオペラ、膨大な数の合唱作品、11もの交響曲、数々のオーケストラ作品や室内楽と、旺盛な創作力で現代音楽界に刺激を与え続けて来ました。
そんな池辺さんが若き日に手がけた編曲《ザ・ビートルズ・オン・バロック》から、今回は4曲お届けいたします。駄洒落好きの作曲家ならではの発想といいますか、ザ・ビートルズの原曲にバロック音楽の作曲家たちを重ねあわせてしまうという(それで「オン・バロック」なのです)才気煥発ぶり!
《レット・イット・ビー》は、バロック音楽の作曲家ヨハン・パッヘルベル(1653~1706)の有名な〈カノン〉という曲の響きをベースにつくられています。《チケット・トゥ・ライド》は、今回お聴きいただく、ヴィヴァルディの『四季』から「夏」第3楽章との融合。《ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード》は、同じく『四季』より「春」の第2楽章、そして(今回はお聴きいただけませんが)「冬」の第1・2楽章もちらりと顔を出します。そして最後の《イエスタデイ》は、有名な《G線上のアリア》──ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685~1750)の〈管弦楽組曲第3番〉BWV1068の第2曲を、19世紀のヴァイオリン奏者ウィルヘルミが編曲して有名になった作品が重ねられています。
ザ・ビートルズとバロック音楽、どちらの原曲も愛されるかたも(ご存知ないかたも)感嘆の名アレンジ、なにしろバロック音楽のスタイルですから、もちろんここにも通奏低音のチェンバロが加わります!
キラール
Orawa(オラヴァ)
もうひとり、優れた現代作曲家の作品をご紹介しましょう。
ポーランドの作曲家ヴォイチェフ・キラール(1932~2013)は、映画音楽の作曲家としても有名なひとです。同国の巨匠ワイダ監督の『コルチャック先生』をはじめ、コッポラ監督『ドラキュラ』、カンピオン監督『ある貴婦人の肖像』、ポランスキー監督『戦場のピアニスト』など、数々の名作に音楽を書いています。
いっぽうで、コンサート用の作品では先鋭的な音楽技法に民謡調の素材を取り入れたりと、ユニークな作品で広く愛されています。今回お聴きいただく《オラヴァ》(1986年)もそのひとつ。
民俗音楽の熱気溢れる演奏に着想を得て書かれたそうで、そのエネルギーや即興性を、現代的な書法に採り込んだ音楽は、リズムの繰り返しに耳を酔わせて、不思議な催眠にかけてしまうよう。昂揚のうちにどんどんテンポもあがり、リズムも変拍子が組み込まれ‥‥さて最後は?
ちなみに〈オラヴァ〉とは、ポーランド南部からスロヴァキア北部にかけての地域の名前だそうで、氷河や高原など起伏も豊かで風光明媚なタトラ山地の一部にあたります。
ドビュッシー
神聖な舞曲と世俗的な舞曲
弦楽器といえば、ハープもそのひとつ。指ではじいて音を出すその響きは、澄んだ水滴に暖かい陽がさして黄金色に輝くような、はたまた虹から輝きの結晶が舞い散るような‥‥。オーケストラにたいへん美しい色彩を加えてくれる楽器です。
フランスの作曲家クロード・アシル・ドビュッシー(1862~1918)の《神聖な舞曲と世俗的な舞曲》(1904年)は、ハープと弦楽合奏のために書かれた名作。当時、楽器メーカーが新たに開発したハープのために作曲されたそうで、独奏ハープが色彩の変幻も豊かに表現するテクニックを、存分に発揮できるように書かれています。
前半は、ゆったりした〈神聖な舞曲〉、後半はすこしテンポをあげた〈世俗的な舞曲〉。弦楽と歌いかわすその響きの色合いの変化もお愉しみください。
マーラー
アダージェット(交響曲第5番 嬰ハ短調 より)
最後は、弦楽合奏とハープのために書かれた、世にも美しい逸品を‥‥。楽都ウィーンで,当時最高の指揮者として音楽界に君臨したグスタフ・マーラー(1860~1911)は、歌劇場での仕事が夏休みに入ると、避暑地で作曲に没頭するのが習慣でした。美しい湖のほとりで書かれた、想像力のスケールも壮大な交響曲たち‥‥。そのひとつが、交響曲第5番(1902年)です。
教養豊かで作曲の才にも長けていた妻アルマと結婚したばかりの頃に書かれたこの作品は、大編成オーケストラのための全5楽章。ところが、情熱が爆発するようなフィナーレの前に置かれた、第4楽章〈アダージェット〉は、弦楽合奏とハープだけのために書かれた、静かな美しさから感情が込み上げて溢れ響くような音楽でした。一説では、新婚の妻アルマへ寄せた愛の音楽、とも言われておりますが‥‥どうお感じになるでしょうか?
この〈アダージェット〉の楽章だけ独立して演奏されることもしばしばありますし、ルキノ・ヴィスコンティ監督の映画『ベニスに死す』(1971年)に使われて有名にもなりました。
弦楽器のプレイヤーたちが、心あわせて響かせる、色彩豊かで深い(そして、厚いのに透明感のある!)サウンドの魅力‥‥ぜひ、その余韻までお持ち帰りいただけましたら幸いです。





