第390回 定期演奏会 プログラムノート

第390回 定期演奏会 プログラムノート

奥田 佳道(音楽評論家)

エルガー(1857~1934)
ヴァイオリン協奏曲 ロ短調 作品61

作 曲  1910年10月完成
初 演  1910年11月10日ロンドン、クイーンズホールでのロイヤル・フィルハーモニック協会の公演
     フリッツ・クライスラーの独奏、作曲者自身指揮

 オーケストラによる構えの大きな前奏からして魅せる。気高く、彫りの深い調べを愛でたエドワード・エルガーがそこにいるというべきだろうか。
 曲の冒頭およびヴァイオリンのソロ登場の場面に添えられた言葉は、エルガーをエルガーたらしめるイタリア語の音楽用語nobilmenteノビルメンテ、気品をもってである。ノビルメンテのほか、ドルチェ、カンタービレも頻出し、曲のある種の性格を物語る。
 エルガー芸術の精髄を聴く。大作だ。
 ヴァイオリニストを目指し、実際故郷近くウスター地方のスリー・クワイアズ音楽祭のオーケストラなどでヴァイオリンを弾き、またハンガリー系ユダヤ人の名奏者アドルフ・ポリッツァー(1832~1900)からも教えを受けたエルガーにとって、ヴァイオリンは身近な楽器だった。1890年頃から協奏曲も手がけたようだが、出来栄えに満足しなかったのか、楽譜は破棄された。しかしややあってエルガーのヴァイオリンへの愛を蘇らせる音楽家が現れる。
 ウィーン出身のヴァイオリニスト、作曲家フリッツ・クライスラー(1875~1962)である。エルガーのオラトリオ的な大作「ゲロンティアスの夢」作品38に魅了されたクライスラーは1905年、英紙に次のようなコメントを出す。
「現代で最も偉大な作曲家は誰かと尋ねられたら、私は迷うことなくエルガーだと答えます。貴族的でもあるエルガーは、私が崇拝するベートーヴェン、ブラームスと同等の存在です。独創的で壮大。飾らない音楽を書く人です。エルガーにヴァイオリンのための曲を書いて欲しいと願っています」。
 ウィーン風の小品ばかりでなく、新作の初演にも定評があったクライスラーは1909年にこうも述べている。
「エルガーは、私にヴァイオリン協奏曲を書くと約束してくれました。それは愛に導かれた作品となることでしょう」
 
 ロンドンのロイヤル・フィルハーモニック協会からも正式に委嘱され、協奏曲の創作が本格化する。その際、ロンドン交響楽団の若きリーダー(コンサートマスター)、ビリーことウィリアム・ヘンリー・リードから、多くのアドヴァイスを受けている。
 曲はそのロンドン響コンサートマスター、ビリーのヴァイオリンとエルガーのピアノにより私的に演奏された後、1910年11月にクライスラーの独奏、作曲者自身指揮により初演された。
翌日の新聞評曰く
「曲が終わった時、会場は誇りと喜びで狂乱状態となった。作曲家は15分にわたって何度もステージに呼び戻された。この栄光はエルガー個人ばかりでなく、英国にもたらされたのだ…」
 ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲と同じ作品61となるこのコンチェルトを「ベートーヴェン以来の傑作」と讃えたのは、誰あろうクライスラーだが、クライスラーは初演と再演後、どういう訳か、曲と距離を置くようになる。曲に尽くしたのは、イェフディ(ユーディ)メニューインとヤッシャ・ハイフェッツだ。
 
 たしかにエルガーは、このヴァイオリン協奏曲で賞賛を博した。けれども彼の本意、本音は、栄光や成功とは別の次元にあったと見る向きも多い。
 総譜の冒頭にスペイン語で記された言葉「ここに…の魂が祀られている」の…に入るのは誰なのか。分かっていないが、エルガーの創作に寄り添った、いやエルガーが憧憬の念を抱いていた画家令嬢アリス・ステュアート=ワートリー(ウォートレー)と言われている。エルガーは彼女のことを“ウィンドフラワー”と呼び、手紙のなかで「(この協奏曲は)私たちの協奏曲」と記している。第1楽章(の第2主題)に織り込まれた哀感あふれる調べほか、いくつかのモティーフが彼女を表わすとされる。
 いや“ウィンドフラワー”だけでなく、エルガーの人生を彩った女性たちが、妖しくも神秘的な曲の背景を成す、との論考も出てきた。しかし真相は「謎」に包まれている。それでいい。秘めた想いを詮索するほど野暮な態度はない。
 先にこの協奏曲に尽くしたのはメニューイン、ハイフェッツと記した。もうひとり、忘れてはいけないヴァイオリニストがいる。
 1993年にサー・コリン・デイヴィス指揮バイエルン放送交響楽団と録音した竹澤恭子で、竹澤は2008年にも大阪、東京で披露。2022年9月には高関健指揮東京シティ・フィル定期でも奏でている。
 
第1楽章 アレグロ
第2楽章 アンダンテ
第3楽章 アレグロ・モルト オーケストラを伴うカデンツァ部(レント)

ブリテン(1913~1976)
シンフォニア・ダ・レクイエム 作品20

作 曲  1940年4月~6月
初 演  1941年3月29日ニューヨーク、カーネギーホール サー・ジョン・バルビローリ指揮ニューヨーク・フィルハーモニック
日本初演 1956年2月18日放送、作曲者自身指揮NHK交響楽団

 強烈なD(レ)音の連打からして私たちを揺さぶってやまない。D音はしばしば神(Deus)を意識した音とされ、ミサ曲やレクイエムで大切に扱われる音のひとつだが、この曲では死(Death)の象徴と捉える向きもある。曲はニ短調とニ長調を基調とする。
 タイトルに「レクイエム」をもつ大編成のオーケストラ曲を聴く。ベンジャミン・ブリテン初期のいわばランドマーク的な音楽で、葬送から平安への巧緻な構成、転換も胸をうつ。
 1939年、日本政府の外郭団体「紀元二千六百年奉祝會」は、神武天皇即位から2600年となる昭和15年(1940年)を寿ぐ音楽を、ドイツ、イタリア、ハンガリー、フランス、イギリス、アメリカの政府または王国に依頼した。
 結果、リヒャルト・シュトラウス(ドイツ)が「日本の紀元2600年に寄せる祝典曲」、ピツェッティ(イタリア)が「交響曲イ長調/イ調」、ヴェレシュ(ハンガリー)が「交響曲/第1番」、イベール(フランス)が「祝典序曲」、そしてブリテン(イギリス)が「シンフォニア・ダ・レクイエム」を書く。各曲の自筆譜や製版譜は、1940年の5月から7月にかけて日本に到着した。なお<紀元二千六百年奉祝樂曲發表演奏會>(紀元2600年奉祝楽曲発表演奏会)は同年12月に東京と大阪の歌舞伎座で開催されている。
 
 しかしブリテン作品に関しては、日本政府は多額の委嘱作曲料を支払ったものの、結果として受け取りを拒否した。その背景として、かつては曲のタイトルに「レクイエム」が入り、これが祝賀行事にふさわしくないからと解説されたが、事はそう単純ではない。
 1939年秋、盟友のテノール歌手ピーター・ピアーズとニューヨークに滞在していたブリテンは、ブリティッシュ・カウンシルならびにかの地の音楽出版社を通じ、奉祝曲の作曲を打診される。ブリテンは好戦的で愛国主義に基づかない音楽ならば、との条件で受諾。両親の追悼に捧げる音楽として、そして反戦の信念をもった曲として「シンフォニア・ダ・レクエイム」を書く。しかし曲は、1940年暮れに東京、大阪で開催された<紀元2600年奉祝楽曲発表演奏会>では演奏されなかった。音楽による祝賀を期待していた公演主催者は、感傷的な曲想や宗教性を問題視しつつ「私たちの要望に対しブリテン氏に誤解があったか、私たちと作曲者との相互理解が十分ではなかった。よって演奏を保留する」と記している(時の内閣総理大臣近衛文麿名義の英文から抜粋)。ブリテンは自らの宗教観と音楽について返信したものの、事態は変わらなかった。
 
第1楽章 ラクリモサ 涙の日 アンダンテ・ベン・ミズラート
ミズラートは、一定の、規則正しく、の意
 
第2楽章 ディエス・イレ 怒りの日 アレグロ・コン・フォーコ
コン・フォーコは、炎のごとく、の意
 
第3楽章 レクイエム・エテルナム 永遠の安息を与えたまえ アンダンテ・モルト・トランクィロ
トランクィロは、穏やかに、の意

ブリテン(1913~1976)
青少年のための管弦楽入門 作品34 ~パーセルの主題による変奏曲とフーガ

作 曲  1945年12月 BBC(英国放送協会)制作の音楽教育映画<Instruments of the Orchestra~オーケストラの楽器>のために
初 演  1946年10月15日リヴァプール、サー・マルコム・サージェント指揮ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽団
     1946年11月公開の映画での演奏はサージェント指揮ロンドン交響楽団

 教科書的なタイトルをもち、オーケストラ、オーケストレーション(管弦楽法)の見本市のように響くが、実はベンジャミン・ブリテンの傑作のひとつで、演奏時間はともかく、公演のメインディッシュにふさわしい楽曲だ。ブリテンの親友でオペラ「アルバート・ヘリング」「オペラをつくろう」「ビリー・バッド」の台本も手がけたエリック・クロージャ―(1914~1994)によるナレーションも創られたが、ブリテンはナレーションなしでのヴァージョンも作成している。
 別名パーセルの主題による変奏曲とフーガ。17世紀イギリス・バロックの作曲家ヘンリー・パーセル(1659~1695)の劇付随音楽「アブデラザール」のロンドを主題とすることで、ブリテンはイギリス音楽の父とも言えるパーセルに敬意を表したのだった。

テーマ(主題)A トゥッティ(全奏)
主題B  木管楽器
主題C 金管楽器
主題D 弦楽器
主題E 打楽器
主題F 全奏
続いて楽器別ヴァリエーション(変奏)
変奏A フルートとピッコロ、プレスト
変奏B オーボエ、レント
変奏C クラリネット、モデラート
変奏D ファゴット、アレグロ・アラ・マルチア(行進曲風に)
変奏E ヴァイオリン、ブリランテ アラ・ポラッカ(ポロネーズ舞曲風に)
変奏F ヴィオラ
変奏G チェロ
変奏H コントラバス
変奏I ハープ、マエストーソ(荘厳に)
変奏J ホルン
変奏K トランペット、ヴィヴァーチェ
変奏L トロンボーンとチューバ アレグロ・ポンポーソ(華やかに、盛大に)
変奏M ティンパニ~大太鼓とシンバル~タンブリンとトライアングル~小太鼓とウッドブロック(木魚)~シロフォン(木琴)~カスタネットとタムタム(銅鑼)~むち 約2分と全曲で「最大」。
フーガ ブリテン作曲のオリジナル主題をピッコロとフルートが奏で始める。続いてオーボエ……つまり変奏を彩った楽器の順で登場。

 しかしそれで終わらない。金管、打楽器が加わり、音響的にクライマックスを迎えようかという時に、彼方から聴こえてくるのは、何とパーセルの主題だ。
 そう「青少年の管弦楽のための入門」の主題である。最後の最後に、ブリテンのオリジナル主題とパーセルの主題が織り成す二重フーガに突入するのだ。もう誰にも止められないブリテンの才気、覇気、技。素晴らしい。
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