特別演奏会 高関健プロデュース「日本のオーケストラ音楽」展 開催迫る!
《高関健×片山杜秀 プレ講座》 レポート
~ 知らないからって聴かないのはモッタイナイ!~
1月31日(土)15:00開演『特別演奏会 高関健プロデュース「日本のオーケストラ音楽」展』が迫りました。公演に先駆けて昨年末に開催されたプレ講座を、事務局スタッフ(ミスターS)が気合を入れてレポート!常任指揮者の高関健と、音楽評論家の片山杜秀による対談形式の講座が、約70人の参加者のもと熱く開催されました。ズバリ!今回の3曲で「日本のオーケストラ音楽の歴史」が見えてしまうかも!!
今回のプログラムについて
(S)今回は、「柴田南雄」「湯浅譲二」「吉松隆」という3人の作曲家にフィーチャーしますね!
高関:「柴田1960年、湯浅1980年、吉松1998年という、約20年の間隔で作曲された音楽を並べました」
片山:「20世紀の後半の音楽史の変遷は、いわばこの3曲で象徴される」
(S)え、どういうことなの?
柴田南雄 : シンフォニア (1960年)
(S)柴田南雄が40代の頃、「12音技法」による作品として発表したそうですが…。
高関:「12音技法っていうのは、1オクターブの中に音が12個ありますね。ドからシまで(ピアノで言えば白鍵と黒鍵すべてで)12個並びます。この12個を「よいしょっ」と放り投げて適当に拾い集めて並べたとしたら順番が決まります。これを1つの「音列」と決めて、最初に1から12まで順番に並べていく。次に12から1まで並べて、今度はその音程関係の表と裏というふうに48種類の音列を作ることができる…。」
(S)??途中で頭が追い付かなくなりますが、つまり12の音を1つずつ平等に使い切ったテーマを作り、そのヴァリエーションを組み合わせて作る作曲法らしい。高関さんによると「『急・緩・急』の三部形式でできていて、イタリア風序曲(モーツァルトの交響曲第32番など)の形式に則って書かれている」 とのこと。そう考えるとつかみやすそう。
片山:「衝撃的な第二次大戦の体験と廃墟を経験した、終戦時20代くらいの作曲家達は、今まで当たり前と思っていた音楽を作ってもしょうがないくらいに価値観が変わってしまった。美しい音楽とか綺麗な音楽から離れ、ゼロ地点に1回戻って全部廃墟になって真っさらになって、それに見合った新しい音楽がないといけないんだと。そして、大戦後の新しい音楽の模範は(12音技法の創始者である作曲家)シェーンベルクやウェーベルンなんだと考えた。こうした流れが西欧から広まっていって、やがて日本に及んできたわけです」
(S)なるほど。この流れをいち早く受容した一人が柴田南雄だったのか。戦後15年である1960年に「シンフォニエッタ」を書いて、12音音楽が新しい音楽の主流なんだと当時の日本の聴衆に示そうとしたわけですね。
片山:「でも12音音楽っていうのは理屈が立ちすぎているし、違うんじゃないか?と反発心を覚えながら、12音技法も勉強して取り入れるべきところは取り入れつつ、そうじゃない音楽をつくるべきと主張していたグループがいた。その中にいたのが湯浅譲二さんなんですね。『柴田南雄的な世界に対して自分たちはアンチテーゼをやっているんだ』っていうのが、湯浅さんには結構あったんだと思うんです」
(S)ははーん。ここで2曲目「芭蕉の情景」の作曲者、湯浅譲二さんの登場ですね。20年が経過したわけだ。
湯浅譲二 : 芭蕉の情景 (1980年)
高関:「あえて言えば、最も日本の作曲家が前衛に近づいた時の作品かなって思う。全体的にとても静かな作品です。激しいところは断片的には出てきますが、どちらかというと全体的に西洋的な音楽にはないところの時間がゆっくりと流れている。湯浅さんが芭蕉の句から受けた印象を見事に表現されている」
片山:「一つ一つの音を緻密に並べる12音音楽をつくるのか、あるいは、もっとたくさんの音をコントロールしながら塊が動いているようにやるのかという対立があって、湯浅さんは塊が動いていく方に魅せられていた。緊迫した音で、視覚の連動や連想を誘うような音使いもしながら、湯浅譲二的、日本的、俳句的でもある世界を作りだした」
(S)「芭蕉の情景」は3つの俳句からのインスピレーションにより生まれた三部構成の作品だから、全体的に静かな中で大きく3つの情景が描き出されているってことかな?ちなみに3つの俳句はチラシの裏面に記載しています。実は公演のチラシ「表面」のデザインは、そのうちのある句からイメージしてマス!
吉松隆 : 交響曲第3番 (1998年)
片山:「20世紀後半はどんどん音楽の響きがドラスティックに変わっていって・・・やっぱり1980年代くらいにちょっと「?」マークをつける人が目立ってきた。1970年代のうちに、普通のオーケストラの演奏会で(そういう前衛的な曲を)やるとお客様がついてこないっていうのがハッキリしてくる現象が生じ始めていたんですね。『もっと音楽はロマンティックなものだ。ジャズやロックみたいなものこそ20世紀の皆が聴いている音楽で、いわゆるクラシックの「新しい音楽」は誰が聞いてるんだ?』と。そういう問題意識を強く持って、言論・文筆や実作も伴う形で、そうだそうだって流れを作り出したのが吉松隆さんなんですね」
(S)ほほう。時代は変わりさらに20年ほどが過ぎて、ここで吉松さん登場。では、今回の交響曲第3番ってどんな曲なの?どうやら全4楽章構成らしい(交響曲らしくてちょっと安心)。高関さんのお話によると
「第1楽章:誰が聴いても最初は『ゴジラ』かな?オーボエのメロディでは『平家物語』とかで白拍子が躍っていそうな様子が浮かんでしまう。大河ドラマのテーマにしてもOKに思える」
「第2楽章:8ビートでスウィングしてるんです。民族音楽のコラージュ。シロフォンとかカウベルが入って、エスニックな要素も入っていて楽しめる」
「第3楽章:いわゆる吉松作品に特徴的なコラールと言っていいのかな。代表作「朱鷺によせる哀歌」にそっくりなところがある・・・。日本的な空気の移り変わりというか、そういうものを大事にされている印象」
「第4楽章:ものすごく壮大に終わる、立派なフィナーレ。演奏会でのお楽しみ!」 とのこと。
片山:「様々な流れがきしみあったり戦ったりしながら、戦国時代みたいなもので、今度は自分だ!みたいに戦い続けているのが『クラシック音楽史』でもあるんです(「ありがとう、次はこの人です」みたいな引継ぎじゃないんです)。3人の作曲家も、ただ歴史がきれいに並んでいるだけじゃなくて、それぞれがアンチみたいだったり、こっちが本流だ!みたいだったり、時代を超えて今でも訴えたいドラマがあるわけですね。どのドラマがお好き?みたいな感じで聴いていただいてもいいんじゃないかな?」
(S)良かった!肩の力を抜いて楽しめそうだ。







