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第385回 定期演奏会 プログラムノート

奥田 佳道(音楽評論家)

シベリウス(1865~1957)
アンダンテ・フェスティーヴォ

作  曲  1922年フィンランド、ヤルヴェンパー(首都ヘルシンキの北北東約30キロ)のアイノラ荘にて
      弦楽四重奏曲として
      1938年 弦楽合奏曲として
初  演  1922年12月28日フィンランド、サウナトゥサロ(セイナッツァロ)
放送初演  1939年1月1日 作曲者自身指揮フィンランド放送交響楽団

 時を超えたイギリス音楽並びにシベリウス芸術の使徒尾高忠明と、ファンの声援も熱い仙台フィルハーモニー管弦楽団で聴くシベリウス尽くし。
 生誕160年の年に、名匠尾高が仙台フィルの定期に帰ってきた。内に外に烈しいシベリウスの調べを仲立ちに、ステージと客席はいつも以上に深い絆で結ばれている。

 シベリウス自ら好んで指揮した弦楽とティンパニ(任意)のための佳品、それが、聖歌風の調べや豊潤な響きもキーワードとなる「アンダンテ・フェスティーヴォ」で、祝祭アンダンテと表記されたこともある。フェスティーヴォはイタリア語で祝祭的な、という意味である。

 1922年、すでに交響曲第5番まで書き上げていたフィンランドの偉人ジャン・シベリウスは、歴史ある建築・資材会社のオーナーから、同社のサウナトゥサロ合板・製材所創立25周年式典のための音楽を委嘱された。同社オーナーが希望したのは祝祭的なカンタータで、シベリウスも前向きに検討したようだが、完成させたのは弦楽四重奏曲だった。

 お祝いの弦楽四重奏曲を書き上げてから16年後の1938年、シベリウスはニューヨークの音楽評論家の求めに応じ、アメリカ向けラジオ短波放送のために同曲を弦楽合奏に編曲し、任意として曲の終盤にティンパニを添える。1939年のニューヨーク万国博覧会に向けてフィンランドから世界へ音楽のメッセージを発信して欲しい、が依頼の趣旨だった。
 アンダンテ・フェスティーヴォは1957年9月29日、ヘルシンキ大聖堂で執り行われたシベリウスの国葬でも演奏されている。

組曲「ペレアスとメリザンド」 作品46

作  曲  1905年1月~2月 劇付随音楽として
初  演  1905年3月17日ヘルシンキ、スウェーデン劇場 劇付随音楽として

 1893年5月にパリのブッフ・パリジャン劇場で初演されたモーリス・メーテルランク(メーテルリンク)の象徴劇「ペレアスとメリザンド」から育まれた音楽と言えば、1902年4月にパリ・オペラ=コミック座で初演されたドビュッシーのオペラ、それに「シシリエンヌ」を含むフォーレの管弦楽組曲が愛されている。フォーレの劇付随音楽は1898年にロンドンで初演、管弦楽組曲は1901年にパリで初演された。ドビュッシーのオペラより先に創られていたのだ。
 しかし劇音楽や交響詩も素晴らしかったシベリウスの「ペレアスとメリザンド」を忘れてはいけない。シェーンベルク若き日の意欲作についてはまた別の機会に。

 1905年春、メーテルランクの戯曲「ペレアスとメリザンド」のスウェーデン語版がヘルシンキ!のスウェーデン劇場で上演されることになり、劇付随音楽の作曲がシベリウスに委ねられた。すでに人気作交響曲第2番を書き終えていたシベリウスは、同年1月から2月にかけて創作に勤しむ。そして3月の初演では自らタクトを執った。

 ペレアスとメリザンド。ペレアスの(異父)兄ゴローは、森の泉のほとりで神秘的な女性メリザンドと出逢い、結婚する。城に帰った二人だったが、弟ペレアスとメリザンドの仲を疑ったゴローは、ペレアスを殺してしまう。メリザンドも子どもを産んだ後、亡くなる──。メリザンドが結婚指輪を盲目の泉に落とす場面、落馬によるゴローの怪我、メリザンドが城の塔から長い髪を垂らしてとかす場面もドラマの鍵を握る。

第1曲「城門にて」 第1幕第1場への前奏曲
厚みの弦楽合奏に木管が寄り添う。チェロが美しい。劇的。

第2曲「メリザンド」 第1幕第2場への前奏曲
オーボエ属のコーラングレ(イングリッシュホルン)がメリザンドを描く。舞曲風の調べも。

第2曲a「海辺にて」 第1幕第4場へのメロドラマ
哀しげ、不安げな弦の調べに導かれ、ピッコロ、大太鼓が海辺、そして船に想いを寄せるメリザンドを描写。

第3曲「庭園の噴水」 第2幕第1場への前奏曲
Comodo(心地よく)と記された舞曲。

第4曲「3人の盲目の姉妹」 第3幕第2場の歌曲
メリザンドが塔の中の自分の部屋で髪をとかしながら歌う歌。ティンパニの連打に導かれ、コーラングレのソロ、ホルンが響く。そして2本のクラリネットがアリアを「歌う」。

第5曲「パストラーレ(田園)」 第3幕第3場への間奏曲
弦のピッツィカートに続き、2本のクラリネット、コーラングレ、フルート、ファゴットらが楽しげに牧歌を奏でる。4分の12拍子。

第6曲「糸を紡ぐメリザンド」 第3幕第1場への前奏曲
ヴィオラ2パートが糸車を表現。4分の6拍子。管弦の交歓、ティンパニに聴き入る。

第7曲「間奏曲」 第4幕第1場への間奏曲
喜ばしいアレグロの音楽。木管のリレーも楽しい。最後は烈しく、しかし音は彼方へと消えゆく。

第8曲「メリザンドの死」 第5幕第2場のメロドラマ
哀しくも美しい組曲のフィナーレ。叙情的な弦、木管のソロにいだかれる。祈り、浄化の美学も舞う。

交響曲第1番 ホ短調 作品39

作  曲  1898年4月~1899年1月(初稿、紛失)
      1900年2/3月~6月(改訂稿/現行版)
初稿初演  1899年4月26日ヘルシンキ、シベリウス指揮ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団
改訂稿/現行版初演  1900年7月1日ヘルシンキ、ロベルト・カヤヌス指揮ヘルシンキ・フィルハーモニー管弦楽団

 曲は、表情豊かに、と記されたクラリネットのソロ(mfメゾフォルテ)とティンパニのトレモロ(ppピアニッシモ)で始まる。その後、アンドルー・バーネット博士を始めとするシベリウス研究の泰斗(たいと)が異口同音に語るシベリウス独特の管弦楽法「限られた楽器による壮大な音響、音楽」「引き算の管弦楽法」が聴こえてくる。
 冒頭の印象的な調べを「S字モティーフ」と呼ぶ音楽学者も多い。Sの字を横向きにしたかのような音符の流れ。音符/音楽は上行したら下降する、下降したら上行するわけだが、ここでシベリウスが好んだ動きは、少し下降~少し上行~少し下降である。
 ちなみにクラリネットもティンパニもシベリウスをシベリウスたらしめる楽器で、ここぞという場面で見せ場、魅せ場を創る。

 さてシベリウス最初の交響曲、今のヴァージョンは、データ欄に記したように1900年7月1日にヘルシンキで初演された後、スウェーデン、オランダ、ドイツ各都市、それにフィンランド人およびフィンランド文化の「存在理由」を表明する機会ともなったパリ万博1900で披露された。このツアーでは交響詩「フィンランディア」、交響詩「4つの伝説」から「トゥオネラの白鳥」「レンミンカイネンの帰郷」も演奏されている。シベリウス若き日の佳品ばかりである。
 指揮はシベリウスの盟友ロベルト・カヤヌス(1856~1933)。この晴れやかなヨーロッパ・ツアーに際し、現行版の交響曲第1番が創られたと見る向きもいる。
 
 全4楽章、聴きどころは枚挙にいとまがない。フィンランド語独特の「はねる」発音・音節と呼応する付点のリズム。多用されるシンコペーションに、くっきりと、あたかも楔(くさび)のように打ち込まれるアクセント。西欧のロマン主義的な構造概念とは一線を画す、フレーズの大胆な「ま」や「句読点」も私たちを魅了してやまない。さらに、壮絶な第4楽章を締めくくるピッツィカートの効果が抜群だ。

 楽器編成では、幻想曲風の楽想に欠かせないハープに、あらためてご注目を。ハープは初稿にもあったようだが、現行版で、よりクローズアップされたことが分かっている。打楽器はいつものティンパニのほか、大太鼓、シンバル、トライアングルで、こちらは初稿よりも整理されたというから驚く。ヘルシンキ大学の博士、神部智(かんべ・さとる)教授の論説によれば、初稿にあったタンブリンとカスタネットが削除され、その代わりに大太鼓が加わり、全体に響きが力強く引き締まったとみてよいだろう、とのこと。

 五線譜に#記号ひとつのホ短調を基調とする交響曲第1番を、かつてチャイコフスキー的、もう少し広義にスラヴ的と捉える向きがあった。たしかにスラヴ文化圏の作曲家たち─ショパン、チャイコフスキー、ドヴォルザーク、リムスキー=コルサコフ、ラフマニノフはホ短調で名曲を書いている。
 いっぽう、標題付きの交響曲に関心を抱いていたシベリウスは、1894年および1897年にヘルシンキで演奏されたチャイコフスキーの交響曲第6番ロ短調「悲愴」(初演は1893年サンクト・ペテルブルク)から、管弦の筆致は別として、何らかの影響を受けてはいる。ベルリン滞在中に聴いたベルリオーズの「幻想交響曲」も芸術的な財産となったことだろう。

 けれどもシベリウスはシベリウス。ロシア、チェコの国民楽派とは美学も流儀も異なる。後にヘルシンキで会食したマーラーとも、交響曲のあるべき姿をめぐって、意見が全く噛み合わなかったようである。
 孤高のシンフォニスト(交響曲作家)ジャン・シベリウスが、最晩年に語った言葉が示唆に富む。
「私の交響曲第1番と交響曲第2番は、しばしばチャイコフスキーに似ていると言われるが、それは大きな間違いだ。柔軟で感傷的なチャイコフスキーの音楽に対して、私の交響曲は『硬質』である」

第1楽章 アンダンテ、マ・ノン・トロッポ~アレグロ・エネルジーコ
第2楽章 アンダンテ(マ・ノン・トロッポ・レント)~ウン・ポーコ・メノ・アンダンテ~モルト・トランクィロ
第3楽章 スケルツォ、アレグロ トリオ(中間部):レント(マ・ノン・トロッポ)
第4楽章 フィナーレ(クアジ・ウナ・ファンタジア 幻想曲風に) アンダンテ~アレグロ・モルト

〈参考文献〉
Andrew Barnett著 Sibelius Yale University Press
Jean Sibelius Complete Works,SeriesⅠ&Ⅱ Breitkopf&Härtel 2008
神部 智著 「作曲家◎人と作品シリーズ シベリウス」 音楽之友社
新田ユリ著 「ポホヨラの調べ~指揮者がいざなう北欧音楽の森」 五月書房

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