TOP> 楽団員リレーコラム> 楽団員紹介> 楽団員リレーコラム

楽団員リレーコラム

リレーコラム<第12回>

「なつかしいもの」:ヴァイオリン 佐々木亜紀子さん

私の実家に8mmフィルムがあります。ビデオではありません。8mmカメラで撮影したものです。当然映写機もあります。もちろん家庭用のものですが、兄が生まれたころに購入したものなのでもう40数年前にもなり、当時としては結構珍しかったと思います。しかし今となってはカメラも映写機も壊れてしまっていて、直すための部品も売ってないし、修理店もないので(ちゃんと探せばあるのでしょうが)、使うことができない状態でした。

フィルムに映っているのは家族の日常で、旅行に行ったとき、運動会や入学式、海水浴や何気ない休日のひとコマなどで、子供のころは日曜の夜になるとよく、ふすまに白いボードを立てかけて映写して見たものです。無声だったので父親はいつもBGMにバッハの無伴奏ヴァイオリンのレコードを流していました。

昨年、実家に帰ったときにそのフィルムをビデオかDVD化できないかとふと思い、仙台に持ち帰ってきました。私の実家は東京なので現地で起こしてくれるところを探したほうが早かったかも。でもツテもない上、仙台のほうが何かと動きやすかったということもあり…。ダンナと電話帳を見ながらビデオ屋さんに問い合わせをしました。できるところが見つかったので、さっそく持ち込んでお願いしました。フィルムは20数巻あり、1巻ごとテープをつなぎ足してあったためかなり長くなっているものもあり、いざ起こしてみると、延べ7時間以上、DVDで4本分に及びました。料金もハンパではなかった…。でもさっそくみて見ると、ああ、やっぱり起こしてよかったなあ、なつかしいものでした。

古いフィルムは保存状態が悪くてピンボケしてる部分もありましたが、ビデオ屋さんは頑張って調整しつつ収めてくれたようです。最初のほうはもちろん白黒だし、昭和初期のニュース映画みたいなレトロな映像で、うちの家族が歴史上の人物のように見えて笑えました。兄が生まれたばかりの赤ちゃんの時からすくすく成長して、姉が生まれて、いろんなところに遊びに行ったり、もうずいぶん前に亡くなってしまいましたが、当時同居してた祖父母の元気な姿とか、久しく会ってない親戚とか、若かりし日の両親の姿とか(今の私より年下)…かつてはしょっちゅうみていた映像の筈なのに、かなり忘れてるもんだ。しかも当時は見たい巻を持ってきて、自分が映ってる部分ばかり見ていたし。そのうちやっと私自身も赤ん坊で登場してきますが、上の二人から年の離れた末っ子だったため、全体のうちのほとんど後半に入ってからでした。でもやはり自分が出てきてからのモノはじっくり見ちゃいますよね、どうしても。

私は埼玉県の毛呂山町というところで生まれました。埼玉県人が聞いても知らない人のほうが多いくらいマイナーな小さな町です。池袋から東上線に乗って一時間かかります。山に囲まれて(遠くに見えるのはは秩父の山並みでした)、田んぼがいっぱいあるところでした。のどかな田舎で特に何にも自慢できるようなこともないところでしたが、子供のころ暮らした場所と言うのは楽しい思い出がたくさんで、印象が強く残ってるもんですよね。そんな頃の映像が盛りだくさんなのですから、見ている間はタイムトリップ状態、なつかしい気持ちでいっぱいでした…。

つらつら見てると気づいたことがありました。兄姉の時から私の小学時代まで、我が一家の遊びに行くところは海か山か遊園地!あとプール。海水浴はさまざまなところへ行ってたようですが、遊園地は西武園ばっかり。山というのは登山するような高い山でなく、かならず山頂に神社か寺のあるところ、ちっちゃな峰といった感じでしょうか。うちの親はやたら神社やお寺が好きだったらしい…。たしかに近隣に古い神社、寺の多い地域でした。地味だけど歴史のある場所だったんですね。

8mmってテープを切り貼りして編集するものなので、凝り性の父親は、遊びに行った場所ごとにタイトルを挟み込んだり、時には旅行した道筋がわかるように路線図の上を電車がアニメーションで動いたりする見出しを入れたりでなかなかのもんでした。フィルムは一年ごとに一巻きにまとめられており、子供の成長がわかりやすくなっています。でも当の子供たちが大きくなるにつれ、遊びに行くこともカメラに収められることも当然減りますよね。最後のほうの巻は、庭の植栽や木の映像ばかりで、最後の最後の見出しは「19XX年、祖父母の永眠」(祖父母は続けて亡くなった)というタイトルから始まっていて、まるでひとつの映画が終わってしまうかのような幕開けでした。子供も大きくなってしまったし、おそらくそのころが父にとって8mmを撮ることをやめる転機だったのかな…。その数年後まではそれでも少しは撮っていたようですが、尻すぼみのようにふつっとフィルムは終わってました。別にカメラが壊れたわけでもないはずですが、撮る気がなくなったんでしょう、多分…。ちょっと寂しいですがしょうがないですね。ちなみにうちの父も母も健在です。

私のうちにも娘が生まれたときに買ったビデオカメラがあります。さまざまなシーンをたくさん撮影しています。おそらく娘が成長したときに、私がそうであったように、なつかしい思いで見てくれるのかもしれませんね。でもカメラはいまどきデジタルで、私たちが生きてる間は劣化しません。自分が生まれたときから鮮明な映像がずっと残り続けるのはうらやましいような気もしますが、古ぼけてすすけたアナログテープで見るのも歴史を感じさせて、味があって、かえって大切な思い出として家宝のように大事に思えてしまいます。でも、まあそれも私の世代だからということで、思い出は誰にとってもどんな形であれ、大事であることに変わりはないでしょうが…。

このページのトップにもどる