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コンサート情報

第315回定期演奏会

日程
2018年1月19日(金)・20日(土)
19日/午後7時開演(午後6時30分開場)
20日/午後3時開演(午後2時30分開場)
場所

日立システムズホール仙台
コンサートホール

出演

指揮:高関 健
ヴァイオリン:青木 尚佳

プログラム

ベートーヴェン:「レオノーレ」序曲第3番
ハチャトゥリアン:ヴァイオリン協奏曲 ニ短調
シベリウス:交響曲第5番 変ホ長調 作品82

料金
【全席指定】
S席:¥5,000
S席ユース:¥2,000
A席:¥4,500
A席ユース:¥1,500
Z席:¥2,000
※ユース券は、ご来場の演奏会当日に25歳未満の方が対象
※未就学児童のご入場はできません
※ご来場の際には、近隣の駐車場には限りがございますので、公共交通機関をご利用ください。

※20日(土):Z席は、売り切れました。


※メールによる受付は終了いたしました。ご希望の方は、仙台フィルサービスまでお問い合わせください。演奏会当日は、完売の場合を除き会場窓口にてチケットを販売いたします。

お問い合わせ

仙台フィルサービス
TEL:022-225-3934
※お電話でのお申込みは、1月19日(金)の正午まで

 プログラムノート

寺西 基之

ベートーヴェン 「レオノーレ」序曲第3番 ハ長調 作品72b

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770-1827)は器楽・声楽を問わず当時の様々なジャンルに手を染めたが、オペラに関しては生涯にただひとつの作品しか手掛けていない。しかし彼はその創作に並々ならぬ意欲とこだわりを持ち、そのため成立は複雑な過程を経ることとなる。

 

作曲に着手したのは1804年である。題名は「レオノーレ」で、フランス革命下に起こった事件にヒントを得たフランスの作家ジャン・ニコラ・ブイイの小説「レオノール、あるいは夫婦の愛」に基づくヨーゼフ・ゾンライトナー作の台本に作曲され、1805年に完成された。しかし同年行われたウィーンでの初演は失敗で、1806年初めに改訂がなされる。古くからの友人シュテファン・フォン・ブラウニングが台本の改訂に関わったこの第2稿は1806年にウィーンで初演され、この度は成功裡に終った。

 

しかしベートーヴェンにとっては、作品はまだ満足のいくものではなかった。そして1814年になって、改めてゲオルグ・フリードリヒ・トライチュケが大幅に手直しした台本に基づいて、音楽に大々的な改訂の手を加えることとなる。この第3稿で題は「フィデリオ」と改められ、1814年5月にウィーンで初演、成功を収めた。これが決定稿となり、こうして彼唯一のオペラは最終的な完成をみたのであった。

 

彼がこれほどまでにこのオペラにこだわり続けたのは、政治犯として無実の罪で投獄されたフロレスタンをその妻レオノーレが救出するという物語をとおして、自由、正義、人間性の解放を表した内容が、ベートーヴェン自身の思想そのものだったからである。このオペラに対する彼の執着ぶりは実に4曲もの序曲を書いていることにも窺われる。作曲順にいうと、1805年の「レオノーレ」序曲第2番(オペラ第1稿用)、1806年の同第3番(オペラ第2稿用)、1806年から翌年にかけて書かれたと推測される同第1番(第2稿のプラハでの上演の際に書かれたとする説がある)、1814年の最終稿(決定稿)のための「フィデリオ」序曲である。

 

本日演奏されるのは第2稿のために書かれた「レオノーレ」序曲第3番。決定稿の「フィデリオ」序曲がきわめて簡潔なものにされたのに対し(これは決定稿ではオペラ本体を重視したためだろう)、この「レオノーレ」序曲第3番は、第1稿用の第2番とともに、オペラの内容を管弦楽のみで要約した交響詩風の大規模な序曲となっている。特に第3番はその充実した劇的な作風のために独立して演奏されることが多い。

 

曲は、フロレスタンが獄中で歌うアリアの旋律を用いた序奏に始まる。主部はソナタ形式で、その第2主題にも同じアリアが当てられている。そして展開部のクライマックスで響くのが、オペラで大臣到着を告げる際に吹かれるトランペット(舞台裏)のファンファーレである。これはあわやの危機に立たされた夫妻が大臣の到着で救われるという、まさに救済と勝利を象徴するファンファーレであり、そうした勝利の喜びは再現部で高揚をみせ、コーダで最高潮に達する。


 

ハチャトゥリアン ヴァイオリン協奏曲 ニ短調

有名な「剣の舞」を含むバレエ『ガイーヌ(ガヤネー)』で知られるアラム・ハチャトゥリアン(1903-78)は、旧ソヴィエト連邦の代表的な作曲家であるが、グルジア(現ジョージア)生れのアルメニア人として、アルメニアやコーカサス(カフカス)地方の民俗音楽の要素を取り入れた独自の作風を追求した。強烈に民族色を打ち出したその音楽は旧ソ連の有名作曲家たちの中でもとりわけ異彩を放つものとなっている。

 

1940年に作曲されたこのヴァイオリン協奏曲も、旋律やリズムをはじめ随所に民俗的語法を用いたまさに民族色豊かな作品だ。アルメニアのエレヴァンでの仕事の機会の際、その周辺の民俗音楽を調査したことが、この協奏曲の作曲の大きなきっかけとなったようで、民俗音楽の要素をふんだんに盛り込んだ土俗的ともいえる強烈な民族表現がヴァイオリンの鮮やかな名技性と結び付くことで、古今のヴァイオリン協奏曲の名作の中でもきわめてユニークな魅力と個性を持つ作品となっている。完成にあたってはソ連の大ヴァイオリニストのダヴィド・オイストラフの助言が取り入れられ、初演(1940年11月16日モスクワ)もオイストラフの独奏、アレクサンドル・ガウクの指揮によって行われて大成功を収めた。なおこの作品はのちの1968年にフランスの名フルート奏者ジャン=ピエール・ランパルによってフルート用に編曲され、以後フルート協奏曲としても親しまれている。

 

第1楽章 アレグロ・コン・フェルメッツァ[フェルメッツァとは“剛健、頑強”の意]、ニ短調。出だしの荒々しい管弦楽総奏からして民族的エネルギーを感じさせ、続いてヴァイオリン独奏が奏する第1主題も泥臭いといえるまでの武骨な力感に満ちている。やがて示される第2主題は対照的に感傷的な叙情性を持つが、その歌い回しはやはり民族的なもの。起伏に満ちた展開部を経てカデンツァ部分となる。このカデンツァは作曲者自身によるもののほか、オイストラフ作のものもあるが、本日は前者が用いられるとのことである。

 

第2楽章 アンダンテ・ソステヌート、ト短調。どこか不気味さも漂う夜の雰囲気を湛えた管弦楽の序奏に続いて、エキゾティックな哀感に溢れる挽歌風の旋律を独奏ヴァイオリンが歌い上げる。次第に盛り上がったところで管弦楽の間奏とともに中間部に入り、弱音器を付けた独奏が東方風の旋律を紡ぐ。

 

第3楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ、ニ長調。華やかな管弦楽の導入の後に独奏ヴァイオリンが快活な民俗舞曲風の主要主題を弾き出す。この主題を中心に他のエピソードを挟んでいく活力に満ちたロンド・フィナーレで、2番目のエピソードとして第1楽章の第2主題を回帰させるなど、起伏に富んだ運びの中、管弦楽の勇壮な響きをバックに独奏が鮮烈な妙技を繰り広げる。執拗にニ音を繰り返すエンディングも実に豪放である。

 


 

シベリウス 交響曲第5番 変ホ長調 作品82

フィンランドを代表する大作曲家ジャン・シベリウス(1865-1957)は、叙事詩『カレワラ』に創作の源泉を見いだすなど、フィンランド人としての民族的自覚を持ちつつ自らの作風を追求していった。特に初期の作品では19世紀ロマン派の国民楽派に通じるスタイルで民族色を打ち出していた。

 

しかし1904年に田園地帯のヤルヴェンパーに移って隠遁的な生活の中で創作を行なうようになって以降は、ロマン派的なスタイルを脱し、民族性をもっと抽象的な凝縮された方法で示すようになる。すなわちロマン的な息の長い歌謡的な旋律を廃し、いくつかの細かい動機に基づいて緻密に音楽を構築する作風を追求するようになるのである。それは決して彼が民族主義から遠ざかったことを意味するのではない。むしろ民族精神の本質をより深く洞察するようになった結果として辿り着いた作風といえよう。実際中期以降の彼の作品では、緻密な音の構築の中から高度に抽象化された民族精神が伝わってくる。

 

交響曲のジャンルでは、第3番(1904-07)がその転機を示す過渡期の作品であり、続いて闘病の経験を経て書かれたきわめて内省的な第4番(1910-11)でそうした書法をさらに深化させることになる。本日の第5番もそうした書法に貫かれた作品だが、曲の性格という点では暗い省察的な第4番から一転して、第3番に通じる開放的ともいえる田園的な明るさを持っているのが特徴的だ。それはひとつにはこの作品が、フィンランドの誇る国民的音楽家シベリウスの50歳の誕生日を祝って企画された国家的な祝賀行事で演奏するための作品として書かれたことと関わっていよう。50歳の誕生日に当たる1915年12月8日、ヘルシンキにおいて彼自身の指揮で行われた祝賀演奏会での初演は大成功を収めている。

 

しかしこの成功にも関わらず、シベリウス自身は作品の出来に満足していなかった。初演には何とか間に合わせたものの、作品はまだ完全に完成したとは思っていなかったようだ。そして1916年と1919年の2度にわたって改訂を施して決定稿を作り上げる。改訂は非常に大幅なものとなり、細部の多くの点が改作されたことはもとより、全体の形ももともとの第1楽章と第2楽章を合体させることで当初の4楽章構成が3楽章構成に改められた。こうして後期らしい書法のうちに緊密なまとまりを持つ決定稿が出来上がったのである。フィンランドの自然を彷彿とさせる伸びやかな明朗さとシベリウスの内面の表現が溶け合ったような美しい作品で、この決定稿の初演は1919年11月24日ヘルシンキにおいて、やはりシベリウス自身の指揮でなされた。

 

第1楽章 テンポ・モルト・モデラート~アレグロ・モデラート、変ホ長調。初稿の2つの楽章をひとつにしたもので、そのため緩やかな前半とスケルツォ風の後半の2部分からなっているが、動機的には関連していて有機的なまとまりを示している。ホルンの呼びかけに木管が応えて牧歌的に開始される前半は、長い冬の後にだんだんと自然がめざめてくるといったような趣があり、靄がかかったような幻想的な世界が広がる。やがて勢いを加えて、春の到来を思わせる軽やかなスケルツォ風の後半に移る。明るいこの後半部分は舞曲風の躍動感に満ち、途中から楽しげなトランペットの主題も加わって発展、やがて冒頭の主題も回想しつつ、大きな盛り上がりを生み出していく。

 

第2楽章 アンダンテ・モッソ、クワジ・アレグレット、ト長調。フィンランドの田園を散策するような伸びやかな気分を持った楽章で、弦のピッツィカートと木管によって交わされる主題をもとに自由な変奏が繰り広げられていく。

 

第3楽章 アレグロ・モルト、変ホ長調。疾走するような弦のトレモロによる無窮動風の第1主題と、鐘を思わせるホルンの動機を背景に木管とチェロが示す広がりある第2主題を中心に運ばれるフィナーレで、やがて第2主題が支配的となって大きな高揚を示した後、最後は休符を挟む6つの力強い和音できっぱりと閉じられる。

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