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コンサート情報

第314回定期演奏会

日程
2017年11月17日(金)・18日(土)
17日/午後7時開演(午後6時30分開場)
18日/午後3時開演(午後2時30分開場)
場所

日立システムズホール仙台コンサートホール

出演

指揮:飯守 泰次郎

プログラム

モーツァルト:交響曲第39番 変ホ長調 K.543
モーツァルト:交響曲第40番 ト短調 K.550
モーツァルト:交響曲第41番 ハ長調 K.551 「ジュピター」

料金
【全席指定】
S席:¥5,000
S席ユース:¥2,000
A席:¥4,500
A席ユース:¥1,500
Z席:¥2,000
※ユース券は、ご来場の演奏会当日に25歳未満の方が対象
※未就学児童のご入場はできません
※ご来場の際には、近隣の駐車場には限りがございますので、公共交通機関をご利用ください。

※18日(土):S席、Z席は売り切れました。

※メールによる受付は終了いたしました。ご希望の方は、仙台フィルサービスまでお問い合わせください。演奏会当日は、完売の場合を除き会場窓口にてチケットを販売いたします。

お問い合わせ

仙台フィルサービス
TEL:022-225-3934
※お電話でのお申込みは、11月17日(金)の正午まで

 プログラムノート

寺西 基之

モーツァルト
交響曲第39番 変ホ長調 K.543
交響曲第40番 ト短調 K.550
交響曲第41番 ハ長調 K.551「ジュピター」

本日演奏されるのはヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756-91)の交響曲創作の最後を飾る3つの作品である。これら3曲が書かれたのは1788年、死の3年前のことだった。彼が最初の交響曲(第1番変ホ長調K.16)を書いたのは1764年、わずか8歳の時なので、ほぼ生涯とおして交響曲の創作を行なったことになる。

 

モーツァルトが生きた時代はいわゆる古典派の新しい時代様式が確立されていった時期にあたっていた。交響曲もそうした動きとともに起こってきた新たなジャンルだったのであり、各地で様々な作曲家がそれぞれに交響曲のスタイルを試みていた。交響曲の様式の発展と確立にとりわけ大きく貢献した作曲家のひとりがヨーゼフ・ハイドンだったが、モーツァルトもまた当時の様々な作曲家に影響を受けながら、生涯50曲以上(一般に用いられている41曲の番号付けと数は正しくない)の交響曲の創作を通して、このジャンルの様式と書法の可能性を探っていく。

 

実際モーツァルトの交響曲創作の軌跡を辿ると、若い時の彼がいかに当時発展途上にあったこのジャンルのスタイルの様々な要素を取り入れ、自らの音楽のうちに消化吸収しながら、それらを総合化して後期の完成されたスタイルを作り上げていったかが浮かび上がってくる。生涯とおしての作風の変遷と進化はめざましいものがあり、後期の彼の交響曲は、ハイドンの後期の作品群とともに、まさに古典派の交響曲様式の完成と高みを示している。そしてハイドン後期の一連の交響曲は、早逝したモーツァルトの後期の交響曲群よりあとに書かれており、明らかにモーツァルトからの影響を受けている。モーツァルトに先んじて交響曲の創作に関わってそのスタイルの確立に寄与し、モーツァルトにも影響を与えたハイドンも、モーツァルトよりも長生きしたことで、逆にこの後輩から多くを得ることとなったのだ。まさにこの偉大な2人の手で、新しい交響曲という曲種はあらゆる器楽ジャンルの中でも最も重要なジャンルに押し上げられ、ベートーヴェン以降の交響曲の隆盛へと繋がっていくのである。

 

実はモーツァルトは後半生のウィーン時代には、数の上では交響曲をあまり書いていない。ウィーン時代の初めての交響曲は第35番ニ長調K.385「ハフナー」だが、これは事実上以前に書いたセレナーデに基づくもので、これを含めても6曲しか書かれていないのだ。前半生のザルツブルク時代には(年月としては長いにせよ)番号がないものを含めて実に40曲以上作られていることを思うと、やや意外にみえるが、これはウィーン時代のモーツァルトにとって交響曲がそれだけ重みのあるジャンルになっていたことの現れといえよう。後期の交響曲の内容をみれば、数こそ少なくなったものの、作品の充実度はその分はるかに高いものとなっていることは明らかである。

 

その後期の交響曲群の最後に位置するのが本日演奏される3曲である。前述のようにこれらが書かれたのは1788年だが、夏の間に3つ立て続けに作曲されていることから、3曲セットを意図したものであることは間違いない。当時の慣習からして、セットでの創作には何らかの目的があったはずだが、それについては何も伝えられておらず不明である。考えられるのは当時のモーツァルトの生活状況である。この時期、彼の生活は経済的に苦しい状況に追い込まれ、知人の織物業者プフベルクに借金を申し込んでいる。ウィーンの花形としてもてはやされた数年前に比べ人気は落ちていたものの、当時の彼はまだ充分に収入があったのだが、浪費癖が生活の困窮を招いていたようだ。3曲の交響曲セットは、そうした状況を打開するために書かれたとも推測できる。

 

しかし結局出版には至らず(初版が出たのは死後)、公式の演奏記録も残されていない。そのため、かつてはモーツァルトの生前には初演されなかったのではないかとも考えられていた。しかし近年の研究では、演奏のためのパート譜が作られていることや、私的な演奏に言及した資料などにより、生前から演奏されていたことはたしかだとされており、特に第40番は1791年4月にウィーンでライバルのサリエリの指揮で演奏された可能性が指摘されている。

 

このように成立事情に様々な謎がある3曲だが、まさにモーツァルトが生涯通して進化させた交響曲書法が円熟した筆致のうちに示された、交響曲史上の記念碑的な傑作群といえよう。

 

 

3曲のうち最も早く1788年6月26日(モーツァルト自身による自作品目録に記された日付)に完成された第39番変ホ長調K.543は、豊かなカンタービレと全体の清澄な響きを基調とする優美かつ力強い性格が特徴的である。この後の1790年代に入っての晩年のモーツァルトはきわめて澄明な音調を志向するようになるが、この変ホ長調交響曲はそれを先取りするところがあるといえよう。注目すべきは、オーボエを省く代わりに当時まだ新興の楽器であったクラリネットを効果的に用いている点で、それがこの作品独特のふくよかな音調に結び付いている。

 

第1楽章(アダージョ~アレグロ、変ホ長調)は、まず豊かな和声表現と力強いリズムを持つ堂々たる序奏が置かれる。ソナタ形式の主部は、2つの主題の性格こそ優美だが、全体はダイナミックで晴れやかな発展を示す。第2楽章(アンダンテ・コン・モート、変イ長調)はロマン的ともいえる情調に満ちた緩徐楽章。奥ゆかしい主要主題に対し、副主題では短調の陰りが効果的だ。第3楽章(メヌエット、アレグレット、変ホ長調)は堂々たる性格のメヌエット。トリオではクラリネット2本とフルートが美しい絡みを見せる。第4楽章(アレグロ、変ホ長調)は、無窮動的な軽やかな動きに満ちた快活なソナタ形式のフィナーレである。

 

2番目に書かれた第40番ト短調K.550は1788年7月25日に完成されている。モーツァルトは短調の交響曲をわずか2曲しか残していない(もう1曲は1773年の第25番K.183でやはりト短調)。交響曲に限らず、他のジャンルにおいても短調作品は少ない彼だが、その数少ない彼の短調作品はいずれも激しいパトスが表現されているのが特徴的だ。この後期のト短調交響曲はとりわけそれが激烈に、きわめて斬新な響きのうちに打ち出されており、半音階的な動きを多用しつつ、デモーニッシュともいえる表出的な和声と旋律の動きが劇的かつデリケートな情感の変化を表し出している。一方、そうしたパトス的表現が緊密な構成で裏付けられている点、円熟期のモーツァルトの確たる書法が窺えよう。トランペットやティンパニが入らない切りつめた編成も厳しい音調に結び付いている。もともとクラリネットが入っていなかったが、モーツァルトはのちに2本のクラリネットを追加して元のオーボエ・パートを分担させた形の改訂稿も作った。それによって表情のふくらみが増した反面、初稿の渋味ある緊迫感はやや和らげられている。本日はクラリネットの入る改訂稿で演奏される。

 

第1楽章(モルト・アレグロ、ト短調)はまずいきなり伴奏音型だけで始まる点が、当時としてはきわめて異例。その上に第1主題が呈示されるが、この主題は短2度(半音)の下行が特徴的である。叙情的な第2主題もやはり半音の動きが支配する。展開部は絶妙な転調によって悲劇的な展開が繰り広げられる。第2楽章(アンダンテ、変ホ長調)はソナタ形式の緩徐楽章。他の楽章とは異なり、平安な落ち着いた気分が支配的だが、その中にやはり半音階の動きによる蔭りが織り込まれる。第3楽章(メヌエット、ト短調)は、いわゆる優雅なメヌエットとは程遠い力感に満ちた短調のメヌエット。それだけに長調の穏やかなトリオが対照を作り出して効果的だ。第4楽章(アレグロ・アッサイ、ト短調)は大胆な音語法を多用した緊張に満ちた響きで前進するソナタ形式のフィナーレ。最後も短調の厳しい音調のまま、終結を迎える。

 

3曲セットの最後、すなわちモーツァルトの交響曲の最後を飾る第41番ハ長調K.551は1788年8月10日に完成された。彼の全作品の中でも最も壮大な広がりを持ち、しかも大伽藍のごとき綿密な構築性を持った作品で、ギリシャ神話の最高神ゼウスを指す「ジュピター」の愛称で親しまれてきた。この愛称はドイツ出身のヴァイオリニストでロンドンで興業師として成功したザロモンの命名ともいわれるが、たしかに作品の壮麗さと輝かしさに相応しい愛称である。注目すべきはフィナーレで、ドレファミという音型(“ジュピター音型”とも呼ばれるが決してこの曲特有のものでなく、中世聖歌以来様々な仕方で用いられた音型。モーツァルトも最初の交響曲第1番K.16をはじめ、幾つかの作品で使用してきた)を主題としたフーガ風の威容に満ちた構築と燦然たるたたずまいは、愛称どおり全能の神の業を思わせるものがある。

 

第1楽章(アレグロ・ヴィヴァーチェ、ハ長調)は力強いユニゾンの音型に優雅な動機が応えて始まる第1主題からして、前作のト短調交響曲とは正反対の明朗な世界だ。多くの楽想に富み、特に3つ目の主要主題(小結尾主題)として、同じ年の5月に書いたアリア「手に口づけをすれば」K.541を引用して喜劇オペラの雰囲気を持ち込んでいるのが興味深い。第2楽章(アンダンテ・カンタービレ、ヘ長調)は弱音器付きの弦の生み出す柔らかい澄明な響きが全体を支配するが、その中にもモーツァルトらしい微妙な蔭りが随所に現れる。第3楽章(メヌエット、アレグレット、ハ長調)は伸びやかなメヌエット。トリオでは終楽章のジュピター音型が短調で先取りされるのが興味深い。第4楽章(モルト・アレグロ、ハ長調)は緊密なソナタ形式とフーガ的な書法とを見事に融合した推進力溢れるフィナーレで、ジュピター音型による第1主題のほか幾つもの主題が巧みに扱われる。それらの主題を多重フーガ風に同時に結び付けたコーダはまさに圧巻。

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