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コンサート情報

第312回定期演奏会

日程
2017年9月15日(金)・16日(土)
15日/午後7時開演(午後6時30分開場)
16日/午後3時開演(午後2時30分開場)
場所

日立システムズホール仙台

コンサートホール

出演

指揮:小泉 和裕

プログラム

モーツァルト:歌劇「魔笛」序曲

シェーンベルク:浄められた夜 作品4

シューマン:交響曲第4番 ニ短調 作品120

料金
【全席指定】
S席:¥5,000
S席ユース:¥2,000
A席:¥4,500
A席ユース:¥1,500
Z席:¥2,000
※ユース券は、ご来場の演奏会当日に25歳未満の方が対象
※未就学児童のご入場はできません
※ご来場の際には、近隣の駐車場には限りがございますので、公共交通機関をご利用ください。

※メールによる受付は終了いたしました。ご希望の方は、仙台フィルサービスまでお問い合わせください。演奏会当日は、完売の場合を除き会場窓口にてチケットを販売いたします。

お問い合わせ

仙台フィルサービス

TEL:022-225-3934

※お電話でのお申込みは、9月15日(金)の正午まで

 プログラムノート

寺西 基之

モーツァルト 歌劇「魔笛」K.620より 序曲

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756-91)の傑作オペラ「魔笛」は、彼が残したオペラの中では最後の作品となったものである。ジャンルとしてはジングシュピールというドイツ語の民衆オペラ(歌だけでなく台詞も入る)に属するもので、ウィーン郊外のヴィーデン劇場で劇の公演を行なっていた劇団座長シカネーダーの依頼によって書かれた。作曲に取りかかったのは1791年春のことで、モーツァルトはシカネーダーから小屋をあてがってもらってそこで筆を進めたが、夏には、別のオペラ「皇帝ティートの慈悲」の作曲のために一時創作が中断されたこともあって、結局完成は9月に持ち越される。9月30日に行われた初演はモーツァルト自身が指揮をとり、結果は大成功だった。その後彼は健康を害し、結局12月5日に世を去ることになる。

 

物語は一見お伽噺風のものだが、民衆劇らしいメルヘン的な楽しさの中に、聖と俗や善と悪の世界の対立、男女の愛と試練などのテーマが盛り込まれ、崇高な厳粛さや哲学的な意味合いなどの多様な要素を内包したオペラとなっている。特に善と昼を代表する高僧ザラストロの世界は、モーツァルトもシカネーダーもともに会員であった秘密結社フリーメイソンの密教的な博愛思想と関わりがあるといわれる。

 

本日演奏される序曲も、まずザラストロの世界を表すアダージョの序奏が置かれており、厳かな雰囲気を作り出す。一転アレグロとなる主部はソナタ形式をとり、ポリフォニックな書法を取り入れて生き生きと発展するが、展開部に入るところで、第2幕でのザラストロ率いる僧たちの会議の場面でのファンファーレが鳴り響き、このオペラの持つ意味合いを象徴的に示しているのが興味深い。

 


 

シェーンベルク 浄められた夜 作品4

アルノルト・シェーンベルク(1874-1951)はアントン・ウェーベルン、アルバン・ベルクらとともに新ウィーン楽派と呼ばれ、このグループの指導者格にあたる。後期ロマン派の爛熟した語法から出発しつつ、表現主義を志向する中で無調の音楽の追求へと進み、無調のシステム化としての12音技法を開発して20世紀の音楽に測り知れない影響をもたらした。「浄められた夜」はまだ無調の道に進む以前の初期の代表作で、調的な響きを残した後期ロマン派の語法に基づいた作品である。もともと1899年に弦楽六重奏(ヴァイオリン2、ヴィオラ2、チェロ2)の編成で書かれ、世紀末ドイツの叙情詩人リヒャルト・デーメル(1863-1920)の詩集「女と世界」(1896)の中の詩に基づいた標題的な内容を持つ(原詩もオリジナルのスコアの冒頭に掲げられている)。デーメルに共鳴していたシェーンベルクはこの詩人の詩による歌曲も幾つか作曲しているが、この「浄められた夜」でもシェーンベルクは、愛し合う男女の心の内奥に分け入った表現主義的な内容のデーメルの詩のストーリーを音で描きつつ、その根底にある世紀末的な精神性を官能的なロマン的響きのうちに巧みに表現している。いまだロマン主義的な音楽語法の枠の中から抜け出してはいないものの、表現主義的な響きを先取りする要素もはらんだ作品で、やがてそうした方向を突き詰めていくことでシェーンベルクは無調への道に進んでいくことになるのである。なお原曲は前述のとおり弦楽六重奏のための作品だが、シェーンベルクは1917年にこれを弦楽オーケストラ用に編曲し、さらに晩年の1943年にそれに改訂を施している。

 

曲はニ短調、暗く重い雰囲気で始まる冒頭部では、夜の枯れた林の中で一組の男と女が歩いており、月も彼らとともに歩んでいる、といった情景が描かれる。下行する音型が繰り返されるがこれは“歩みのモティーフ”である。

 

ほどなくテンポが上がって、ヴィオラの“女の声のモティーフ”が、女が語り始めたことを示す。「私は身ごもっています。それはあなたの子ではありません。私は罪を犯し、……自らを辱めてしまったのです。幸福など考えてもいませんでしたが、ただ生きることの充足、母になることやそのつとめに強く憧れていたのです。そこで思い切って、震えながらも見知らぬ男に身をまかせ、それを祝福さえしたのです。しかし今、人生は私に仕返しをしました、このようにあなたという人に出会ったことで。」 こういった女の罪の意識、母になることへの憧憬と喜び、絶望と心の葛藤といった複雑な心中が、幾つかのモティーフとその発展によって表し出されていく。やがて冒頭の“歩みのモティーフ”が回帰、その反復のうちに月に照らされた女の足取りがおぼつかないものになっていることが示される。

 

これが静まったところで、男が口を開くことがチェロに出る“男のモティーフ”によって示される。「おなかの子をあなたの魂の重荷にしないように。ごらん、世界は澄んで輝いているよ。君は僕とともに冷たい海の上を漂っているが、2人のあいだにはきらめく不思議な温みが互いに通いあっていて、それがお腹の中の見知らぬ人の子供を清めてくれるだろう。その子を僕の子として産んでおくれ。君は僕に輝きをもたらして、僕を子供にしてしまった。」 音楽もニ長調を軸にしたロマン的な情感に満ちた響きのうちにこうした男の気持ちを映し出す。それは2人の愛の陶酔の表現に発展、大きな高揚をみせていく。そして男は女の腰を抱き、2人は口づけを交わして、静かに奏される“歩みのモティーフ”のうちに月明かりの夜の中を歩み去り、曲は印象的なアルペッジョの余韻のうちに閉じられる。

 


 

シューマン 交響曲第4番 ニ短調 作品120

ドイツ・ロマン派を代表するロベルト・シューマン(1810-56)は交響曲を4曲残しているが、その中でこの第4番は成立事情がやや込み入っている。初期の1830年代にはほとんど専らピアノ曲を手掛け(この時期にも交響曲を試みているのだが完成はみなかった)、愛するクララとの結婚にこぎつけた1840年には歌曲を量産した彼は、1841年になって今度は管弦楽のジャンルに本格的に取り組んだ。この年、まず交響曲第1番「春」を書き上げた彼は、続けて「序曲、スケルツォ、フィナーレ」、ピアノと管弦楽のための「幻想曲」(のちに有名なピアノ協奏曲の第1楽章となる)を生み出した後、5月終りに2番目の交響曲の構想に取りかかる。この2番目の交響曲こそ、今日第4番として知られる交響曲ニ短調の初稿にあたるものである。この初稿は1841年12月6日ライプツィヒでフェルディナント・ダーフィトの指揮で初演されたが失敗に終り、出版もされなかった。

 

お蔵入りとなったその交響曲ニ短調にシューマンが立ち返ったのは10年後のことだった。彼はその間の1845-46年に交響曲第2番を、1850年には第3番を書いて交響曲書法を深めていた。それによって、改めて旧作の交響曲ニ短調を見直し、手直ししようという気になったのだろう。1851年12月に始められた改訂作業はオーケストレーションや細部の楽節の変更など、きわめて大がかりなものとなり、仕上がった改訂稿の自筆譜に彼は「交響的幻想曲、1841年にスケッチ、1851年に新たにオーケストレーション」と記した。10年前の初稿をスケッチと位置付けている点に、いかに大幅な改訂を施したかが窺えよう。

 

こうして装い新たとなったニ短調交響曲は1853年3月3日、シューマン自身の指揮によってデュッセルドルフ(当時彼は同市の音楽監督を務めていた)で初演されて大成功を収めた。出版もその翌年になされ、この時に交響曲第4番という番号が付されたのである。

 

2つの稿を比べると、すっきりとした響きの初稿に比べて、改訂稿はロマン的な濃厚な響きが志向されており、楽器を平行して重ねたり、新たに対旋律を加えたりなど、オーケストレーションがより分厚いものになっている。また初稿では8分音符だった第1楽章のアレグロ主題が改訂稿では16分音符になっている点、初稿は4分の2拍子だった第4楽章主部が改訂稿は4分の4拍子に変更されている点、速度発想表記も初稿ではイタリア語だったのに対して改訂稿はドイツ語である点、さらにその他にも細部の多くの変更点があり、それによって、古典的な明快さを持っていた初稿に比べ、改訂稿は重厚なロマン性が際立つものになっている。

 

もちろん初稿もそれ独自の魅力があり、ブラームスなどは初稿を高く評価し、彼の尽力により1889年に初稿の蘇演がフランツ・ヴュルナーの指揮で実現され、出版も1891年にヴュルナーの校訂(改訂稿のオーケストレーションを部分的に取り入れた形ではあったが)でなされた。近年は初稿の自筆譜に沿った校訂版も出されたことで初稿の演奏も増えてきたが、一般には今日でも改訂稿が取り上げられることが多く、本日も改訂稿で演奏される。

 

全体は4楽章からなるが、楽章間は休みなく続けて演奏される(シューマン自身は単一楽章とも記している)。

 

第1楽章 かなり遅く~生き生きと、ニ短調。まず重苦しい気分を持つ序奏が置かれており、そこで徐々に主部の主題が形作られていく。悲劇的な性格の主部はソナタ形式の手順に沿って進行していくが、展開部はその前半で展開した内容を後半で調を変えてそのまま繰り返すという形をとり、再現部はまるまる省略されてコーダに進む。

第2楽章 ロマンツェ、かなり遅く、イ短調。オーボエとチェロ独奏のデュエットが哀感に満ちた主題を奏で、やがて第1楽章の序奏も現れる。叙情的な中間部(ニ長調)は下行音階を中心とし、独奏ヴァイオリンの甘美な歌が生かされる。

第3楽章 スケルツォ、生き生きと、ニ短調。ダイナミックなスケルツォ。トリオ(変ロ長調)では第2楽章の中間部の主題が若干変形されて用いられている。

第4楽章 遅く、ニ短調~生き生きと、ニ長調。第1楽章の主題に基づく序奏がその緊迫度を高めたところで、その緊張を一気に解放するような第1主題(第1楽章展開部の素材と関連)とともに、ソナタ形式の主部に入る。活力に溢れるフィナーレで、最後は高揚感に満ちたコーダで締め括られる。

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