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コンサート情報

第309回定期演奏会

日程
2017年5月19日(金)・20日(土)
19日/午後7時開演(午後6時30分開場)
20日/午後3時開演(午後2時30分開場)
場所

日立システムズホール仙台
コンサートホール

出演

指揮:パスカル・ヴェロ
ピアノ:北端 祥人
トランペット:森岡 正典*

プログラム

シチェドリン:管弦楽のための協奏曲第3番
ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲第1番 ハ短調 作品35*
シュニトケ:「道化師と子供たち」より
       I .Title Music
       II.Intermezzo
       I .Title Music
ショスタコーヴィチ:交響曲第9番 変ホ長調 作品70


プログラムノートをご覧いただけます。下へスクロールしてください。

料金
【全席指定】
S席:¥5,000
S席ユース:¥2,000
A席:¥4,500
A席ユース:¥1,500
Z席:¥2,000
※ユース券は、ご来場の演奏会当日に25歳未満の方が対象
※未就学児童のご入場はできません
※ご来場の際には、近隣の駐車場には限りがございますので、公共交通機関をご利用ください。

19日(金)のA席、Z席は売り切れました。
※20日(土)のZ席は売り切れました。
※メールによる受付は終了いたしました。ご希望の方は、仙台フィルサービスまでお問い合わせください。演奏会当日は、完売の場合を除き会場窓口にてチケットを販売いたします。

お問い合わせ

仙台フィルサービス
TEL:022-225-3934
※お電話でのお申込みは、5月19日(金)の正午まで

ヴェロが語る 5月定期“20世紀ロシア・プログラム”の聴きどころ!

 

2017年のシーズン幕開けを飾るパスカル・ヴェロ渾身のプログラムは、シチェドリン、シュニトケ、ショスタコーヴィチの珍しい作品を一度に味わえるまたとない機会だ。ソビエト体制下での活動を余儀なくされた彼らの言葉なき音楽を通じ、果たしてヴェロはなにを訴え、何を聴かせてくれるのだろう。演奏会を前に、プログラムへの想いを聞いた。

(聞き手:正木 裕美)

 

「定期演奏会の柱の1つとして、私はプロコフィエフ、ショスタコーヴィチらが作り上げた“ロシア音楽の波”みたいなものを表現したいと思っています。ところがロシア公演を機に、ある疑問に突き当たりました。それは、プロコフィエフの交響曲第5番、ショスタコーヴィチの交響曲第5番や10番だけがなぜ、レパートリーとして扱われるのか、そしてこの作曲家のまわりには一体何があるのか、ということです。ロシアのこの時代には私たちが普段耳にすることのない膨大な数の作品があり、作曲家たちは互いに繋がりがありました。例えば、今回取り上げるシチェドリンは、ショスタコーヴィチの交響曲第7番のリハーサルを疎開先のサマラで聴いていましたし、シチェドリンはシュニトケと同じ世代だったのです。

当時は政治家が音楽を統制していた時代です。映画産業はプロパガンダとしてとても有効でしたので、映画音楽の需要がものすごくありました。ですから、シュニトケをはじめとする作曲家たちに、『道化師と子供たち』のような映画音楽を作らせたのです。この“道化師”にはいったいどんな意味があるのでしょう。一見すると道化師は楽しそうな顔をしていますが、実際は悲しみに暮れています。この時代のロシアの音楽には、このように必ず2つの意味——―ひとつはプロパガンダ、そしてこれとは別の意味が、存在しています。

ショスタコーヴィチの交響曲第9番では、戦争の勝利が謳われる反面、孤独感が隠されています。サウンドにおいても、音域が異なるトロンボーンと直後のピッコロによるコントラストが象徴的ですね。これらはショスタコーヴィチやプロコフィエフによる典型的な特徴ですが、シチェドリンやシュニトケなど同時代の作曲家たちに少なからず影響を与え、音の作り方や様式に表れています。それはおそらく、当時の体制と民衆のような相対するものから通じていて、このコントラストを提示することが、作曲家たちが言いたいけれど言えないことを表す手段、そして彼らのテーマでもあったのではないでしょうか。ですから私は今回の演奏を通じ、作品のひとつの側面だけでなく、必ず存在する別の側面も、皆さんに知って頂きたいと思っています」

 


 

プログラムノート

寺西 基之

シチェドリン 管弦楽のための協奏曲第3番「古いロシアのサーカス音楽」

ロディオン・シチェドリン(1932-)はモスクワ音楽院出身、1950年代半ばから頭角を現し、旧ソ連の代表的作曲家としての地位を確立した。1973年から17年間にわたりソ連作曲家同盟議長も務めている(夫人は2015年に没した名バレリーナのマイヤ・プリセツカヤ)。若い時からロシアの民族音楽の語法を活用した民族的作風を追求、後年は現代的手法を取り入れた実験的作風も示すようになるが、民族的な本質は一貫して彼の音楽の土台となっている。

管弦楽のための協奏曲第3番は「古いロシアのサーカス音楽」という題を持つ曲で、シカゴ交響楽団創立100周年記念のために同団の委嘱で1989年に作曲された。ちょうどペレストロイカの時期で、創作にあたってロシアの解放と再構築への希望が自身に活力をもたらしたことをシチェドリンは述べている。初演は1990年10月25日にシカゴで、ロリン・マゼール指揮シカゴ交響楽団によってなされている。

題のとおりサーカスのイメージに基づく作品で、シチェドリンによると、19世紀には旅回りのサーカスが人々に笑いや涙などをもたらし、ロシアの日常に大きな役割を果たしていた。そうした今では忘れられつつあるロシアのローカルな生活に自分の音楽を通して触れてみたという。そして禁欲主義的、沈思・哲学的、修道士的な現代の音楽傾向に対抗し、意図的に色彩感、絵画的音描写、ユーモア、刺激的で表面的かつ娯楽的なものをこの曲で追求したと述べている。

作品は演奏時間25分程の単一楽章のうちに、町にやって来たサーカスが様々な芸を披露し、また去っていくという情景が描かれる。多数の打楽器の効果、管のソロの妙技、特殊な響きを作り出す弦の用法など、“管弦楽のための協奏曲”というに相応しい鮮やかな楽器法にはシチェドリンの面目躍如たるものがある。

まずフルートに始まるざわめきの中、呼び込みラッパを示すファンファーレが鳴り響いてサーカスが開演。大太鼓とティンパニと弦のピッツィカートのひそやかな歩みの上で特徴的な全曲の主要動機(すでに序奏にも示唆されていた動機)がフルートに出現、この動機を中心に様々な楽想が次から次へと脈絡なく現れ、テンポも音色も音量も目まぐるしく変化しながら、サーカスのいろいろな場面を走馬灯のように描出していく。楽想も、快活なものもあれば、叙情的なもの、仰々しいもの、俗っぽいものなど実に雑多で、響きも陳腐なまでのお決まりの和声を軸としつつ無調的な混沌まで極端に揺れ動く。その雑然ぶりこそ、シチェドリンが意図した「刺激的で表面的かつ娯楽的なもの」であり、サーカスの本質的な楽しさを映し出したものだろう。その中にあって開始8分程からのクラリネットを中心としたロマン的な緩徐部分が際立ち(作曲者によると「バレエの“グラン・アダージョ”のパロディ」)、また開始16分程に出現するやはりクラリネット主導のレント・アッサイ部分では弦のハーモニクスやトレモロが神秘的な一節を作りだして効果的だ(この部分では内声のヴィオラのトレモロにロシアの有名な歌「黒い瞳」が引用され、任意ながら声に出して歌うよう歌詞も楽譜に記されている)。最後、サーカス一行がパレード風の行進で次第に遠ざかっていく音描写も巧みで、その後プレストの短い鮮烈な結尾で締め括られる。


 

ショスタコーヴィチ ピアノ協奏曲第1番 ハ短調 作品35

旧ソ連を代表する作曲家ドミトリー・ショスタコーヴィチ(1906-75)は、生涯の間に何度か国家(ソヴィエト共産党)から作品を厳しく批判されるなど、社会主義リアリズムの芸術政策を掲げる当局の圧力のもと、自らの芸術的良心を貫こうと苦悩しながら創作を続けた。反体制的メッセージを暗号のようにしのばせたり、意味ありげなパロディックな書法を用いたりなど、彼の作品の多くには弾圧の中で生きる芸術家のしたたかさが窺える。

このピアノ協奏曲はまだ批判される前の1933年に書かれた初期の代表作のひとつ。彼の作品が当局から最初の厳しい批判を浴びるのが1936年で、オペラ「ムチェンスク郡のマクベス夫人」に対する共産党機関紙プラウダによる批判だったが、その「マクベス夫人」の上演の準備が進められていた頃に、この協奏曲は作曲されている。編成は独奏ピアノ、トランペット、弦合奏といった擬バロック風のもので、スタイルの点では新古典的な作風を示している。しかしその中に自作・他作の様々な曲を引用し、大衆音楽の要素を導入したり、伝統形式の常套的側面を誇張したりなどの風刺性を示している点がショスタコーヴィチらしい。初演は1933年10月15日レニングラード(現サンクトペテルブルク)にて、彼自身のピアノでなされている。

第1楽章 アレグロ・モデラート(アレグレットとなっている版もある) 自由なソナタ形式をとり、厳粛な趣の第1主題(ベートーヴェンの「熱情」ソナタの引用といわれる)と茶化したような第2主題(アレグロ・ヴィヴァーチェ)を持つ。

第2楽章 レント 感傷的な叙情を湛えたワルツ。中間部では悲劇的な盛り上がりを示した後、弱音器付きのトランペットによって主題が回帰する。

第3楽章 モデラート 短い間奏的な楽章で、ピアノの軽やかなソロに始まり、重々しい弦がそれに応じる。

第4楽章 アレグロ・コン・ブリオ 様々な要素をコラージュ風に繋いだ快活なフィナーレで、トランペットの活躍もめざましい。ピアノのカデンツァを挟んでコーダに入り、最後はハ長調の主和音を殊更に強調して閉じられる。


 

シュニトケ 「道化師と子供たち」より

前述のように旧ソ連当局は社会主義リアリズム政策に従うことを芸術家に強要したが、それに反抗してわが道を追求し続けた芸術家も存在した。アリフレート・シュニトケ(1934-98)もそうした反骨の鬼才作曲家のひとりで、セリーや電子音楽などの前衛的手法を通った後、様々な様式・種々の語法を混合させた多様式主義をとるようになった。彼の音楽では、過去から現代の前衛に至る様々な音楽の書法や民族的・宗教的な語法など、種々の要素を取り込むことが表現の土台となっている。

本日聴く「道化師と子供たち」は映画音楽ということもあり、ほぼ伝統的な語法一色だが、シュニトケの鋭いセンスは随所に窺える。アレクサンドル・ミッタ監督による1976年の映画のための音楽で、ドイツの指揮者・編曲家のフランク・ストローベルによって2002年に編曲・組曲化された。本日はその5曲の組曲中の第1曲と第2曲が取り上げられる。

第1曲“タイトル音楽”はいきなりフレクサトーン(振ることで金属球を薄い鋼に当てて音を出す金属打楽器)の鮮烈な響きで始まる活力に満ちた音楽。第2曲“間奏曲”はワルツのテンポによるどこか頽廃的な舞曲。どちらもソ連の大衆音楽の音調のうちにシニカルな要素をまぶした趣の音楽で、本日は第2曲の後にもう一度第1曲を演奏するとのことである。


 

ショスタコーヴィチ 交響曲第9番 変ホ長調 作品70

ピアノ協奏曲の項で触れたように、ショスタコーヴィチは1936年に共産党機関紙プラウダから厳しい批判を浴びた。彼を槍玉にあげて芸術界の粛正を図ることが当局の目的であったが、その批判の結果彼は全ての仕事を失ったばかりか、関係者や親族にまで圧力が及ぶなど、窮地に陥ってしまう。彼が名誉回復を果たすのは翌年、交響曲第5番によってであった。最近ではこの作品の裏に実は巧みに体制批判的な意味を潜ませてあることが指摘されているが、少なくとも表面上は社会主義リアリズムに沿ったこの作品によって彼は第一線での活動の再開を果し、ソ連を代表する大作曲家としての地位を確かなものとしていく。

本日の交響曲第9番は1945年すなわち第2次大戦終戦の年の所産である。戦勝ムードの中、当局は勝利を祝い、それをもたらしたスターリンを賛美する祝典的な作品を作ることを芸術家に求めており、とりわけ自国の誇る作曲家ショスタコーヴィチにはそうした勝利を讃える壮麗な交響曲を書くことを期待していた。また彼自身も「賛歌の付いた勝利の交響曲」を作曲していると語っていた。

しかしそうした期待を裏切るように、完成された交響曲第9番は軽妙な曲想を中心とした古典派風のやや小ぶりなスタイルの作品だった。これが当局を激怒させたことは言うまでもなく、この作品を堕落した形式主義として激しく非難する。そしてこれがきっかけのひとつとなって、ソ連の作曲家たちに対する当局による1948年の大粛清(ジダーノフ批判)へ発展していくことになるのである。

もちろんこの作品は単に先祖返りのような古典的な交響曲ではない。全体はシニカルな表現に貫かれ、茶化したような楽想、痛烈なアイロニー、その中に見え隠れする暗い影など、ショスタコーヴィチは古い形式をパロディ化することで、当局の側こそがまさに形式主義であることを皮肉っているかのようだ。とりわけ終楽章の諸主題はユダヤの民謡のパロディで、反ユダヤだったスターリンに対する当てこすりとする見方もある。一見軽妙洒脱な作風のうちに反骨精神を示した作品といえるだろう。初演は1945年11月3日レニングラードでエヴゲニー・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルによってなされた。

第1楽章 アレグロ 古典的なソナタ形式によるが、その扱いはきわめてパロディックで、想定外の不協和音やからかうような楽想の挿入など、皮肉な精神に満ちている。

第2楽章 モデラート ノクターン風の緩徐楽章。クラリネットのモノローグに始まり、叙情の中にも不気味な緊張感が漂う。

第3楽章 プレスト 快活さのうちにアイロニーを織り込んだスケルツォ。中間部ではトランペットが勇ましい旋律を吹く。休みなく次の楽章へ。

第4楽章 ラルゴ 金管の悲劇的なファンファーレとファゴットの嘆きのレチタティーヴォによる荘重な緩徐部分で、深淵を覗き見るような深刻さを持つ。そのまま終楽章へ。

第5楽章 アレグレット 軽快さのうちに諧謔味を含んだファゴットの民俗舞曲風の主題に始まるフィナーレ。明るい外観のうちに複雑な表情が交錯し、次第に盛り上がりを示す。

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