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楽団員インタビュー~ハーモニーな楽屋~

構成 / 西大立目 祥子

Vol.34 チェロ 山本 純Interview

画像-チェロ:山本 純

オーケストラが秘めている可能性は大きい。
社会の中で、都市の中で、いろんなことを実現できるはずですよ。

趣味は、お酒を飲みながら料理をつくること。「作る料理は…うーん、何でも!。あれ、これって楽器遍歴と同じかも(笑)」

チェロに出会うまでの紆余曲折

チェロに出会うまでが長かったんです(笑)。最初は、小さな子どもたちのための音楽教室からスタート。小2からはピアノを始めて、けっこう楽しくレッスンに通いました。中1からはブラスバンド部ヘ。フルートを希望したんですが、やりたい人が多過ぎてなかなか触れず、ユーホニウムを吹いたり、チューバをやったり。高校に入ってもチューバを吹いてたなあ。そうそう、それでも高校のときは、アンサンブルコンテストの第1回東北大会で、フルートを演奏して銀賞もらったこともあったんですよ(笑)。

山形大学の音楽科に進学するんですが、まだまだチェロには行きつかない(笑)。専攻は声楽で、1年間、テノールの勉強をしていたんです。ようやく訪れたチェロとの出会いは、授業での学生オーケストラがきっかけでした。2年生から4年生までの約100名の学生全員でオケを組んだんです。「ヴァイオリンか、ヴィオラを」と思っていたのに、楽器選びの場を仕切る先輩たちに押され、最後に残った楽器を選ばざるを得なくなった。それがチェロだったわけですよ(笑)。

オケでチェロを弾くのは実に楽しかったですね。巌本眞理弦楽四重奏団のチェリストだった黒沼俊夫先生のご指導を受けました。フランクのシンフォニーで舞台に立ったのが忘れられません。山響のメンバーと室内楽を組ませてもらったり、いろいろな経験を積む中で、いつしか音楽教師ではなく演奏家を思い描くようになりました。

階段を上がるように仙台フィルは成長した

入団して28年。仙台フィルはすごく変わったともいえるし、全然変わっていないともいえると思います。変わったのは音。技術も人数もアップし、ヨーロッパ公演などの経験も積んで、階段を上がるようにいい方向に歩んできました。一方、変わらないのは音楽への姿勢ですね。常に一生懸命。手を抜くことなんて考えもしない。当たり前のことに情熱を持って取り組んできたことは、誇っていいと思います。

ときどきエキストラとして他のオーケストラと共演することがあるのですが、戻ってくると「ああ、仙台フィルはいいオケだ」と実感します。たぶん団員の多くが感じているでしょう。音がいい、そして人のつくり出す雰囲気が暖かいんです。お客様とのいい関係が、仙台フィルを育てたということもいえますね。会場から伝わってくる熱い思いは、いい演奏を引き出しますから。

市民の身近なところに、音楽はあるべきもの。ベルリンフィルやウィーンフィルの名演奏がCDでそろっていれば十分とはいえません。同時代の生の音を聴くって大切なことではないでしょうか。たとえば、東北の「こけし」が伝統を踏まえつつも、作家それぞれの表現が加味された新作を味わっていくように。

音楽は宗教も国と国との対立も越えるものなのですから、オーケストラはもっと評価されていい。都市の中で社会の中で、いろんなことを果たす可能性を秘めているのではないでしょうか。

やまもとじゅん
山形大学教育学部音楽科卒業。大学卒業後、オーケストラのエキストラなどのフリー活動を経て、1983年、仙台フィルに入団。山形県藤島町(現在は鶴岡市)生まれ。

第252回定期演奏会(2011年1月21日22日)プログラムより

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