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コンサート情報

第313回定期演奏会

日程
2017年10月27日(金)・28日(土)
27日/午後7時開演(午後6時30分開場)
28日/午後3時開演(午後2時30分開場)
場所

日立システムズホール仙台
コンサートホール

出演

指揮:パスカル・ヴェロ
クラリネット:ダビット・ヤジンスキー

プログラム

バーバー:序曲「悪口学校」作品5
コリリアーノ:クラリネット協奏曲
コープランド:バレエ組曲「ビリー・ザ・キッド」
バーンスタイン:「ウェスト・サイド・ストーリー」よりシンフォニック・ダンス

料金
【全席指定】
S席:¥5,000
S席ユース:¥2,000
A席:¥4,500
A席ユース:¥1,500
Z席:¥2,000
※ユース券は、ご来場の演奏会当日に25歳未満の方が対象
※未就学児童のご入場はできません
※ご来場の際には、近隣の駐車場には限りがございますので、公共交通機関をご利用ください。

※28日(土):Z席は売り切れました。
※メールによる受付は終了いたしました。ご希望の方は、仙台フィルサービスまでお問い合わせください。演奏会当日は、完売の場合を除き会場窓口にてチケットを販売いたします。

お問い合わせ

仙台フィルサービス
TEL:022-225-3934
※お電話でのお申込みは、10月27日(金)の正午まで

パスカル・ヴェロが語る“アメリカの音楽遺産と今日”

 

 パスカル・ヴェロが贈るプログラム3本柱のひとつ、アメリカ音楽。10月の定期演奏会ではそのアメリカ音楽をテーマに、コープランドやコリリアーノ、バーンスタインの「ウェストサイド・ストーリー」まで幅広い作品が予定されている。かつてボストンで指揮を重ねたヴェロだからこそのラインナップ、今回は“アメリカの音楽遺産と今日”が、プログラムを紐解く鍵となりそうだ。

(聞き手:正木 裕美)

 

 「アメリカ音楽と一口に言っても、エリオット・カーターやチャールズ・アイヴズなど、興味深い作曲家や作品は山ほどあります。ですから“アメリカの音楽遺産”を本格的に紹介するには、私たちはそれこそ音楽祭を企画しなければならず、1回の演奏会で紐解くのはとても不可能です。そうなれば、もうエンターテインメントとして、生き生きと、踊りの要素もあり、驚きもある、アメリカ音楽の多様な面に出会い、お楽しみ頂きたいと思っています。
 その中でも、コープランドは本当の意味で“アメリカの音楽遺産”だと私は思っています。コープランドはフランスへ渡ってナディア・ブーランジェに学びました。ちょうど万国博覧会が開催されるようになり、フランスをはじめとするヨーロッパでは文化への興味・関心が高まった時代ですね。そして帰国後はチャールズ・アイヴズに次ぎ、“アメリカ音楽”を打ち立てた第一人者として活躍しました。今回は演奏しませんが、例えば『市民のためのファンファーレ』などはその良い例です。ヨーロッパで学んだコープランドでしたが、おそらくこのような作品を通じて、自分のアイデンティティを再発見したのでしょう。だからこそ、単にアメリカ音楽を代表する作曲家ではなく、“アメリカ音楽の体現者”なのです。
 対して、コリリアーノのクラリネット協奏曲は“アメリカの今日”を表す作品のひとつですね。とても技巧的で、ソリストには非常にハイレベルな演奏が求められます。コリリアーノといえば、2015年に演奏した『プロムナード序曲』をご記憶の方もいるのではないでしょうか?誰もいないステージに打楽器奏者、指揮者、フルート奏者が次々と登場する、冒頭からユニークなあの作品です。今回異なる作品を聴くことで、また新たな発見があるかもしれませんよ。
 このように新しい作品を、例えば演奏会に1曲ずつ混ぜていくでしょう? そうすると、聴き手の皆さんも慣れてくると同時に新しい音楽へと視野がひらけ、“知る”喜びにもつながる。それが好奇心へと繋がり、今度は皆さんが新しいものを求めるようになるかもしれません。だからこそ、私たちはこうした作品にチャレンジしているのです」

 


 

 プログラムノート

寺西 基之

バーバー 序曲「悪口学校」作品5

サミュエル・バーバー(1910-81)は20世紀アメリカ作曲界の重鎮的存在で、作風は保守的な傾向が強いが、その中にも鋭い閃きを感じさせた作曲家だった。

 

序曲「悪口学校」は1931年、カーティス音楽院在学中の初期の所産。イギリスの劇作家シェリダンの同名の喜劇(1777年)に触発されて作曲した演奏会用序曲で、この喜劇のエッセンスを才気溢れるセンスと確かな書法で表現している。1933年8月30日にフィラデルフィアで初演されて成功を収め、彼の出世作となった。

 

曲はソナタ形式、短い導入の後にヴァイオリンが奏でる落ち着きのない第1主題、オーボエが示す叙情的な第2主題、クラリネットが導く軽妙な第3主題が続き、短いながらも緊張に満ちた激しい展開部の後、第1主題の力強い再帰とともに再現部に入り(第2主題はここではイングリッシュホルン)、喜劇的な華やかなコーダに続く。

 


 

コリリアーノ クラリネット協奏曲

現代アメリカを代表する作曲家ジョン・コリリアーノ[コリリャーノ](1938-)は、伝統的な語法から今日のモダンな書法にいたる様々な語法を自在に駆使しつつ、独自の道を追求してきた。手掛けたジャンルは幅広く、アメリカの音楽シーンに大きな影響を与え続けている。

 

伝統を尊重しつつ、今の時代に相応しい新しい音楽を創造しようという彼の姿勢は、本日のクラリネット協奏曲にも如実に示されている。これは比較的若い時期の作品で、ニューヨーク・フィルの委嘱により1976-77年に書かれた。ニューヨーク・フィルはコリリアーノにとって幼い時から特別な存在だった。というのも彼の父親はヴァイオリニストで、1943年から66年までの長きにわたってニューヨーク・フィルのコンサートマスターを務めていたのである(後述のバーンスタインがニューヨーク・フィルの音楽監督だった時代を含む)。彼はこの作品を書くにあたって、クラリネット独奏を生かすのみでなく、早くから親しんできたこの名門楽団をイメージして、フル編成のオケの響きと各奏者のソロを発揮させるような作品を意図した。その結果、協奏曲としては異例なほどオケが大編成(変則的な4管編成、打楽器も多数)となり、また後述のように終楽章は、舞台上の特殊な配置とともに、客席にもさらに楽器を配した独自の音響効果を狙ったものになっている。

 

独奏クラリネットのパートはニューヨーク・フィルの首席奏者スタンリー・ドラッカーを念頭において書かれたもので、きわめて高度な技術と表現力が必要とされる。その演奏の至難さは、現代きっての名手ポール・メイエが「エベレスト並」と述べているほどで、様々な奏法が駆使され、この楽器の可能性が多角的に追求されている。初演は1977年12月6日、ドラッカーの独奏、バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルによって行われた。

 

第1楽章“カデンツァス” 題が示すように独奏の2つのカデンツァが軸となる。冒頭の第1カデンツァは“鬼火”と題されているとおり、独奏が捉えどころなく動き回る。独奏が止み、厳かなオケに始まる“間奏”となるが、程なく独奏が入ってきて次第に激しさを増していく。その頂点で“太陽のコロナ”という題を持つ第2カデンツァに移行、ここでは活力ある独奏に打楽器群が呼応して峻烈なシーンが繰り広げられ、さらにオケ全体で緊張した盛り上がりを築くが、最後は独奏だけが残って静かに終る。

第2楽章“エレジー” 1975年に死去した父親に捧げる哀歌。弦の厳粛な響きを背景にクラリネット独奏が悲歌を歌う。しめやかに運ばれるアダージョ楽章で、途中からヴァイオリン独奏が中心となって独奏クラリネットとデュオを奏でる。コリリアーノはこの部分を、コンマスだった亡き父が首席クラリネット奏者ドラッカーとともにバーンスタインの指揮で演奏していた姿に重ね合わせている。

第3楽章“交唱風トッカータ” 交唱(アンティフォナ)とは元々は教会で2組のグループが交互に歌い交わす形態を指す語。ここではその原理がオケに応用される一方で、トッカータの題に相応しい動的な音楽が展開する。中世以来の交唱やバロック時代のトッカータの応用や、さらに主要楽想(冒頭程なくファゴット群に現れる)がジョヴァンニ・ガブリエリのソナタ(1597年)の引用であることなどには、伝統を尊重するコリリアーノの姿勢が窺えるが、その扱いは全く現代的で、複雑なリズムや音の不協和な衝突など、響きは実に鮮烈だ。全体通して独奏クラリネットの超絶的な技巧と表出力が聴きものである。楽章前半では独自の配置による舞台上のオケによって交唱もしくはステレオ的な音像が作り出される。冒頭からして弦の震える音が(スル・ポンティチェロという駒付近に弓を当てる奏法による特殊な音色も相俟って)右端から左端の奏者へと推移する。金管も左右に分けられ、特に左右対になったティンパニの掛け合いが生み出すインパクトがめざましい。楽章後半では客席を囲む形で配置されたホルン5、トランペット2、クラリネット2(その位置と高さもスコアに指示されている)も加わり、舞台上の独奏クラリネットやオケとともに、会場全体に音が飛び交う壮絶で刺激的な音響空間を作り出していく。

 


 

コープランド バレエ組曲「ビリー・ザ・キッド」

アーロン・コープランド(1900-90)はニューヨークに生れ、音楽に関してはやや奥手だった。しかしパリに留学、N.ブーランジェに師事して作曲の才能を開花させる。当初はジャズの語法に不協和音を結び付けるなど先鋭な手法をとっていたが、やがてより広い聴衆に訴え得るべく、アメリカの民謡や伝統歌を用いた聴きやすい作風を追求するようになる。1938年のバレエ「ビリー・ザ・キッド」(同年シカゴ初演)はそうした特徴がはっきり示された彼の代表作。アメリカ西部開拓時代の伝説的な無法者ビリー・ザ・キッドの波乱の生涯を扱ったバレエで、伝統的なカウボーイ歌なども取り入れたいかにもアメリカ精神に満ちた音楽である。演奏会用の組曲は作曲者自身が抜粋・編纂したもので、以下の部分が切れ目なく続けて演奏される。

 

“序奏:果てしない平原”は荒涼と広がる平原を描く緩やかな導入部で、冒頭のオーボエとクラリネットの旋律は全曲の重要な主題となる。次の“開拓者の町の通り”はカウボーイ歌や民謡などの活気溢れるメドレーで、そのまま“メキシコ舞曲と終曲”に続き、変化に富んだ音楽が繰り広げられる。“平原の夜(夜のカルタ遊び)”では、弱音器を付けたトランペットと弦が夜の静かな雰囲気を映し出す。一転して“銃撃戦”はビリーと保安官パット・ギャレットの部隊との拳銃による戦いの場面で、銃声を表す打楽器やピアノの響きが効果的。“(ビリー逮捕後の)祝賀”はビリー逮捕を祝う陽気な生き生きした音楽で、多調的書法が取り入れられている。“ビリーの死”は、一度は脱獄したものの再び追い詰められ最期を迎えるビリーを描くどこか哀しく空しさの漂う音楽。最後の “再び果てしない平原”では序奏の楽想が金管に回帰して大きな盛り上がりを築く。

 


 

バーンスタイン 「ウェスト・サイド・ストーリー」より シンフォニック・ダンス

レナード・バーンスタイン(1918-90)は何よりもアメリカが生んだ大指揮者として知られるが、作曲家としてもシリアスなジャンルからミュージカルや映画音楽まで多数の作品を手がけ、とりわけ初期にはミュージカルの分野で、従来のこのジャンルの枠を超えた手法を大胆に取り入れた革新的な名作を残した。

その初期の彼のミュージカルの代表作が「ウェスト・サイド・ストーリー」だ。構想は振付師ジェームズ・ロビンスから提案があった1949年に遡るが、本格的な着手は1955年になり、この時に宗教対立を背景にした悲恋という当初の設定から、白人のジェット団とプエルトリコ移民のシャーク団2組の不良グループによる人種対立を背景としたトニーとマリアの悲恋というテーマに変更された。台本をアーサー・ロレンツ、作詞を若いスティーヴン・ソンダイムが担当し、1957年(バーンスタインがニューヨーク・フィルの常任指揮者に就任した年)に完成、世界初演は1957年8月19日にワシントンでなされ、続いて9月26日からニューヨークのブロードウェイで上演されて記録的なロングランとなった。

作品としては、悲劇的なテーマを扱いつつ、近代的和声、フーガなどの技法、アリアや重唱の様式、ジャズその他民衆音楽の要素など、多種多様な手法を取り入れている点で、従来のミュージカルを大きく超えている。まさにミュージカル史上に革新をもたらした傑作である。

本日演奏されるのは演奏会用に抜粋・編曲された「シンフォニック・ダンス」。バーンスタイン自身が1960年に編んだメドレー風の組曲で(シド・レイミンとアーウィン・コスタルが協力)、1961年2月にルーカス・フォス指揮ニューヨーク・フィルによって初演された。

曲はジェット団とシャーク団の敵対を示す“プロローグ”に始まる。次の“どこかに”は平安を夢見る音楽。 “スケルツォ”ではトニーとマリアが踊る。体育館でのダンス場面からの“マンボ”は活気あるリズムが躍動し、打楽器やトランペットが活躍、楽員全員の叫びも入る。そのあとにトニーとマリアが互いに一目ぼれして踊るのが“チャチャ”で、弦のピッツィカートとフルートが心のときめきを映し出し、2人が初めて対話する短くも美しい“出会いの場面”に続く。“クール”はジェット団のリーダーがメンバーに冷静さを求め、逸る心を踊りで収めようとする場面の音楽で、スウィングのリズムが生き、独創的な“フーガ”へと発展して盛り上がる。“決闘”は2つのグループの対決場面の激しい音楽で、トニーがシャーク団リーダーを刺殺する悲劇的な結果となり、悲しげなフルート独奏に続く。“フィナーレ”はトニーが殺されてマリアと2つのグループが彼の死を弔う静かなエンディングで、原曲中のマリアの歌「私は愛している」の旋律を中心としたしみじみとした音楽である。

パスカル・ヴェロ インタビュー 第1回 旅の始まり ~フランスからの新たな風~


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