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楽団員インタビュー~ハーモニーな楽屋~

構成 / 西大立目 祥子

Vol.84 コントラバス:名和 俊Interview

コントラバス 名和 俊

たくさんの出会いが僕をここまで育ててくれました。
浅学非才な自分ですが、できることを丁寧に積み上げていこうと思っています。

 

 

 

神社仏閣がけっこう好きで、散策してるんです。東照宮、とても素敵です。

こうなりたいと思うあこがれの先生たち

高校卒業まで、いわき市で暮らしました。ちょうど東日本大震災と音大受験が重なり、震災の3日後、14日に京都芸大の受験に向かったことが忘れられません。地震で高校の校舎も半壊し、所属していた吹奏楽部の思い出深い部室も使えなくなってしまいました。

大学卒業と同時に仙台フィルに入団することができましたが、まわりの偉大な人たちに支えられてここまでこれた、というのが実感です。素敵な仲間、先生、家族に恵まれたんですよ、本当に。

コントラバスを始めたのは小3のときで、吹奏楽部の顧問の先生に「お菓子あげるから、おいで」と誘われたのがきっかけ。教えてくれたのは、あこがれの6年生の先輩でした。中学高校のときは、吹奏楽部の外部講師として読響のバス・トロンボーン奏者の篠崎卓美先生が指導にいらっしゃって、コントラバスをつかまえては激を飛ばすんです。「コントラバスは重要な役割を持つ楽器なんだ」という事を初めて認識させてくれました。

ずっと独学でしたが、高1の終わり頃、音大進学の気持ちがつのり、ある講習会に参加したら、仙台フィルの首席(当時)の村上満志先生が講師だったんです。同じ頃、音楽をやってる従兄弟に先生を探してもらったところ、そこでも村上先生の名前が上がって。出会うべくして出会ったのかもしれません。月に1、2度東京と仙台に通い、基本のテクニックから音楽的なことまで、すべて先生から学びました。レッスンはいつも熱心に指導してくださいましたね。京都芸大で出会ったN響首席の吉田秀先生にも、音楽はもちろん音楽家としての生き方やお酒の飲み方まで教えていただいて(笑)。こうやって振り返ると、本当に僕は他力本願でしたね(笑)。

まわりと交感できるプレーヤーをめざして

仙台フィルとのご縁をつくってくださったのも村上先生でした。大学1年のとき、初めてエキストラで来たんですが、弾けないし、まわりの音は聴こえない。休符のときにブーッなんて音出しちゃったりして。現場で失敗しながら経験を重ねていくしかないと覚悟しました。

4年のときに入団のオーディションを受けました。合格が決まり、ソロ首席の助川さんに「いっしょにやっていこう」といわれたときは本当にうれしかったです。村上先生には「これからが本当のスタートだよ」と念を押されましたけど。入団直前には、新人演奏家育成プロジェクトの演奏会で、ソリストとして仙台フィルと協演する夢のようなステージも叶いました。コントラバスは打楽器と同じようにオーケストラが保有しているんですが、いま僕は村上先生が弾いてらした楽器を弾かせていただいています。

すばらしい同世代の仲間2人(下路さん、小山さん)といっしょに入団して1年半。大変だけれど毎日楽しく過ごしています。浅学非才な自分なので、むやみにできないことに挑戦するより、まず自分にできることをひとつひとつ丁寧に積み上げて行く事が大切なのかな、と思っています。

仙台フィルは、団員同志の距離感が近くていい感じです。演奏って、それぞれ素の部分が出るコミュニケーションなんですよね。どんなに話のうまい人でも、自分の話ばかりする人って退屈じゃないですか。オーケストラはみんなでつくっていくものだから、互いに気持ちを寄せていこうと思っていないと合わせられない。もし誰かが間違えたとき、絶対にお客さまにさとられないようにチームプレーでカバーできるようなプレーヤーになりたいです。‥‥自分がミスったときにカバーしてもらえるようにね(笑)。

なわ しゅん
8歳からコントラバスを始め、福島県立湯本高校を経て、京都市立芸術大学音楽学部を卒業。2015年、卒業と同時に仙台フィル入団。第6回日本管弦打楽器ソロコンテスト金賞。第1回インターナショナルコントラバスコンペティション第2位。1992年福島県いわき市生まれ。

第305回定期演奏会(2016年11月19日)プログラムより

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