TOP> 楽団員インタビュー> 楽団プロフィール> 仙台フィルについて> 楽団員インタビュー~ハーモニーな楽屋~

楽団員インタビュー~ハーモニーな楽屋~

構成 / 西大立目 祥子

Vol.80 首席クラリネット:ダビット・ヤジンスキーInterview

首席クラリネット ダビット・ヤジンスキー

43年が経つ仙台フィルの伝統に、
僕ら若い世代が、新しくフレッシュな音楽の息吹を吹き込んでいきますよ。

 

 

 

趣味は旅ですね。いままで訪ねた国は55カ国です!

自由に生きていくために音楽を選んだ

生まれたのは社会主義体制下のポーランドです。当時は、自由がかなり制限される生活だったので、外国にも出られ比較的自由に生きていける道として、両親は僕をスポーツ選手か音楽家にと考えたんですね。それで、3歳からピアノを習い始めました。

6歳のときに東西冷戦が終わったのですが、小学校で本格的に音楽の勉強をすることになりました。向こうは音楽教育をする小学校があるんです。僕の通った学校は、ピアニストのツィマーマンが卒業しているんですよ。

クラリネットと出会ったのは、10歳のときでした。先生に、職業として音楽家をめざすのならピアノよりオーケストラの楽器の方がいいといわれ、楽器を選び直すことになったんです。ドアの向こうから聴こえてくるクラリネットの音色に、すぐに「これだ!」と決めました。どんなかたちの楽器か見る前に、まず音に心ひかれたんですね。

先生はすごく熱心でしたよ。90分の授業なのに、繰り返し繰り返し吹かされるうち2時間を超えてしまう。中学校へ進学してからは家にレッスンにきてくれるようになって、夕方から夜10時までみっちり。音楽的とはどういうことかを徹底して教わりました。あのころはフレージングひとつとっても、まだ東側(ロシア)のスタイルがありました。先生もそうでしたね。

スイスから教えにいらっしゃる先生がいて、その先生のつてで18歳のときチューリッヒへの留学がかないました。受験も特別に免除されてね。チューリッヒを拠点にしながら、フランス、ドイツ、イタリア…いろんな国のマスタークラスに参加したんですよ。

文学をとおしてあこがれていた国、日本へ

なぜ日本にって?僕はポーランドにいるころから日本の文学が大好きだったんです。特に、ポーランドの作家、W・ゴンブローヴィッチとノーベル賞を争った川端康成がね。『雪国』『千羽鶴』『眠れる美女』…その美しい世界にあこがれ日本に興味を持つようになりました。チューリッヒには日本人がたくさん留学していて友だちができ、その中に将来の僕の奥さんもいたんですよ。

彼女はドイツ生まれだけれど、日本に帰国したこともあって、日本のオーケストラが僕の選択肢になったんですね。彼女から、仙台フィルのクラリネット奏者のオーディションのことを聞いて、受けにきたんです。正直にいうと、もう一つの大好きな国、アイスランドのオケもクラリネット奏者を探していて、最後まで迷っていたんだけれどね(笑)。

仙台はとてもいい街ですよ。都市なのに、海にも山にも近い。僕、温泉大好きだし。

演奏について感じるのは、日本人の真面目さです。たとえば最初のリハのとき、みんなさらっていてすぐに合わせられるでしょ。これがスイスなら、めちゃくちゃ(笑)。一方で、指揮者のどんな指示にも、あまり異議を唱えることなく従うという面もあるかもしれません。僕なら、なぜそうかと質問しますね。

これからの仙台フィルについて思い描くのは、オープンで自然な音を奏でられるようになりたいということ。オケができて43年、新しい世代が加わることで新たな魅力を創っていきたいと考えています。まずは、1番クラリネットの仕事をしていかないとね。

Dawid JARZYŃSKI
ポーランド、カトヴィッツ市生まれ。カロールシマノフスキー音楽高等学校を卒業後、スイス、チューリッヒ芸術大学に留学。演奏家ディプロマ課程、ソリストディプロマなどを最高得点で卒業。ヨーロッパの国際コンクールでの受賞多数。チューリッヒオペラハウスで2年間活躍したのち、2012年仙台フィル入団。チューリッヒ芸術大学非常勤講師。

第301回定期演奏会(2016年5月13日,14日)プログラムより

このページのトップにもどる