TOP> 楽団員インタビュー> 楽団プロフィール> 仙台フィルについて> 楽団員インタビュー~ハーモニーな楽屋~

楽団員インタビュー~ハーモニーな楽屋~

構成 / 西大立目 祥子

Vol.79 ホルン 齋藤 雄介Interview

ホルン 齋藤 雄介

安定したコンディションと技量で、
ホルンの多様な役割をこなせるプレーヤーになっていきたいですね。

 

 

 

最近、山登りを始めたんです。月山、早池峰、栗駒…いいですよ。生涯かけて、百名山を踏破したいですね。えぇと…あと96山です(笑)。

見た目の美しさで選びとったホルン

なぜホルンかって?実は見た目なんです(笑)。音楽の教科書に写真が載っていたんですよね。管が丸くきれいにまとめられて、わあ、きれいな楽器だなあって、ほれぼれ(笑)。

先にカタチありきで、中学で吹奏楽部に入ったとき迷わずホルンを選びました。小2からピアノをやっていたんですが、ピアノって一人で弾く楽器でしょう。だからみんなで音を出す吹奏楽が楽しかったですね。コンクールでは上位に入賞はできなかったですが、放課後も朝も夢中でホルンを吹いていましたよ。

中2のとき、地区内の学校の合同バンドに選ばれたことがきっかけで、吹奏楽部でホルンを吹く高校生たちと出会いました。みんな親切で明るくて、この先輩たちがいる高校で吹奏楽をやりたい!とあこがれ、進学したんです。この高校を指導されていたのが、元仙台フィルのテューバ奏者の大塚哲也先生で、いろいろお世話になったんですよ。

音大に進もうかと思ったのは2年生のときですね。でも大塚先生に相談したら、進学も就職も厳しい世界…やめたほうがいいよと一蹴。それから1年じくじく悩み、やっぱり一度トライしないと後悔するな、と決心して再び先生にやりたいと申し出たんです。優柔不断なんですよ、食事のメニューなんかもなかなか決められない(笑)。

そこで、ホルンの先生を紹介していただきようやく個人レッスンを受け始めました。先生はあせったと思います。何しろアンブシュア(口のフォーム)なんかめちゃくちゃ。でもやさしい先生で、励ましてもらいながら1年頑張って、記念受験と思って受けた東京藝大に何と合格!先生がいちばんびっくりしてました(笑)。

入団から9年経っていまも必死

東京でのフリー生活を経て仙台フィルに入団したんですが、入団のとき先生に言われた「これからが大変だよ」という言葉が、いまになって身にしみてます。入団9年目ですが、いまも必死ですよ。自分のコンディションの波があって、プロとして求められる演奏のレベルの最低ラインを下回るんじゃないかとひやりとすることもあります。かといって、うまくいったときのレベルが高いかといえば、これも足りない…。ときどき、これで失敗したらやめよう、と自分にいい聞かせたりもするんです。まだまだオケマンとしては不十分だと思っています。

ホルンっていろんな楽器とのつながりが深いんです。たとえば弦楽器と同じ旋律を吹いたり、木管といっしょにアンサンブルをしたり、金管としてのサウンドづくりも大事。その都度、いろんな響きと違う役割を求められるんです。何というか、あまり物言わぬ陰のまとめ役。できるだけ安定して、その役割に応えていけるようになりたいですね。

この間、高校時代のビデオを見たら奏法なんてなってないのに、すごく楽しそうなんです。プロの演奏家としての楽しみはまた別なところにあるけれど、ああいう音楽をすることの楽しさを忘れちゃいけないな、と感じますね。

音楽ホール?もちろん欲しいです。そこがコミュニティの場になればいいですね。カフェがあったり子どもが遊びにきたり、音楽をやる人だけでなくいろんな人が集える場にね。音楽は多様化していて必ずしもクラシックだけが良いわけじゃない。ホールの実現のためにも、そこに思いをめぐらせながら、自分たちの演奏の水準を上げていかなければ、と思っています。

さいとう ゆうすけ
2005年に東京藝術大学を卒業後、2年間のフリー生活を経て、2007年に仙台フィルのホルン1番・3番奏者として入団。これまでにホルンを大森啓史、守山光三、松崎裕の各氏に師事。千葉県東金市出身。

第300回定期演奏会(2016年4月15日,16日)プログラムより

このページのトップにもどる