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楽団員インタビュー~ハーモニーな楽屋~

構成 / 西大立目 祥子

Vol.75 ヴァイオリン 伊部 祥子Interview

ヴァイオリン 伊部 祥子

高校受験、大学受験で大きな挫折を経験。
続ける中で、ようやく小さな自信が生まれてきました。

 

 

 

自然の景色を眺めて空気を感じているとストレスが発散する気がします。春は山菜採り、夏は木々の木漏れ日、秋は紅葉、冬は蔵王の樹氷を楽しみに。

イタリアの講習会で吹っ切れる

ヴァイオリンを始めたのは4歳のときです。いとこが才能教育のヴァイオリン教室に通っていたのを見て、「私もやりたい」といったらしいんですよ。1年ほどして別の先生に変わり、小3からは桐朋学園大学を卒業なさった先生の教室に通うようになりました。母の運転する車で1時間ほどのところ。親も一生懸命だったんでしょうね。

中学時代の部活は「帰宅部」(笑)。親にも先生にも後押しされてイヤとはいえず、何となく音楽高校をめざす流れに乗って、東京の先生にみてもらう生活が始まりました。

ところが受験に失敗。挫折感でいっぱいでした。母には「頑張ったんだから、もういいよ」といわれ、音楽はやめようと思ったほどです。全く違う環境の普通高校で勉強や部活を楽しみながらの毎日だったのですが、進路を決定する2年になって忘れかけていた音楽の道を再び考え始めました。細々と習い続けてはいたので先生に相談したところ「弾きたい気持ちがあるかどうかね」といわれ、「それはあるかな」と進路を決めたんですね。数学などに比べると、答えがない音楽の魅力にも気づきました。ところが、またもや挫折したんです。

受験で感じたのは田舎は情報不足だということでした。東京にいた姉のもとで浪人生活をしながら、7月にイタリアの講習会に参加しました。これがよかった。向こうの人はのびのび弾くし、拍手もあたたかい。迷いが吹っ切れて自信がつき、楽しんで弾けるようになりました。藝大に合格したときは、親も先生も泣いてよろこんでくれましたね(笑)。

とはいっても、藝大の4年間はまわりの人たちのレベルの高さに圧倒されるばかり。もっと力をつけたい、と思っているうちに卒業を迎えてしまいました。

毎日へとへとだった新人のころ

卒業後、4月にオーディションを受け入団しました。学生時代にオケを組んでいたといっても遊びみたいなものだったし、エキストラの経験もほとんどなかったのに、いきなりの定期演奏会。社会人としてちゃんとしなきゃ、がんばらなきゃ、よく見せようと緊張してへとへとでした。ずっと椅子に座ってみんなといっしょにやるということにさえ、疲れてましたね。

少しずつ他のパートの音を聴いてアンサンブルが楽しめるようになり、ようやく最近でしょうか、プロとして音楽をやり続けるっておもしろいことだな、と心から思えるようになったのは。いまは、室内楽をやるなど、オケの集団として演奏する以外の自分の演奏スタイルを持つのも大切だと思っています。

震災後、被災地に出向く活動の中で、音楽のあり方に新たな可能性を感じるようになりました。避難所や仮設住宅に出向くときは、定期演奏会などとは違い、ある面ではきびしい演奏環境ですが、それだけに何も演出できない中で演奏家のありのままの姿が全部見られちゃう。でもそこでお客さんとの強い一体感が生まれるんですよね。

入団した当時とくらべると、ヴェロさんのもとでみんなのびのび弾けてる感じがします。それぞれのパートが、考えを持って主張していますよね。

これからも演奏を楽しみながら続けていきたいと思っています。お客さんは、もっともっと増えてほしいですね。

いべ しょうこ
東京藝術大学を卒業後、2000年に仙台フィルに入団。2004年より1年間ローマ・サンタチェチーリア音楽院、アーツアカデミーで学ぶ。吉川朝子、大谷康子、澤和樹、藤原浜雄、F・アーヨ、デュオ・ペピチェッリの各氏に師事。1977年、長野県千曲市生まれ。

第296回定期演奏会(2015年11月27日,28日)プログラムより

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