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楽団員インタビュー~ハーモニーな楽屋~

構成 / 西大立目 祥子

Vol.63 首席ホルン 須田 一之Interview

首席ホルン 須田一之<

演奏活動の支えは、聴いてくださるお客さま。
地域に根ざした活動を続ける先に、オケの可能性があるのだと思います。

 

 

 

最近は、上2人の息子の野球の練習に付き合い、送り迎え。
野球の応援もいいな、とブラスバンド部に入ったんだから、めぐりめぐっておもしろいことです。

ひょんなことから始まったホルン人生

始まりは、中1のとき入ったブラスバンド部です。入部するならトランペットかなと思いながら、仲のいい友だちと見学に行ったんですね。ところが、トランペットは空きがひとつしかなかった。で、友だちにゆずって、選んだのがホルンでした。いま思えば、そこが運命の分かれ道だったんですかね(笑)。当初は、ブラスバンドは野球の試合の応援もできていいや、ぐらいの軽い気持ちでした。

楽しい充実した3年でしたよ。みんなで頑張って弱かった吹奏楽部でしたが、コンクールで金賞を取ることができました。

音楽の道を考えるようになったのは、高2のときに山響メンバーの講習会で、ホルン奏者、堀内晴文先生の指導を受けたのがきっかけでした。それまではまったくの自己流で吹いていたので、初めて接したプロの指導は、“びっくり”と“ひらめき”の連続。教えられた練習方法でやれば吹けないところがクリアできて、もっと勉強したいと思うようになりました。進学高校だったのですが、「音楽の道もある!」と突如、音大を志望することに決めたんです。

武蔵野音大に合格できたときはうれしかったですね。でもご指導いただいた田中正大先生は実にきびしくて、四六時中怒られっぱなし。「秋田へ帰れ」とまでいわれたことがあります。でも怒られる理由はわかるから、「ついてこい」という先生に食いついていった。それでずいぶん可愛がっていただいたんです。

お客様の拍手に包まれるよろこび

中、高とブラスバンドで吹いているだけでしたから、大学のオケの授業で弦楽器群の圧倒的な響きに接したときは衝撃でした。ホルンもオケの中では違う役割を担います。クラシックの勉強が深まり、やがて大学4年のとき客員教授としていらしたM・ヘルツェル先生に誘われて、ドイツで2年間勉強しました。先生は、自分にとってはまさにドンピシャリの方で、つくづく僕は先生と友人に恵まれてきたな、と思います。

帰国して仙台フィルに入団したのですが、プロの活動はまた別物ですね。まだレパートリーは少ないのに、出番は多いし目立つし…。正直、向いてないかも、と感じて、1年を過ぎた頃、田中先生に相談に行ったんです。顔を見るなり「1年でやめたくなったろ?」といわれました。そのことばで吹っ切れたんですよ。ようし、やってやろう、と。コンクールに入選したり、誘われて仲間と木管五重奏の活動を始めたこともあって、自分を取り戻すことができました。

演奏活動の支えは、お客様ですね。入団してまだ間もない頃、ホルンが活躍するマーラーの交響曲第5番の演奏を終え、大きな拍手に包まれてうるっときた思い出があります。ちゃんと聴いてくださって返してくれる。お客様はすごいですよ。ですから、地方オケとしては地域に根ざし、ときにホールを飛び出してファンを一人ひとり増やしていきたいと思うんです。そこに仙台フィルの可能性があるんじゃないでしょうか。

すだかずゆき
武蔵野音楽大学卒業後、ドイツ、デトモルト国立音楽大学に2年間留学。1997年仙台フィル入団。1998年第67回日本音楽コンクールホルン部門入選。

第284回定期演奏会(2014年7月11日,12日)プログラムより

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