TOP> 楽団員インタビュー> 楽団プロフィール> 仙台フィルについて> 楽団員インタビュー~ハーモニーな楽屋~

楽団員インタビュー~ハーモニーな楽屋~

構成 / 西大立目 祥子

Vol.46 ヴァイオリン 三塚 美秋Interview

画像-ヴァイオリン:三塚 美秋

“水も食料も十分でないのに、よくぞ来てくださった”。
震災のあとのコンサートでは、感謝の思いに満たされて演奏を続けました。

F1レーサー、アイルトン・セナのファンだったんです。いまも年1、2回はモータースポーツ観戦を楽しんでいて、この夏も菅生に出かけました。

13歳で音楽の道を選択

音楽的に、とても恵まれた家庭環境だったと思います。父は音楽教師、母は声楽家でピアノを教えていましたから。ヴァイオリンを始めたのは4歳になってすぐの頃。遊びの最中に、母に「ヴァイオリンやる?」と唐突に聞かれ、何のことやらよくわからないのに「やる!」と返事したらしいんです(笑)

そこから、週に一度の教室通いが始まりました。レッスンの日は保育園は遅刻です(笑)。そのうち、本格的にやるなら、というので、東京に暮らすヴァイオリニストの親戚のところに夏休み中、預けられたりして。たまたまそのお弟子さんが仙台にいらして、その方に週1回と東京に月1回、レッスンに通う生活が、桐朋女子高に入学するまで続きました。両親がいろいろ段取りしてくれたんでしょうね。

でもね、一度、ヴァイオリンをやめたことがあるんですよ。中1のときです。公立の中学校に通っていたのですが、勉強との両立があまりに大変で。で、せいせいした、と思っていたら、先生から電話がきたんです。「私立に学校を替えて、ヴィオリンを続けたら?」って。結局、常盤木学園中に転校してレッスンを再開しました。いま思えば、13歳で音楽の道を選んじゃったんですね。練習きらいだったのに(笑)。

桐朋学園の7年間は和気あいあいとした寮生活を送り、仲間や先生たちとアンサンブルを楽しんだり、あちこちのオケにエキストラに行ったりしていました。仙台フィルもエキストラが縁でオーディションに誘われたんですよ。

感謝の思いで弾いた震災後のコンサート

入団は、宮城フィルの最後の時期です。学生時代にアンサンブルを楽しんでいたとはいっても、オケの一員としての経験は少なかったですからね、まわりの方々に教えていただき、ここまで育ててもらったと感じています。

入団して24年。学校まわりもやりましたし、ヨーロッパ公演にも出かけました。
そして、昨年は大震災という未曾有の経験もしました。でも2週間後の3月26日には、新寺の見瑞寺でコンサートを開いたんですよ。余震が続き、まだ食料や水をどうやって確保するかという時期なのに、会場の中は聴きにきてくださった方でぎっしり。本当にうれしかったですね。ドキドキとした緊張の中、よくぞ来てくださいました、という感謝の思いで音楽をお届けしました。大船渡や七ヶ浜でも、被災した方々と接しながら演奏会を重ねました。

定期演奏会では、ファンが増えて盛り上げてくださっているのを感じます。ステージの上から見ていても、定期演奏会にいつも足を運んでくださるなじみのお客さまはすぐわかるんですよ。心強いです。

これからの仙台フィルに必要なのは、音楽監督とホールでしょうね。きちんと整備されることを願っています。私自身は定年まであと12年。それまで体力と技術を衰えさせずに、オケの一員としての仕事をまっとうしたいです。

みつづか みあき
4歳からヴァイオリンを始める。桐朋学園女子高等学校音楽科を経て、桐朋学園大学音楽科を卒業。
卒業後、1988年に宮城フィルに入団。1964年仙台市生まれ。

第267回定期演奏会(2012年10月26日27日)プログラムより

このページのトップにもどる