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楽団員インタビュー~ハーモニーな楽屋~

構成 / 西大立目 祥子

Vol.44 ファゴット 水野 一英Interview

画像-ホルン 中村 隆司

ファゴット吹きというよりは、常に新しいことに挑戦するオーケストラの演奏家でいたいですね。

娘が、この春、大学に進学しファゴットを専攻しているんです。親としてはうれしくて、先日、初めての演奏会をいそいそと聴きにいきました。でも、ついプロとして感想をいっちゃいましたねえ。「下のEの音のピッチが高いから、指を替えなきゃ」なんて(笑)。

消極的なファゴット選択

僕の場合は、ファゴットが好きというより音楽が好き、オーケストラという楽器が好きなんですよね。オケで演奏したいという思いが強いんです。実は、ファゴットを選んだのも、音大の受験で通りやすいというのが理由でして…(笑)。

もう勉強にはついていけない、と、音楽の道に進むことを決めたのは高1の1学期のテストの後でした。音大受験を決心し、ファゴット一色の生活が始まったのですが、一番喜んでいたのは父かもしれません。中学の音楽の教師で、吹奏楽部の熱血指導者。幼稚園からやっていたピアノでは、間違えればゴツン。中学で吹奏楽部に入ったときも、父の指導する学校は全国大会へ行くのに、僕の学校は地区大会止まりで、ひとこと「ヘタだなあ」。だから、僕自身は音楽の道に進もうとは思っていなかったんですよ。でも、もともと割り切りが早いせいか、音楽の道だ、と決意してからは、明けても暮れてもファゴットを吹いていました。振り返ってみれば、家には何千枚もレコードがあるような環境で、特別なことをしている感覚はまったく持たずに音楽がやれましたから、恵まれていたと思います。

学生時代は、かなり真面目でした。何しろ、親にバイトは禁止されてたもので。でも、演奏のバイトはかなりやりましたよ、仕事と称してね。

卒業後は3年、東京でフリー生活を送りますが、25歳になったときに師匠に、近いうちに演奏家になる道筋がつくれられないなら、楽器をやめるのも選択肢の一つ、とアドバイスされたんです。それまでは首都圏にこだわって活動していたのですが、地方に目を向け最初にオーディションを受けたのが仙台フィルでした。

昼間に吹き、夜はリードづくり

入団したときは、まず学校まわりでした。当時は、4月にまとめて演奏する曲を練習し、5月に学校まわりがスタートするのが慣例だったんですが、僕は5に月入団したので、練習なしでいきなり演奏することになったんですよ。「ここリピートするんですか?」って聞いたら「いつものとおり」っていわれてね(笑)。あれから22年。あっという間でした。

刺激になったのは、ときどきテレビに映る、大学時代の同級生や先輩がプロとして演奏している姿です。身近にN響や読響などに行った人もいましたから。難しくて吹けないところを、お互い創意工夫しながらとことん練習した若いときの頑張りが、自分の中にプロとしての基準をつくり上げているといえるかもしれません。

集中力はある方なのかな。オーケストラのリハーサルがない日は、楽器を出すまではおっくうですが、昼間は飽きもせずに結構長い時間吹いて、夜はリードづくりです。吹くこととリードづくりは表裏一体なもの。自分の音を求めるために、ミリ単位の作業に取り組みます。ときには飲みながらやりますけどね(笑)。

これからは、老化との闘いになるんでしょう。常に新しいものを追い続けていけるのか。前より楽になったら、それは退化だと思うことにしています。

仙台フィルも、震災の後はどこにいっても満席でブラボーが返ってきましたが、これからはオケそのもののクォリティが問われるようになるのだと思います。文化団体として被災者のために何ができるかということを含め、まさにこれから勝負ですね。

みずの かずひで
東京芸術大学を卒業後、東京で3年間のフリー生活を経て、1990年5月に仙台フィル入団。1964年、新潟市三条市生まれ。

第265回定期演奏会(2012年5月25日26日)プログラムより

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