TOP> 楽団員インタビュー> 楽団プロフィール> 仙台フィルについて> 楽団員インタビュー~ハーモニーな楽屋~

楽団員インタビュー~ハーモニーな楽屋~

構成 / 西大立目 祥子

Vol.41 コントラバス 市原 聡Interview

画像-コントラバス 市原 聡

リスナーとしてスタートを切った音楽の道は、コントラバスへとつながっていきました。

ファンクラブに入るほどの熱烈さだまさしファン。「心の持ち方の勉強になるんです。曲もステージでの振る舞い方も」。落語もよく聞く。「古今亭志ん朝のあの間の取り方はすばらしい!音楽にも通じます。さすが名人芸!」

聴くうちに弾けるようになったピアノ

いま思えば、“門前の小僧、習わぬ経をよむ”ということだったんでしょうか。きちんと楽器を習ったわけではないのに、ピアノをやっていた1歳上の姉が弾く曲を聴いたり、たまにレッスンにくっついて行ったりするうちに、中学生のころから見よう見まねでピアノをいたずらするようになったんです。鍵盤が汚れるからイヤだ、と文句をいわれながらね。

何といっても聴くのが好きでした。クラシックのLPをよく買って聴いていて曲を覚えてしまうから、姉の練習を聴いていると間違っている音がわかっちゃう。高校のころには、手元のレコードが400~500枚になっていました。

生来のんきで、音大進学なんて考えもせずに音楽を楽しむだけだったんですが、高校2年の進路を決める段になったら、祖母が「そんなに音楽が好きならやらせてみたら」といってくれて、姉がレッスンを受けていた東京のピアノの先生に見ていただくことになりました。時期が遅かったので、楽器専攻ではなく楽理科や評論の道をめざそうと思ったのですが、親とすれば、無理だということを確かめるためだったんでしょうね。ところが、ベートーヴェンの月光ソナタの1、2楽章を弾いたら、「じゃ、レッスンにいらっしゃい」ということになった。

結局、一浪するのですが、たまたまレッスンを受けていたピアノの先生に「楽器できると歳をとってからも楽しいわよ。コントラバスのいい先生いるわよ」と勧められて、会ったんです。そうしたら、感じのいい先生で。それがコントラバスとの出会いになりました。いろんな先生との巡りあわせがよかったんだと思います。

パソコンで編曲を楽しむ新たな境地

仙台フィル入団も、学生時代の恩師に勧められてのことでした。最初の3年は新しい曲で苦労するといいますが、大学4年のときオーケストラでエキストラの仕事ばかりしていたのが功を奏してか僕自身はあまり感じなかったですね。

演奏上での大きな変化は弓の持ち方を変えたことでしょうか。コントラバスの弓の持ち方にはフランス式とドイツ式があって、日本のオケの主流はドイツ式。でも僕はフランス式で活躍されてきたフランクフルト市立歌劇場管弦楽団の首席奏者の野田一郎さんとの出会いがあって、15年前にフランス式に変えたんです。音や響き、体の負担感などの面でずいぶん変化した気がしています。

プロとして活動する25年の間にさだまさしさんのファンになり、コンサートへも足を運ぶようになりました。このコンサートを通じて学んだのが、演奏会というのは楽団員、スタッフ、お客様のどれが欠けても成り立たないということ。お客様が会場に来てくださらなければ演奏会は成り立たないし、裏方で頑張るスタッフがいるから僕らは演奏ができる。だから、お客様の拍手は楽団員だけでなくスタッフを含めた全員に向けられたもの。逆に、僕らからお客様に感謝の気持ちを伝えたいんです。

これからやってみたいのは編曲ですね。楽譜作成ソフトで、当時流行っていた歌を木管五重奏用の音に書き抜いて欲しいと言われ、やってみたら好評でね。調子に乗って「運命」を室内楽の編成で書いて、定期演奏会の開演前のロビーコンサートでやったんですよ。思わぬ発見があって実に楽しい(笑)。オペラが好きなので、次はオペラを室内編成にできないか、と温めているところです。

手持ちCDは数万枚になったでしょうか。相変わらず聴いていますよ。

いちはら さとし
桐朋学園大学卒業。1987年11月、仙台フィル(当時の宮城フィル)に入団。1963年茨城県水戸市生まれ。

第262回定期演奏会(2012年2月17日18日)プログラムより

このページのトップにもどる