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楽団員インタビュー~ハーモニーな楽屋~

構成 / 西大立目 祥子

Vol.39 パーカッション 佐々木 祥Interview

画像-パーカッション 佐々木 祥

オーケストラの成長期に団員として活動できたよろこび。
いろいろな指揮者の方々が、オケの引き出しを増やしてくれました。

「多趣味なんです。スキーは1級。日曜大工では物置小屋をつくりました。温泉めぐりは200カ所以上。天体望遠鏡で星を眺めるのが日課です」

ある日、突然の打楽器との出会い

北海道の田舎町で育ちました。音楽には縁のない家庭で、親は社会と数学の教師。妹が一人いますが、いまもってクラシックなんてまったく興味なし。仙フィルの演奏会に招待しても寝てしまいます。ハッハッハ。

音楽との出会いは、小学生のときに向かいの中学から聴こえてくる吹奏楽部の練習の音でした。トランペットの音が何ともカッコよく聴こえたんですよ。

中学入学と同時に吹奏楽部に入部し、念願のトランペットを手にしました。それはそれはうれしくて、猛練習して5月の連休明けに練習に臨んだら、先生にこういわれたんです。「おまえ、今日から打楽器やれ」

ガーンですよ(笑)。これが打楽器との出会いなんですけどね。それからは毎日、小太鼓の練習台で基礎練習の日々でした。でも、少しずつできるようになると、おもしろくなるんです。演奏会に出れば、またおもしろい。顧問はスパルタ式の若い先生で、北海道大会で3年連続金賞の実績をつくっただけに練習は猛烈にきびしかったですが、根を上げずに3年続きました。

高校でも吹奏楽部を続け、1年生のときには音大進学を決め、家から札幌まで個人レッスンに通いました。朝6時に出て帰ってくるのは深夜零時。でもレッスンは楽しく、発見の連続でした。

音大に入学当初は、うまいやつばかり、と落ち込みましたが、話してみると悩みはいっしょ。すぐに打ち解けました。また、クラシック、ポップス、民族音楽など、微妙に関心の異なる学生同士が影響を与え合った当時の経験は、いまに生きていると思います。

子どもたちといっしょに音楽の楽しさを

仙台フィル入団当時は、つぎつぎとやってくる新しい曲をこなすのに精一杯でした。パーカッションは、曲によって違う楽器をやらなければならないですしね。3年でひとまわり、とよくいいますが、自分もそのぐらいの演奏会を経験して、オーケストラの基本的な曲が身につきました。当時は給料も安くて、新しい曲を勉強するにも団員同士がレコード1枚を共有して聴き合ったりしたものです。

完成したオケにポンと入るのと違って、発展途上のオケで成長期を経験できたことは本当に幸せでした。いろいろな指揮者がいらして違った音楽を要求し、それに応えるうちにオケの懐が深くなっていったんだと思います。打楽器でいうと「もっと高い音が出るトライアングルを」といわれたり、「厚みのある小太鼓を使って」「シンバルのバチはもっと堅いので」と細かい要求がきます。それらに応えているうちに、オケの引き出しの中身が増えていった気がします。

仙台フィルの団員として活動できるのも、あと約10年ですが、演奏を楽しみながらやっていきたいですね。自分が楽しくないとお客さんも楽しくないと思いますので。

自分なりのトライしたい分野も見えてきました。ここ数年、子どものための手づくり楽器教室というワークショップをやっているんですが、なかなか好評なんですよ。子ども扱いがうまい、っていわれるので、小さな子たちに音楽の楽しさを伝える活動が自分にとってのライフワークかなと思っています。

ささき やすし
東京音楽大学を経て1985年5月、仙台フィル(当時の宮城フィル)に入団。
1962年、北海道出身。

第260回定期演奏会(2011年11月18日19日)プログラムより

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