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楽団員インタビュー~ハーモニーな楽屋~

構成 / 西大立目 祥子

Vol.35 ヴァイオリン 熊谷 洋子Interview

画像-ヴァイオリン:熊谷洋子

本当の勉強が始まったのは入団してから。
私はオーケストラに育てられた、と思っているんです。

一番シビアな批評家は、アマチュアオケでホルンを吹いている夫と、その友だち。「具体的にピックアップして、ここがダメ、あそこがダメといわれます」

帰り道のお団子につられ通ったレッスン

ピアノを習いたかったのに、戦争でかなわなかった。そんな母の夢を、一人っ子の私が受けとめたといえるんでしょうね。母に連れられて近所のヴァイオリン教室に通い始めたのは、4歳のときでした。何でも、ピアノよりはヴァイオリンの方が安く済むと考えたらしいんですよ。実際は、そんなわけにはいかなかったけど(笑)。レッスンはいやになることもあったけれど、帰り道、お団子屋さんに連れていってもらえるのが、何といっても一番の楽しみ(笑)。続いたのはお団子のおかげかな。

小、中、高とヴァイオリンのレッスンは続けていましたが、高1のときですね、先生に将来の道を聞かれ、音楽の道に進もうと決めたのは。宮城学院の音楽科に進みました。

入ってみたらヴァイオリン専攻は私一人だったこともあって、東北大学交響楽団で活動を始めました。「オケって何て楽しいんだろう」。そう、感じましたよ。それまでは、弾くのはソロの曲ばかりでしたから。在籍は3年、年に2回の公演だけでしたが、ここでオケのシステムやパートの役割が身についたんだと思います。

卒業後、すぐに仙台フィルに入団しました。当時は、インスペクターもステージマネージャーもいない。団員が椅子を並べ譜面台を立て、司会をしながら小・中学校をまわり音楽教室をやっていた時代です。1日3ステージの日もあったけれど、楽しかった。オケってこんなものだ、と思っていました(笑)。

つぎのメンバーへ経験をリレーする

振り返ると、あっという間ですね。いつのまにか、大きなオケになっていたという印象です。東京公演のときは、こんなに成長したんだと思いましたし、ヨーロッパ公演のときは温かい聴衆に迎えられて感激しました。

そして、ヴェロさんに変わってからは、フランスもの、それもあまり知られていない曲に取り組むことができて新鮮です。フレーズのつくり方、響きのつくり方、パートごとの音色……ヴェロさんは細かいところまで要求してきますが、フランス人ならではの感覚を感じます。あ、なるほど、と気づかされることも多いですよ。

気がつくと、人生の半分以上をオケで過ごしているんですよね。私はオケに育てられた、と思っているんです。学生時代は遊んでばかり、本当の勉強はオケに入ってからだった、と。40歳のとき、48歳のとき、何となく自分で節目を感じたときには、お休みをいただいてオケを離れ、ドイツで勉強してきました。年齢とともに体が変化してくると音も違ってきて、私の場合、体の使い方を少しずつ変えていく必要があったんです。

現在進行形で、試行錯誤中です。

上手な若い人がどんどん入ってきていますが、私の少ないキャリアや経験を伝えて、仙台フィルに新たな発展をつくり出していきたいですね。

くまがい ようこ
4歳からヴァイオリンを始める。宮城学院女子大学音楽科卒業。1983年、仙台フィル(当時の宮城フィル)に入団。仙台生まれ、仙台育ち。

第253回定期演奏会(2011年2月18日19日)プログラムより

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