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楽団員インタビュー~ハーモニーな楽屋~

構成 / 西大立目 祥子

Vol.32 ヴィオラ:梅田 昌子Interview

画像-ヴィオラ:梅田昌子

こんなにフランス音楽をやれるオケは、日本にないでしょうね。しあわせと緊張を感じながら、取り組んでいます。

「料理から刺繍まで、とにかく手を動かすのが好きなんです。畑で野菜もつくります。今年の夏はヘチマのようなキュウリができちゃったけど(笑)」

ヴァイオリンでお転婆を矯正?!

かなりのお転婆だったんです。長女なのにいたずらっ子で落ち着きがないからヴァイオリンを習わせようと考えたのは、音楽好きの父だったようです。6歳のときですね。それで大人しくはならなかったんだけれど(笑)。習い事はそれだけ。大嵐の日に行きたくない、と言ったことが一度あっただけで、レッスンを休んだことはありませんでした。

中学時代は部活動もせずに、ヴァイオリン一筋。音楽高校を受験したのですが、実技で受かったときに、「ヴィオラに向いている」といわれたんです。体が大きかったからでしょうか。それまでは、ヴィオラという楽器があることすら知らなかったんですよ。学校では、私のためにヴィオラの講師の先生を雇ってくださって、ヴァイオリンから移る人が弾きやすい小さめの楽器で勉強をスタートしました。

ヴァイオリンとは根本的に違う楽器だと感じたのは、大学2年の頃ですね。ヴァイオリンを弾いて、細かいテクニックを手に入れてからヴィオラに移るのが理想なのかもしれません。でも、早く始めた分、愛着は深いですよ。

大学院時代は、男子高で音楽の非常勤講師もしていたのですが、やはり演奏活動を続けたくて、28歳のとき仙台フィルに入団しました。もし、東京のオケに入っていたら、と考えることがあります。きっと、過重な仕事に消耗してくたびれていたでしょうね。仙台にいるからこそ、じっくり音楽に取り組めるんだと思います。

指揮者が引き出すオケの力

入団は1987年。宮城フィル時代の最後の入団でした。入ったら、すぐに宮城県内の小学校めぐり。ステージ衣裳を着たまま車で移動し、一日に同じプログラムを2回やるのはかなりきつかった。でもまわりは、「もとは3回だったよ」なんていうんだもの、ガーン!ですよ(笑)。

入団してからの23年は、まさに仙台フィルの成長の時期でした。中でも、ヨーロッパ公演の経験は、すごく大きかったです。やはりお客さんの反応が全然違う。やったことに対しては、正当に評価してくれるんですね。2週間ほどの滞在の間に、私たちもこんないい演奏ができるんだ、と自ら感じるほどステップアップした印象でした。

段階的にいい指揮者に恵まれてきましたが、ヴェロさん、小泉さん、山下さんの3人体制がとられたのも、本当にタイミングがよかったと思います。
ヴェロさんとラヴェルのボレロをやったときに、管楽器の一人一人に指示が出たんです。もう数えきれないくらいボレロを演奏したけれど、そんな指揮者は初めてでした。日本でこんなにフランスの曲をやっているオケはないでしょうね。幸せを感じています。そうそう、この間の小泉さんのディヴェルティメントも、練習があっという間に思えるほど充実していましたよ。

団員に若い優秀な人が増えてきて、仙台フィルはいい方向に向かっていると思いますよ。私も体のメンテナンスをしながらまだまだ頑張っていきたいですね。

うめだ まさこ
1959年、仙台に生まれ、幼年期に東京に移住。6歳からヴァイオリンを始める。東京都立芸術高等学校に入学後、ヴィオラに転向。東京芸術大学、同大学院卒業後、プラハ音楽院に短期留学。中・高の音楽教師、フリーの活動を経て、1987年、仙台フィル(当時の宮城フィル)に入団。

第250回定期演奏会(2010年10月23日24日)プログラムより

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