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楽団員インタビュー~ハーモニーな楽屋~

構成 / 西大立目 祥子

Vol.30 ヴァイオリン:松山 古流Interview

画像-ヴァイオリン:松山 古流

弟2人、妹2人、兄弟5人でヴァイオリンの稽古。
遊ぶおもちゃはダッコちゃん人形と蓄音機でした。

よい状態を維持するために、自ら楽しんで楽器の手入れを。
状態のよい楽器は、よい演奏を引き出すと信じている。

花びらの形のヴァイオリンや、ラッパ付きヴァイオリンなどのおもしろ楽器のコレクションがあるんです。その数は…うーん、ちょっとここではいえません(笑)

母の願いをかなえた音楽への道

5人兄弟の長男なんです。小1のときにヴァイオリンを買ってもらい、5人いっせいに習い始めました。母は若い時に着物姿でヴァイオリンを弾いた事があるらしく、兄弟で合奏させるのが夢だったようです。父がきびしくて、練習をしないとテレビを見せてもらえない約束。音響に関心があって真空管のアンプを組んだりしていたから、聴く環境も整っていたといえるでしょうね。蓄音機をおもちゃ代わりに与えてくれました。

先生にも恵まれ、ヴァイオリンってとっても楽しいんだ、ということを教えてくださったのは、小3からお世話いただいている菊地健夫先生です。中学時代は太り始めたので卓球部へ。残念ながら効果なし!(笑)。でも、高1からは音大をめざし、名ヴァイオリニスト外山滋先生のもとへ、通い始めました。プロを目指すのなら基本をやり直さないといけないといわれ、最初の1年半は音階練習ばっかり。きびしかったですが、いまの自分の原点のような気がします。

大学時代は、オーケストラへの入団をめざしエキストラ活動も活発にやっていました。先輩には、オケのヴァイオリン奏者は、始まりの音を出す人・音の中身を整える人・音の終わりを創る人、それぞれ役割があり、そのためには「アンサンブルの力と聴く耳を育てないといけない」との教えをいただきましたね。そのころ本気でがっちり弾いてた連中は、みんなプロになって活躍しています。

ありたいオケを実現するために

故郷に戻り、エキストラとして当時の宮城フィルに呼んでいただいたのが縁で、入団したのは84年6月でした。4月の予定が、仕事が少ないからと6月に延ばされたんです(笑)。

未熟だったけれど、少人数ながらまとまっていて、みんな意欲的で楽しかったですね。八戸に2週間いて学校めぐりしたり、大変だった当時が忘れられませんよ。あの頃にくらべると、いまは大所帯のせいかまとまりが不足している様に感じてます。私自身は、こうありたいと言う願望が強く、演奏の確認や質問でまわりの迷惑になっているかも。もちろん、良い演奏をしたいという一心からです。

ヴァイオリンや弓が大好きで、ただの道具ではなく、自分より楽器の方が偉いととらえているんです。弾き方は楽器に教えてもらう、だから温度や湿度の管理はもちろん手入れを怠らず、時には膠を使っての修理もしています。

常任指揮者のヴェロさんは、とても魅力の有る方ですね。曲へのアプローチの深さ、幅が全く違う。アイディアを次々と出して、目からウロコ、僕らの勉強不足を思い知らされます。とにかく弾いてて楽しい、それが一番の喜びです。ステージ上の僕らの楽しさは、聴いている方々にも伝わっているのではないでしょうか。でも、お客さまには、ダメな時は、遠慮なく「ダメ」を出していただきたいですね。どうぞ、暖かくも厳しい目で応援してください。

まつやま こりゅう
小1からヴァイオリンを始める。菊地健夫氏・外山滋氏に師事したのち、東京音楽大学入学。1984年6月、仙台フィル(当時の宮城フィル)に入団。1959年、福島県喜多方市生まれ。

第248回定期演奏会(2010年7月23日24日)プログラムより

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