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楽団員インタビュー~ハーモニーな楽屋~

構成 / 西大立目 祥子

Vol.28 フルート:芦澤 曉男Interview

画像-フルート:芦澤 曉男

本当の勉強が始まったのは、仙台フィルに入団してから。
いまが一番コツコツを練習を積み重ねている気がします。

合唱隊でボーイソプラノが歌えなくなったとき、
たまたま手にしたフルート。
進路に迷うたび、立ち返ったのがフルートだった。

「家庭用の孵卵器でアイガモをかえしたこともあるんです。大きくなったら、近くの川に出ていきました(笑)」

小5のとき、見た目で選んだフルート

神奈川出身なんですが、小学校6年間は仙台。小2から仙台少年少女合唱隊でボーイソプラノを歌っていました。楽しかったですね。福井先生、大泉先生、姉歯先生の指導がよかったんです。それが、5年生の終わり頃に声変わりがきて大ショック。代わりに始めたのがフルートでした。合唱隊の練習をやっていたカワイ楽器の売り場の中で一番カッコよかったんです。音色も何にも知らない、見た目だけ(笑)。

父の転勤で神奈川へ戻ってからも、フルートは続けました。仙台で手ほどきしてくださった柳田隆介先生も神奈川でお世話になった益山弘熈先生も、面白くて温か味のあるいい先生でした。だから続いたのかな。

でも、努力するタイプじゃない。中学は帰宅部(笑)、高校は生物部でした。アイガモを飼ったり、ゾウリムシやミジンコを飼って増やしては顕微鏡でのぞいたり、マニアックなことしてましたね(笑)。まわりはみんな優秀な生徒ばかりだったから、勉強は挫折。進学を考える段になって、やっぱりフルートしかないな、と音大を志願したんです。

一浪して入学したものの、中途半端な学生でした。遊んでるわけじゃないけど、真面目に練習するわけでもない。技術的にもいまいち。だから、就職のときにあせりました。1年間、臨時の教員もやったのですが、やっぱりフルートだ、と思い直し、やり直すつもりで、読響の首席奏者だった小泉剛先生のもとに通ったんです。

アンサンブルの楽しさを味わいながらオケの仕事の充実を

仙台フィルのオーディションは、きっと縁がある、と思って受けにきました。入団が決まったときはうれしかったですね。

でも、入団してからは、ついていくのに必死。一生懸命やるべき学生のころにさぼっていたから、がむしゃらにこなす中で本当の勉強が始まったんです。いまが一番コツコツ努力してるかな(笑)。

20年やって少しずつオケがわかり、他のパートを聴くことができるようになってアンサンブルが楽しくなってきました。みんなは学生時代に経験済みでしょうが、僕はいまごろになって、仕事じゃなくてもアンサンブルを楽しみたい(笑)。九重奏や木管五重奏、ヴァイオリン・ピアノとのトリオ、ピアノとのデュオなど、いろいろやっていますが、どんどん充実させていきたいですね。リコーダーやフルートトラベルソという古楽器もまた楽しいんですよ。

もちろん、オケの一員としてフルートの役割を果たすのも大切な仕事。サウンドに華を添える、キラキラした輝きを与えるのがフルートの役回りといえるでしょうか。やっぱり僕はフルートが好きなんです。この音色を、みなさんに楽しんでいただき、喜びを共有したいですね。そして、オケに在籍している間に、音楽堂ができればいいですねえ(笑)。

あしざわ あきお
台原小学校時代は仙台少年少女合隊に在籍。小6からフルートを始める。東京音楽大学を卒業後、読売日本交響楽団の小泉剛氏に師事。1990年仙台フィルに入団。1963年神奈川県鎌倉市生まれ。

第246回定期演奏会(2010年4月16日17日)プログラムより

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