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楽団員インタビュー~ハーモニーな楽屋~

構成 / 西大立目 祥子

Vol.23 第1ヴァイオリン:ネストル・ロドリゲスInterview

画像-第1ヴァィオリン:ネストル・ロドリゲス

来日したときは、カルチャーショックで帰りたかったけれど、
いまは、日本が大好き、仙台も大好きです。

生まれ育ったエルサルヴァドルのことは、いつも心の中にある。
日本で学んだいいものを、ふるさとの子どもたちに伝えたい。

「いまはもうサッカーは観るだけですけど、昔は仙台フィルにもサッカーチームあったんですよ。ボールの行くところにみんなが走って行く。蜂の巣みたいだった(笑)。」

内戦を避け日本へ

28年前に日本にきて、すぐに当時の宮城フィルに入団しました。僕の奥さんとは、彼女がエルサルヴァドルにヴァイオリンを教えにきた時に知り合い、結婚しました。

音楽一家に生まれました。祖父はクラシック音楽の作曲家、父は音楽の先生。でも、少年時代はサッカーに夢中でした。地元チームに入り、プロを夢みてたんです。それが中1のとき、友だちの弾くギターで音楽に目覚め、祖父の家でチャイコフスキーのヴァイオリンコンチェルトのレコードを聴いて、すっかり方向転換。

好きで始めたから、一日中練習してました。音楽高校に進学したんですが、高校3年間は楽しかったですね。名ヴァイオリニスト、シェリングの弟子だったカブレラ先生につき、高3からは国立のオーケストラにエキストラ出演もしました。その後、音楽大学に進学して、学生結婚したわけです。

来日したのは、母国エルサルヴァドルで内戦が始まったから。日に日に悪化していく中で、日本人である妻が内戦に巻き込まれることを恐れて、国を離れる決意をしました。内戦は80年から92年まで続きました。音楽の道をあきらめたり、命を落とした友人もいます。

1週間で帰りたくなる

来日したときは、言葉はわからないし、サッカーのニュースはまるでないし、食べ物も違う。キスもハグもしない!?最初は1週間で帰りたくなりました(笑)。

音楽をする上でも違いを感じました。僕らは、良く言えば”大らか”で細かいことにこだわらない。悪く言えば!?わりとテキトー(笑)。向こうのオケは、指揮者が指揮台をたたかないと静かになりません。歌い方も違います。日本人は生真面目で、よく練習するし楽譜どおりにきっちり弾く。もっと練習してこい、とよく叱られましたよ(笑)。

入団当時は、学校をまわって演奏することが多かったので、自分たちで楽器を運んだり、家族で演奏会をしているみたいで楽しかった。6年間、国には帰ることができなかったのですが、内戦が終わった92年に両親が来日した時、定期演奏会を聴きにきて、すごく喜んでくれたのが忘れられません。

仙台フィルはいまが一番充実しているんじゃないかな。ヴェロさんはプレーヤーをその気にさせてくれます。彼とフランスもの以外もやりたいですね。

僕自身は、これからも、できるだけ楽しみながら演奏したいですね。そしていつか、エルサルヴァドルに帰って、いままで学んだことを伝えたいと思っています。もちろん、いまは仙台が大好きだから、ここに暮らしながら、苦手な冬だけ脱出しようかな(笑)。

Nestor RODRIGUEZ
14歳のときクラシック音楽に開眼し、父の手ほどきでヴァイオリンを始める。セントロ・ナショナル・デ・アルテス音楽大学卒業後、81年に来日、当時の宮城フィルに入団。中米エルサルヴァドル、サンビセンテ市生まれ。

第241回定期演奏会(2009年10月23日24日)プログラムより

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