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楽団員インタビュー~ハーモニーな楽屋~

構成 / 西大立目 祥子

Vol.22 ホルン:木下 資久Interview

中学時代は、ヘルマン・バウマンのレコードを、
夢中になって聴いてましたよ。

世界的なオーケストラは、それぞれの個性を持っている。
仙台フィルも、独自の音色と演奏スタイルをつくり出したい。

「僕自身は運動オンチなのですが、二人の息子が少年サッカーをやっていて、付き添いで試合の応援をしているうちにベガルタファンになりました。テレビの前でも熱くなってます。」

初めて聴いたホルンの音色に魅せられて

中学で吹奏楽を始めたころ、偶然、楽器店で見つけたヘルマン・バウマン(1934年~/ドイツのホルン奏者)のモーツァルトのホルン協奏曲集のレコードを聴いて、それからですね、ホルンに夢中になったのは。とはいっても、中1のとき吹奏楽部でまかされたのはアルトホルン。タテ型のラッパでホルンとは全然違うものです。中3のとき、ようやく学校でフレンチホルンをそろえてもらいました。周囲に先生なんていない。もっぱら、レコードを取り寄せ聴いていました。バウマンのレコードはみんなそろえたんですよ。

中3の夏、武蔵野高等学校音楽科(現武蔵野音大附属)の受験を決めました。好きな道だったし、自然な流れでした。武蔵野高等学校音楽科は開校してまもなく。僕がホルン専攻の最初の生徒でした。当時は、P.J.B.E.(フィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブル)の全盛期で、トランペット、テューバ、トロンボーンの先輩たちは、これで金管アンサンブルがやれると待ち構えていたようです。ドイツ留学から帰られたばかりの小沢千尋先生には、大学卒業まで本当に可愛がっていただいた。毎日が充実していましたね。

ついて行くのに必死だった入団の頃

1985年6月に宮城フィル(当時)に入団しました。入ってすぐの定期が、小林研一郎さんのブラームスの(交響曲第)1番。そのあとには、ブルックナーの(交響曲第)4番がきた。ホルンが大活躍する曲ですから、それは緊張しました。くる曲くる曲、みんな初めてのものばかり。リハーサルのあと、よく先輩の永沢さんのバイクので送ってもらい、アパートに帰るとスコア読んで、CDを聴きまくっていましたね。

入団して、そろそろ25年。さまざまな人生経験ができました。もちろん、いまもステージに立つときはドキドキですが、この間、ファンクラブの交流会で「最近、仙台フィルは、うまくなったね」といわれたんです(笑)。勇気づけられましたね。

これからは、うまいというだけにとどまらない、確固とした仙台フィルの音色と演奏スタイルを持ちたいと思いますね。世界的なオケには、それぞれの個性がある。それは、時間とメンバーの意識がつくり出すのだと思います。互いに信頼し合い、安心して音を出すということが一番大事なんじゃないでしょうか。

きのした もとひさ
母の手ほどきで3歳からピアノを始める。中学時代、吹奏楽部でホルンに出会い、武蔵野高等学校音楽科(現武蔵野音大附属)を経て、武蔵野音大を卒業。1992年から1年間、アフィニス文化財団の助成を得て、ハノーファー芸術大学、ハンブルク音楽院に留学。1961年、岐阜県高山市生まれ。

第240回定期演奏会(2009年9月11日12日)プログラムより

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