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楽団員インタビュー~ハーモニーな楽屋~

構成 / 西大立目 祥子

Vol.21 第2ヴァイオリン副首席:小川 有紀子Interview

画像-第2ヴァイオリン副首席:小川 有紀子

ヴァイオリンの道へ導いてくれたのはピアノ教師だった母。
いまでも、母はいちばん恐い批評家です。

オケの仕事をするなら、地方で。そう考えて仙台にやって来た。
自分もオケも、いい方向に変わっていくこと─―いまもそれが課題。

趣味はお菓子づくり。「いろいろ煮詰まって夜眠れなくなったりすると、パウンドケーキを立て続けに4本焼いたりします。だからメンバーにふるまっても、ストレスケーキっていわれるんですよ(笑)。」

3歳のとき、小さなヴァイオリンと出会う

私の手、握ってみてください。小さくて柔らかいでしょ。指の先は丸くて、いわゆる白魚のようではない手(笑)。中学までついてた先生に、「しなびたバナナような手」っていわれたことがあるんです。ペタっとひっついて音程とれるって(笑)。

ヴァイオリンを始めたのは3歳のとき。近所の子たちにピアノを教えていた母の友人がヴァイオリン教室をやっていて、遊びに行ったとき壁にかかっていた小さなヴァイオリンに興味を示したんですね。「あれ、何?」「ヴァイオリン」と、左手に渡されたら、サッと構えたらしい(笑)。「何も教えないのに、この子は天才かも」となったみたいです。ハハハ(笑)。

何ともぽよーんとした性格だったので、稽古はみっちり母にいわれるまま。小5からはコンクールも受けるようになり、中1のとき日本学生音楽コンクール中学生の部の大阪大会で1位になりました。でも、おっとりしていて、芸大附属に進学しても音楽家になろうと思っていたわけではありませんでした。やりたくてやってはいない、でもやりたくないわけじゃない…そんな感じ。母に反抗し始めるのは、すごく遅くて大学のころ。でも、いまがあるのはやっぱり母のおかげですね。いまでも、演奏について母のコメントを聞くのが一番恐いんです。

母や友人の反対を押し切って仙台へ

先生にも恵まれました。私に合ったやり方を示してくださる先生ばかり。G.パウク先生に入学を許可され英国王立音楽院に留学したときは、朝から晩までヴァイオリン漬けで、1日に室内楽を8つ合わせるような生活。将来は気心の知れた仲間たちと音楽を創り上げ、それで食べられたらいいな、と思っていました。

帰国していろんなオケにエキストラ出演し、仙台フィルにも5、6年来ていたのですが、あるとき外山先生、梅田先生に、「仙台フィルをどう思う?」と聞かれ、「第2ヴァイオリンがもっとよくなれば…」と答えたんです。それで、オーディションを受けることに。でも、もしオケでやるのなら、東京のオケではなく地方のオケ。そう考えていたんですよ。東京のオケはうまいかもしれないけれど、何となく冷たくて、自分は大勢いるコマの一つ。それにくらべると、地方のオケは温かい。何といっても仙台フィルの人たちがよかったんですね。「仙台フィルでやりたいことがある」と、母を説得して仙台に来ました。母の反対を押し切ったのは初めてのことでした。

今年で9年目。自分もオケももっともっと変わっていきたいし、うまくなりたい。でなければ、来た意味がありません。仙台フィルでやらなければならない仕事は、まだまだたくさんあると思っています。

おがわ ゆきこ
3歳からヴァイオリンを始める。東京芸術大学音楽学部附属高校を経て、同大学に進学。大学1年だった1989年、第58回毎日音楽コンクールヴァイオリン部門で入賞。卒業後イギリスに渡り、英国王立音楽院ディプロマコースを卒業。2001年、仙台フィルに入団。紀尾井シンフォニエッタにも所属している。1969年、大阪府生まれ。

第239回定期演奏会(2009年7月24日25日)プログラムより

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