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楽団員インタビュー~ハーモニーな楽屋~

構成 / 西大立目 祥子

Vol.17 クラリネット:副島 謙二Interview

画像-クラリネット:副島 謙二

吹奏楽部で、先輩に割り当てられたのがクラリネット。
仲間と夢中で練習するうち、音楽の道を志すようになりました。

創立当時、芥川さんの時代、外山さんの時代、そしていま。
仙台フィルは4つの段階を経て成長している。

趣味は車。新車が発売になると、買う予定もないのにディーラーに出向き試乗させてもらったりします。ベテラン営業マンには試乗だけ、とわかるみたい(笑)。

音楽へのあこがれをふくらませた中学のころ

いま振り返ってみても、いちばん練習したのは中学の吹奏楽部のときですね。1年のうち休みは正月の3日間だけ。授業の前に吹いて、放課後にまた吹いて、夜は夜で、家でさらってましたから。もう、部活大好きでした(笑)。

3つ上の兄が吹奏楽部でトランペットやっていたのが、入部のきっかけです。楽器は割り当て。先輩の「はい、君はクラリネット」という一言で決まりました。もう40年以上も前でしょ、あてがわれたのは学校のぼろぼろのクラリネット。でも練習を始めて、すぐにのめり込みました。先輩がよかったんですねえ。みんなでいっぱい練習していっぱい遊んで。部活の先生はきびしかったけれど、とにかく学校行くのが楽しかった。県立高校に進みましたが、吹奏楽部でクラリネットを続け、1年の冬には音大に行きたいなと思うようなりました。

音大に入ったら、3学年上に、いま隣りで吹いてる千石さんがいたんです(笑)。それで大学3年のとき、彼に古川で開かれた講習会に誘われて参加したことがあるんですよ。まさか将来、仙台でいっしょに吹くことになるとは夢にも思わずに。世の中に縁というものがあるのなら、こういうものかもしれませんね。女房より長いつきあいですからね(笑)。

着実に経験を積み重ねてきた仙台フィル

入団した当時は初めての経験の連続。つぎつぎ新しい曲がきて、それは大変でした。30代までは、若かったので、ただがむしゃらに吹いてるだけ、反省ばかりです(笑)。あのころは、今のようなこんなに大きなオケになるとは考えもせずにやっていました。

仙台フィルは、創立当時、芥川さんの時代、外山さんの時代、そしていまと大きく4つの段階を経てきたと思います。仙台という都市の名前を持つオーケストラに、という提案は芥川さんからでしたし、外山さんには、リズム、音程、バランスといったオケの基本を教えていただいた。そしてヴェロさんは、明るくて自由。いつもあの笑顔を絶やさず、本番に向かって音楽をつくり上げていくんです。応えていく中で、仙台フィルはさらに良い方向へと進んでいるんじゃないでしょうか。ついていくのに必死ですが、自分自身の演奏や姿勢も鍛えられていくと感じています。

実は、オケで吹くというのは、かなりの重圧なんですよ。クラリネットは音域が広いし音色の幅もあり、運動能力が高いから出番も多い。クラリネットで怖いのは、リードミスで出るひっくり返ったような音。あれを弦楽器の静かなサウンドの中で響かせてしまったら…(笑)。ああ、イヤなこといっちゃったな、これから本番なのに(笑)。とにかく、これからも若い優秀な人に入ってきて欲しいし、オケも自分ももっと伸びていきたいんです。

そえじま けんじ
中学1年からクラリネットを始める。佐賀北高校を経て国立音楽大学を卒業。山形交響楽団を経て1978年に仙台フィル(当時の宮城フィル)に入団。1954年、佐賀県佐賀市生まれ。

第235回定期演奏会(2009年2月20日21日)プログラムより

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