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楽団員インタビュー~ハーモニーな楽屋~

構成 / 西大立目 祥子

Vol.16 チェロ副首席:北村 健Interview

画像-チェロ副首席:北村 健

もっとお客さまに喜んでもらいたい。いまは、仙台フィルをさらに充実させていくための責任を感じています。

もっと自由に、もっと楽に、リラックスして表現しなさい―。
留学時代の師の言葉を胸に、ステージに上がって12年がたった。

仙台フィルの仲間と、年に10試合近くKスタに観戦に行く。子ども時代からタイガースファン。「楽天×阪神のときは、タイガース応援します。スミマセン(笑)」

チェロとホルン、2つの楽器に揺れた中学時代

チェロをやりたい─。小さかった頃からそう思い続け、体が成長する中学になるのを待って始めたんです。ちょうど始めたばかりの頃、チェリストの林峰男さんのリサイタルを聴く機会があって、それは感動しましたねえ。温かみのある音の感じ、広がり…。背中を押されたようで、のめり込みました。

実は、父が家でピアノを教えていたこともあって、最初に触れた楽器はピアノだったんです。でも、音色も、音の出し方が直接的な感じも、どうもなじめなかった(笑)。チェロは父も好きだったから、僕を導いたのかもしれません。

チェロを初めて数ヶ月たった頃、転校した学校の吹奏楽部で今度はホルンと出会いました。ホルンの響きも魅力的でしょう?アンサンブルも楽しくて、どんどん惹かれていきました。そうこうするうち、チェロの先生は「君はチェロとホルン、どっちなんだい?」というし、親にも「一つになさい」といわれ、迷いに迷って吹奏楽部を辞めました。あれは本当につらかったですよ。仲間とも離れなくちゃならなかったから。

高校は新設された学校の特別進学コースに入って、勉強との両立で四苦八苦。上村昇先生のレッスンを受けながら京都市立芸術大学に入りました。

表現への目を開かれた留学時代

大きな経験になったのは、ドイツに留学した2年間でした。フランクフルト音楽大学の聴講生となり、フランクフルト放送響のペーター・ヴォルフ先生に師事しました。先生とは最初からフィーリングがぴったり。「音程をはずすとか間違えるとか、そんなこと気にせず、リラックスして弾きなさい」「ゆったりと大きく自分の音楽表現をしなさい」繰り返しいわれる言葉に、大きな山のようなヨーロッパの伝統を感じましたね。朝から晩までみっちり練習して、夜は演奏会をまわる。音楽にどっぷり浸かる生活で、ずっとここにいたいと思うほどでした。

オーケストラの団員になって、息長く演奏活動を続ける、というのも先生のアドバイス。帰国して仙台フィルのオーディションを受け、入団しました。

牛タンも魚もおいしいし、環境もいいし、と思っていたのもつかの間、フリーと団員のギャップは大きかった(笑)。つぎつぎとやってくる曲をさらい、みんなと合わせ表現していくのが、本当に大変でした。もう休みなんてない。仙台フィルに入って初めての定期演奏会で、指揮の円光寺さんに「最初だから疲れたでしょう?」とねぎらっていただいたのが忘れられません。

あれから12年。いまは、与えられたことを責任を持ってこなさなければならないというプレッシャーを感じています。ヴェロさんが来てから、演奏が楽しいし、お客さまにもよくなったといわれる。うれしいですね。お客さまあっての仙台フィルですから。

きたむら やすし
京都市立芸術大学音楽学部、同大学院卒業後、フランクフルト音楽大学に留学。1996年、仙台フィルに入団。趣味はスポーツ観戦。小学校時代は、少年野球チームのメンバーだった。1967年京都市生まれ。

第234回定期演奏会(2009年1月23日24日)プログラムより

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