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楽団員インタビュー~ハーモニーな楽屋~

構成 / 西大立目 祥子

Vol.14 ヴィオラ:倉田 まゆみInterview

8歳の時に抱いたオーケストラへのあこがれを胸に、突き進んだ道。入団23年を過ぎて、ようやくゆとりが生まれてきた。

音楽好きの父が導いた道を一心に歩んできた。
いまも客席に父が座っていると感じながらステージに立つ。

子ども時代はおてんば。田んぼや川で遊びまわった。いまは伊達政宗や支倉常長に関心を寄せている。「政宗さんは、世界的に評価されてもいい人よね。」

ピアノからヴィオラへ、がむしゃらに突き進んだあの頃

音楽への道を開いてくれたのは父だったんだ、と思います。クラリネットにギターに、ピアノまで弾く人でしたから。何でも、母の話では、私が赤ちゃんの頃、寝ているわきで子守歌代わりにギターをつまびいていたらしい(笑)…。

幼稚園からピアノを始め、小2からはクラシックバレエも習うようになりました。
バレエって、オーケストラの曲で練習するでしょう。もう感激しましたねえ。何ときれいで、壮大で、すごいものだろうって。レコードをすり切れるほど聴いて夢をふくらませ、小学校の卒業文集には、「将来はオーケストラに入りたい」と書いた思い出があります。

中1から、東京の音楽学校に通う生活が始まりました。朝6時前に起き、支度して、ラッシュの電車に揺られる毎日。でも、この頃はなぜかピアノ一筋。高校、短大とずっとピアノ専攻でした。それが、短大の副科でヴィオラを習ったとたん、子どものときの思いが一気によみがえりました。私がやりたかったのは、これだ、と。

いい先生に出会えたのもよかった。短期間の指導でプロにさせるという意気込みを持った先生でしたから。私は、いつも大きな分岐点で、影響を与えてくれる素敵な人との出会いがあるんです。それで方向がぱっと変わる。4年制音大を受験し直し、ヴィオラに取り組む生活が始まりました。

ようやく生まれたゆとりを、変化へのエネルギーに

仙台にきたのも、道ができていたような気がしますね。私ね、藤原三代をはじめ東北の歴史に関心があって、エキストラで仙台にくると、東北あちこちめぐり歩いていたんですよ。

でも、きたばかりの頃は一人暮らしに慣れていないし、演奏会に追いまくられてがむしゃらにこなすだけ。休みの日でも頭の中で音符が鳴っていました。

最近ですね、ようやく余裕ができて、まわりを見渡せるようになったのは。年齢のせいなのか、若い頃はヴィオラの中にだけ自分を置いていたけれど、いまは人生の中にヴィオラがあると感じます。大好きな自然や歴史への関心が、また大きくふくらんできました。

そして、ヴェロさんとの出会い。何てチャーミングなすばらしい指揮者なんでしょう。ヴェロさんの指揮で演奏した、ラヴェルの「クープランの墓」(2006年7月・第212回定期演奏会)は忘れられない、とても印象的な演奏会でした。

ようやく、自分の中にゆとりをつくれるようになったんですから、面白く楽しくやれるのはこれからだと思います。昨日よりも今日、今日よりも明日。前を向いて、いい音楽をつくっていきたいですね。

くらた まゆみ
上野学園大学音楽学部器楽学科ヴィオラ専攻卒業。東京でのフリー活動を経て、1985年に当時の宮城フィルに入団。
1956年埼玉県草加市生まれ。

第232回定期演奏会(2008年10月17日18日)プログラムより

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