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楽団員インタビュー~ハーモニーな楽屋~

構成 / 西大立目 祥子

Vol.13 トロンボーン:矢崎 雅巳Interview

画像-トロンボーン:矢崎 雅巳

30年吹き続け、いま抱く夢は、
仙台フィルがもっと大編成のオケになって、大曲に取り込むこと。

仙台フィルの成長とともに歩んできた。
「がんばれば、きっといいオーケストラになる。」
そんな思いを胸に走りまわっていたあの頃を、いま振り返れば……。

ピアノは幼稚園時代から。中学時代は陸上部で短距離選手として活躍するかたわら、ギターを習い、軽音楽部でコントラバスを弾いていた。趣味のひとつは昆虫採集。蝶を捕りに海外にも出かける。

目の前の仕事を、ただ夢中でこなした入団の頃

入団して、来年で30年です。もう、そんなに経ったか、という感じですね(笑)。当時は新幹線もなかったし、東北にくるのは初めて。もちろん不安でした。実は、入団前は山形交響楽団に半年ほど在籍していたんです。東京に戻ろうかとも思っていたのですが、事務局の方に誘われて仙台に移りました。

来てみたら、想像していたのとかなり違う。まだ宮城フィルの時代で、プロとアマが半々くらい。小さい編成で大きい曲を演奏するところなどに、ずいぶん無理を感じました。そのうえ、演奏会のたび、トランペット、トロンボーン3~4人のエキストラを東京から集めてこなければならない。先輩や後輩に連絡をとったり、地方の学校をまわったり…。もう仕事をこなすのに夢中でした。ただ、将来へ向けての方向性はあったんです。もっといいオーケストラにしたい。がんばっていれば、きっとそうなれる。団員も事務局の人たちも、みんなそんな思いを強く持っていましたね。

その頃は、勉強のために、バルトーク、マーラー、ブルックナーなど、トロンボーンの活躍する曲をできるだけ多く聴くことを心がけていました。いろんなオーケストラ、いろんな指揮者で。だれの演奏がいいか…それは難しくて答えられませんね(笑)。東京公演、ヨーロッパ公演をはじめ、いろんな経験を積む中で、演奏者としての夢やあこがれを実現できた、と感じています。

下手だった高校1年のときが、トロンボーン人生の出発点

音楽は小さい頃から好きで、ピアノやギター、コントラバスもやっていましたが、トロンボーンを始めたのは遅くて、高校の吹奏楽部に入ってから。トロンボーンを選んだのは、ぱっと見の印象、見かけのよさかな(笑)。

はじめは、音は出ないし、まわりは中学からやっている生徒ばかりだから、自分がいちばん下手くそ。苦労しました。コンクールへの出場も自分だけはずされるほど。何で自分だけできないんだろうって思いながら、ひとりで練習をしていましたよ。それがよかったのかもしれません。朝から晩まで練習して、だんだん金管のおもしろさにのめり込み、音大への道を選びました。

トロンボーンは、人間の声に近い音域で、響きがいい。僕が学んだ先生方は80歳過ぎても吹いていますから、いまは体力が続く限り、この楽器をやり続けたいと思いますね。

最近はとても楽に、自然に、自分の音が出せるようになったと思います。指揮者が思い描く音楽に共感できると、ベストなサウンドが出せるんでしょうね。といっても、まだゴールではありません。財政的な課題等もあるのでしょうが、仙台フィルがもうひとまわり大きな編成のオーケストラになって、マーラーの2番、3番、そしてワーグナーなどに取り組んでいけたらいいですね。

やざき まさみ
高校時代にトロンボーンを始め、両親の反対を押し切って国立音楽大学に入学。1979年、山形交響楽団を経て、当時の宮城フィルハーモニー管弦楽団に入団。1956年、神奈川県横浜市生まれ。

第231回定期演奏会(2008年9月26日27日)プログラムより

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