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楽団員インタビュー~ハーモニーな楽屋~

構成 / 西大立目 祥子

Vol.11 トランペット:持田 眞Interview

画像-トランペット:持田 眞

オーケストラはチームプレー。
チームとして進化して、いい音楽を届けたい。

小学生のときから音楽が好きだった。
ニニ・ロッソにあこがれてブラスバンド部へ。
オーケストラで吹くという夢をかなえて26年が経つ。

趣味は車。サーキットコースを走る。この春の特別演奏会「オーケストラと遊んじゃおう!Vol.7」では『おしりかじり虫』の着ぐるみで会場を湧かせた。仙台フィルの宴会にも欠かせないキャラ(らしい?)。

入団当時は、楽器を積んで学校まわり

入団は、大学を卒業した翌年の82年2月。エキストラで当時の宮城フィルによんでもらったのがきっかけです。当時は、宮城フィルにまだトランペット奏者がいませんでした。

入団したときは一番若くて、うるさいっていわれながら、和気あいあいと学校まわりをしていました。トラックに楽器積んで、自分で譜面台立てて。たまに東京のオケによばれていくと、全部自分でやろうとしてステージマネージャーに叱られたりしてね(笑)。

トランペットを始めたのは中学校で、ブラスバンド部に入ってからです。きっかけは、ニニ・ロッソにあこがれて。僕の世代はみんなそうですね。でも、1年の途中で転部したこともあって、トランペットに空きがなく初めは打楽器やっていたんですよ。

それから音大の附属高校に通い、大学へと進みました。家が大宮だったから東京まで電車で通学したんですが、楽器がつぶれそうになるようなラッシュが何ともいやで、家を出るのは朝6時。帰るのは夜9時半。そんな生活をしていました。その頃から、オーケストラの中に座って吹くのが夢でした。

オーケストラの音楽でよい時間を過ごして欲しい

入団から26年、すでに中堅も通り越しちゃいましたね(笑)。振り返ってみると、昔はラッパ鳴らしていただけ。考えて吹いていなかった。いまは経験を積んでいろいろ頭に入った分、うまくはなった。でも情報があり過ぎて、逆に難しくなっているところもありますね。

30歳を過ぎたころ、自分のコンディショントラブルが解決できず、メトロポリタン歌劇場で吹いているマーク・グールド先生の夏のセミナーに参加しました。アドバイスしていただいて、ずいぶん気持ちが楽になったんです。5、6年続いたでしょうか。そのうち先生の横でアシスタントを務めさせてもらえるようになりました。

トランペットは、息の速さや量、唇の形で音程まで変えるんです。口の繊細な使い方が必要だから、ヒゲそりも要注意。風邪もご法度。歯がだめになったら吹けなくなるから、“芸能人は歯が命”じゃないですけど食事の後はみんなで歯磨き(笑)。まるで合宿所みたいですよ。

これからも、ワクワクドキドキした最初の舞台の気持ちを忘れず、チームワークを深めてやっていきたいですね。ヴェロさんの指揮もおもしろいですよ。へえ、こんなアイデアがあったか、とインスピレーションをもらっています。お客さまにも、よい時間を過ごして欲しいなあ、気持ちよく寝ることを含めてね(笑)。

もちだ まこと
中学入学後、ブラスバンド部に入部してトランペットを始める。東京音楽大学附属高校を経て、東京音楽大学を実技優秀賞を得て卒業。1982年2月、当時の宮城フィルハーモニー管弦楽団に入団。1959年埼玉県さいたま市(旧大宮市)生まれ。

第229回定期演奏会(2008年6月20日21日)プログラムより

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