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楽団員インタビュー~ハーモニーな楽屋~

構成 / 西大立目 祥子

Vol.9 ホルン:永沢 康彦Interview

画像-ホルン:永沢 康彦

金管楽器の楽しさ、おもしろさに魅かれ、音楽の道へ。
オーケストラの成長を支えて30年が過ぎた。

オーケストラの黎明期、楽器運びの裏方仕事を、仲間と楽しみながらこなした。そんな楽器演奏以外の経験の積み重ねが、感動を呼び起こす音楽を生む、と信じている。

趣味はゴルフ、日曜大工、金管楽器の蒐集。「ゴルフのスイングはね、音を出すときの息の使い方に似てますよ。みんなもっとスポーツやらなくちゃ。」

キラキラ輝く金管楽器へのあこがれ

金管楽器との出会いは中学校の入学式でした。あれは何だ?!(笑) 見たこともないキラキラ光る楽器がカッコよくて、やりたいな、と思ったんです。コルネットという楽器をやり始めたんですが、譜面なんて読めませんから、最初のマーチの曲はレコード聴いて指を覚えて、半年ぐらいかかりました。みんなで毎日マーチをドンチャカ。楽器やるのは何とも楽しかったですねえ。

高校でもブラスバンド部。指揮者を務めながらメロフォンをやっていましたが、トランペットにトロンボーン、テューバ、フルートまで、部室にある楽器は全部触ってみました。僕は、つまり、音楽が好きというより楽器が好きなんですよ。

ホルンを始めたのは、音大受験を決めた高3のときです。でも、ホルンなんて見たこともないし、生で聴いたこともない。その頃、ヤマハが初めて国産のフルダブルホルンを製造して、それが仙台店にきた。それを買って練習を始めたんです。盛岡でフルダブルホルンを最初に手にしたのは僕かもしれませんよ(笑)。

音大時代は朝から夜遅くまで学校にいて、吹くのに飽きればサッカーに野球(笑)。そこに、プロになった卒業生がやってきて、アンサンブルをしたりするんです。あれは勉強になりましたね。卒業後も、5年間、東京でいろんな演奏の経験を積みました。

迫力ある音楽を、聴衆に

宮城フィルに入団したのは、できて2年後ぐらいだったでしょうか。あの頃の活動には部活みたいな雰囲気があってね(笑)、毎年4月に、役割を手を上げて決めるんですよ。「楽器係は?」と聞かれると、ファゴットの海野さん、チェロの石井さんと「はい!」と手を上げて(笑)。僕は裏方的なことが好きだから、トラックに楽器を積みこみ、コンサート会場に着いたら、下ろしてセッティングして、というのが本当に面白かったです。だから、15年前、楽器運びに専任を置くことが決まったときは、楽しみを奪われたようでがっかり。何しろ変人ですからね、普通なら人がいやがるようなことが好きなんです(笑)。

当時は、いまよりも在仙のアマチュア音楽団体と深くかかわっていました。プロとアマの垣根をこえて、もっとつきあいたいですね。

30年近い演奏活動を振り返って思うのは、うまくいったときより、思うようにいかずもがいているときの方が、聴衆の反応がいいこと。不思議ですね。美しくスマートにまとまった音楽より、苦しむ中から迫力を持って生まれる方が伝わるんです。これは、うまくなってきたといわれる仙台フィルのこれからの課題かもしれません。

ながさわ やすひこ
中学入学と同時にブラスバンド部に入部し、コルネットを始める。高校3年のとき、音大受験に備え、形の面白さでホルンを選択。国立音楽大学卒業後、東京でのフリー活動を経て、1979年、当時の宮城フィルハーモニー管弦楽団に入団。1951年岩手県盛岡市生まれ。

第227回定期演奏会(2008年3月14日15日)プログラムより

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