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楽団員インタビュー~ハーモニーな楽屋~

構成 / 西大立目 祥子

Vol.4 コントラバス首席:村上 満志Interview

画像-コントラバス首席:村上満志

もっと成長し、もっと市民と交流するために、仙台フィルの本拠地となるホールがほしい。

オーケストラでいちばん低い音を出すコントラバス。この楽器があるから柱が立ち、屋根がのる。熟練の首席奏者は、渋い音を響かせながら、オケの今と将来をみすえていた。

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2つの大学入学とドイツ留学を経て、定まったコントラバス奏者の道

中学のとき弦楽合奏をやっていたこともあって、大学進学で何となく音楽の道かな、と思ったんです。チェロとコントラバスの両方をやっていたけれど、中学の時の恩師に相談したら、チェロじゃ間に合わない、ということになって。家にピアノなんてないから、下校までの間に音楽室でピアノの練習。ギターでソルフェージュ。ピアノを指導していただいた中学校の恩師は、うちが貧しいのを知っていて無償で指導してくれました。
入ったのは山陰の古都、松江の島根大。雰囲気のある小さな町で、結果を求められず楽器が弾けた、いい4年間でした。卒業して芸大の再受験を考えなかったら、その時の仲間と一緒に熱血教師になっていたかも。

二度目の大学受験をし、芸大に合格したときは、現役の子のようには素直には喜べない自分がいました。これで音楽の道が定まった、という気持の方が大きかったですね。自立しなければという思いが強かったこともあって、芸大4年のときに既に東京都響のメンバーになっていましたが、ドイツ政府の給費留学制度に合格できたので、卒業後ドイツに留学。ベルリン・フィルのライナー・ツェパリッツ先生に習うことができました。

それまでは、日本で日本語をしゃべりながら西洋音楽をやることに、大きな間違いをしているんじゃないか、という疑問がありましたので、音楽がドイツの生活の中にどんなふうにあるのか、を見たいと思っていました。でも、ドイツで学ぶことで、音楽家として自分がどこにいるのか、ポジションを認識することができました。

オーケストラには新しい人、新しい音が必要

東京都響には27年いました。仙台フィルへの入団は、2000年のヨーロッパ演奏旅行で一緒に演奏して、いいオーケストラだなあと思っていたので迷いはありませんでしたね。

オーケストラの成長にとって、ある意味では自分を陵駕するぐらいの新しいメンバーを入れるような努力が必要です。その点、仙台フィルはちゃんと見識を持って新しい若い人を受け入れていると思います。日本、そして世界を見ながらね。今の若い人たちは、音楽の基礎的な力を持っていますからね。

東京より、地方のオーケストラの方が聴衆とのかかわりはずっと強いと感じています。お客様には、演奏会で、自分の日常生活とは違う時空間を味わって欲しいですね。そのためにも、仙台フィルの本拠地のホールが必要なんです。市民との交流もできるし、何といっても響きはいちばん大事、ホールはオケの楽器なんですから。

むらかみ みつし
島根大学特設音楽科を卒業したのち、東京芸大に入学。在学中の1974年に東京都交響楽団団員となる。1年間のベルリン音楽大学留学を経て2001年まで在籍、首席奏者を務めた。同年より仙台フィル首席コントラバス奏者。1948年広島県生まれ。

第222回定期演奏会(2007年9月28日・29日)プログラムより

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