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画像-常任指揮者:パスカル・ヴェロ常任指揮者:パスカル・ヴェロ
Chief Conductor:Pascal VERROT

1959年フランスのリヨン生まれ。パリ・ソルボンヌ大学で音楽学の学位を取得。国立パリ高等音楽院では指揮法を学び首席で卒業。1985年民音指揮コンクールで第3位及び齋藤秀雄特別賞を受賞し、小澤征爾の招請により1986年から90年までボストン交響楽団副指揮者を務める。

その後の国際的な活躍は目覚ましく、1991年から97年までカナダで最も歴史のあるオーケストラ、ケベック交響楽団音楽監督。1999年から2001年まで新星日本交響楽団首席指揮者を務めた。

オペラでは、1987年リヨン歌劇場にてヨハン・シュトラウス「こうもり」でデビュー。モーツァルトイヤー(1991年/没後200年)では国立パリ高等学院にて「フィガロの結婚」を指揮。1996年から99年にはメス歌劇場にて「コシ・ファン・トゥッテ」「ドン・ジョヴァンニ」「フィガロの結婚」のモーツァルト=ダ・ポンテ3大オペラを相次いで上演し大喝采を浴びた。同劇場では1998年にドビュッシー「ペレアスとメリザンド」でも成功を収め、2001年には上記のモーツァルト3大オペラが同プロダクションで再演され話題となった。同年にマスネ「ドン・キショット」、2002年にモーツァルト「魔笛」を指揮し、ラヴェル「ダフニスとクロエ」、ルーセル「蜘蛛の饗宴」等のバレエも指揮している。
また、上海大劇院の柿落としでは、グノー「ファウスト」の中国初演を指揮して成功に導いた。
2004年および2006年には東京にてモーツァルト「フィガロの結婚」「ドン・ジョヴァンニ」「コシ・ファン・トゥッテ」を指揮。2004年にはリール歌劇場で「ドン・ジョヴァンニ」、プッチーニ「蝶々婦人」を指揮し、ナント歌劇場にも客演。2005年にはナンシー歌劇場にも客演。2006年にはリール歌劇場にて「魔笛」、ボルドー歌劇場ではマスネ「ウェルテル」を指揮。2007年にはリール歌劇場とアミアン歌劇場にてロッシーニ「アルジェのイタリア女」を指揮しいずれも大成功を収めた。2009-2010シーズンにはヴァイル「マハゴニー市の興亡」、グノー「いやいやながら医者にされ」、チャイコフスキー「エフゲニ・オネーギン」のプロジェクトに取り組んでいる。

現在、フランスにてコンピエーヌ帝国劇場芸術監督、ディジョン歌劇場音楽監督。東京フィルハーモニー交響楽団首席客演指揮者。

2006年4月より、仙台フィルハーモニー管弦楽団常任指揮者に就任。そのはつらつとした指揮で多くの人を魅了し続けている。2010年10月の記念すべき第250回定期演奏会では、ドビュッシー「ペレアスとメリザンド」(全幕・コンサート形式)を指揮する。仙台フィルとはCD「パスカル・ヴェロ 仙台フィル」(ドビュッシー「海」他)、「パスカル・ヴェロ 仙台フィル2」(フランク:交響曲ニ短調 他)をいずれもフォンテックよりリリースしており、生き生きした表情と瑞々しい味わいが高い評価を得ている。

 
(2010年4月現在)
 
 
 

画像-指揮者:山下 一史正指揮者:山下 一史
Resident Conductor:YAMASHITA Kazufumi

 1977年桐朋学園高校音楽科に入学。チェロを井上頼豊氏に、指揮を尾高忠明、小澤征爾、秋山和慶、故森正の各氏に師事。1982年民音指揮コンクールで奨励賞を受賞。
 1984年桐朋学園大学を卒業後、ベルリン芸術大学に留学、1986年デンマークで開かれたニコライ・マルコ国際指揮者コンクールで優勝する。

 1985年12月からヘルベルト・フォン・カラヤンの亡くなるまで彼のアシスタントを務め、1986年、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏会で、急病のカラヤンの代役としてジーンズ姿のまま「第九」を指揮し話題となった。その成功以来、ザルツブルク・フィングステン音楽祭でカラヤンのスタンバイ指揮者として契約、以後、着実にヨーロッパでの実績を重ね、1993年から1998年までヘルシンボリ交響楽団(スウェーデン)首席客演指揮者を務めた。1998・99年にはスウェーデンの名門であるマルメ交響楽団、1999年3月にはオークランド交響楽団(ニュージーランド)の定期公演にも出演した。

 日本国内では1988年にNHK交響楽団を指揮してデビュー。以後、国内主要オーケストラに出演し、これまでに、NHK交響楽団副指揮者(1988年〜95年)、オーケストラ・アンサンブル金沢プリンシパル・ゲスト・コンダクター(1991年〜93年)、九州交響楽団常任指揮者(1996年〜99年)、大阪音楽大学ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団の常任指揮者(2002年〜08年)を歴任。現代作品の演奏にも定評があり、1996年日本音楽コンクール作曲部門の指揮において審査員特別賞を受賞。ザ・カレッジ・オペラハウスでは、2001年のモーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」公演を皮切りに、近年は2004年の「ドン・ジョヴァンニ」、ベルク「ヴォツェック」、2005年のモーツァルト「コシ・ファン・トゥッテ」、「沈黙」、2006年の「魔笛」、2007年のオルフ「賢い女」を指揮しそれぞれ高い評価を得ており、本格的なオペラ・プロジェクトへの意欲に満ちた取り組みにますます大きな注目を集めている。2008年4月よりザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団名誉指揮者。

仙台フィルハーモニー管弦楽団では、2006年4月より2009年3月まで指揮者、2009年4月からは正指揮者に就任。2007年には定期演奏会でR.シュトラウス「英雄の生涯」を指揮し、「山下一史 仙台フィル」と題しCD化されており、R.コルサコフ「シェエラザード」を収録したCD「仙台フィル名演集」(いずれもフォンテック)と合わせて、オーケストラ音楽の醍醐味を味わえる演奏として好評を博している。2010年11月の定期演奏会ではR.シュトラウス「アルプス交響曲」を指揮する。また、2006年より仙台フィルとシューマンの交響曲全曲演奏に取り組んでおり、2011年3月の定期演奏会での第1番「春」の演奏で達成される。そのほか、在仙の合同合唱団によるヴェルディ「レクイエム」の指揮や、吹奏楽指導者のための指揮法講習会での講師、仙台ジュニアオーケストラの音楽監督など、宮城・仙台の音楽文化の振興にも力を注いでいる。

 
(2010年4月現在)
 
 
 
画像-首席客演指揮者:小泉 和裕首席客演指揮者:小泉 和裕
Principal Guest Conductor: KOIZUMI Kazuhiro

1969年東京芸術大学指揮科に入学、山田一雄氏に師事。

1970年民音指揮コンクールに第1位入賞、その後、旧日本フィルハーモニー交響楽団に指揮研究員として入団。

1972年7月、新日本フィルハーモニー交響楽団創立に際し、指揮者として参加。同年10月ベルリンのホッホシューレに入学し、ラーベンシュタイン教授にオペラ指揮法を師事。

1973年夏、ボストンのタングルウッド音楽祭に参加し研鑽を積む。1973年11月、第3回カラヤン国際指揮者コンクールに第1位入賞。その後ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮してベルリン・デビューを飾った。

1975年1月から1979年12月まで新日本フィル音楽監督を務めた。1975年3月には、ベルリン・フィルの定期演奏会に出演し、好評を博した。その後、ウィーン、パリ、イタリア、西ドイツの各地をまわり期待に応えた。

1976年1月には、フランス国立放送交響楽団を指揮し、ルービンシュタイン、ロストロポーヴィチとも共演。その後、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団、バイエルン放送交響楽団、フィルハーモニア・フンガリカ、西ドイツ・フィルハーモニー管弦楽団等、ヨーロッパ各地において精力的な指揮活動を行った。また、アメリカにおいても、1978年ラヴィニア音楽祭でシカゴ交響楽団を指揮し大成功を収め、早速1980年3月のシカゴ交響楽団定期公演に登場し、注目を集めた。その他、ボストン交響楽団、デトロイト交響楽団、シンシナティ交響楽団、トロント交響楽団、モントリオール交響楽団などにも客演。

1983/84年シーズンから1988/89年シーズンまで、ウィニペグ交響楽団(カナダ)音楽監督、1986年から89年まで東京都交響楽団指揮者を務めた。ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団(ロンドン)には1988年より定期的に招かれ、指揮をすると共にチャイコフスキーの交響曲第4、5、6番のディスクを完成させた。

1989年からは活動の中心を日本に移し、1989年4月から1996年3月まで九州交響楽団首席指揮者、1992年4月から1995年3月まで大阪センチュリー交響楽団首席客演指揮者、1995年4月から1998年3月まで東京都交響楽団首席指揮者を歴任。1998年4月より東京都交響楽団首席客演指揮者、2003年4月より大阪センチュリー交響楽団首席指揮者、2004年5月より岡山フィルハーモニック管弦楽団音楽アドバイザーを務める一方、各オーケストラに客演指揮者として招かれ、奇を衒わない深みのあるオーソドックスな演奏が高く評価されている。

2006年4月より仙台フィルハーモニー管弦楽団首席客演指揮者、2008年4月より大阪センチュリー交響楽団音楽監督、東京都交響楽団レジデント・コンダクターに就任。
 
 
 
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